第14話 マリエラは、皇妃になりたいわけじゃない
ドアを開けたのは、里の長だった。後ろにいつもの若い男を従えている。
「長、どうされましたか」
クルスが駆け寄ろうとするのを、長が片手で制した。クルスは動きかけていたが、その場で立ち止まった。
「話は聞かせてもらいましたよ。盗み聞きをして申し訳ない。実はこの屋敷には盗聴の魔術具が仕込んでありましてな。防犯上いたしかたないので、聞かせていただきました」
「盗聴ですって!?」
「無断で作動させていたことについては謝りますがね。今はそれどころではないのです。お話をきいて、この話をお伝えしないとと思ったわけで」
長はそこまで言うと、後ろの若い男に目をやった。若い男がすかさず懐から巻き紙を取り出し、両手で広げて見せた。
精巧なアンセムの肖像画が書かれ、下には国賊として指名手配するという旨が書かれている。
「賞金 10000ミナ へえ、こりゃすげえや」
「地方都市の年間予算ですね。一生遊んで暮らせますよ」
「この手配書が先日、この国だけではなく、周辺国家にまで配られたようです。ここは隠れ里ですから、情報は私だけが握っておりますが、一歩出れば、国をあげての指名手配犯ですから、逃げるのは難しいでしょう。国外であってもかくまえば、大国であるこの帝国を敵に回すことになりますからな。それこそ、リンドール皇子を倒すといった名目がない限り、誰も手を貸してはくれないでしょう」
「そんなことになっていたのか」
この里に来てから、情報というものが全く入ってきていないため、指名手配までされているとは誰も知らなかった。
「ここも人の出入りは少ないものの、完全にないわけではありませんし、里の結束は外部に比べてとても弱いものです。あなたが賞金首とわかれば、誰がどんな行動をとるやら、私にもわかりかねます。つまり、ここも完全に安全な場所ではなくなりつつあるということです」
「一生隠れながら過ごすか、皇帝を目指すかのどちらかしかないということか」
「そうなりますな。そこで一つご提案がございます」
長がそういうと、若い男がすかさず地図を広げた。帝国の詳細な地図だった。
「じつはこの里には大掛かりな転移装置がありましてな」
「転移装置…実在したのね」
マリエラが信じられない思いでつぶやいた。転移装置は理論上完成しているが、幻の魔道具だ。材料が入手困難である上に、燃費が悪く、便利ではあったが、誰も作成したことがないとされていた。こんなところにあったとは驚きだった。
「動力にとんでもなく魔石をくうものですから、滅多に動かしませんが、今回は特別に動かしましょう。で、その転移装置で行ける場所が、この地図に記した赤い印部分になります。見ていただきたいのはここ、王国との国境にある公爵領ですな」
「ヴァイス公爵領ですか。キースの実家ですね」
マリエラは赤い髪の男のことを思い出し、不愉快な気持ちになった。そして、同時に公爵家の意向を伝えに来た時のことも思い出した。
あの時のキースの言葉通りなら、ヴァイス公爵家はアンセムが皇帝になることを望んでいる。
「国内でも最有力の公爵家です。リンドール皇子の派閥とは対立しているため、アンセム皇子には最も好意的でしょう。そしてマリエラ様の母国王国とも接している。どのような選択を取られるにせよ、一度ヴァイス公爵領に移られるのが、一番安全でしょう」
「ただし、行くからには公爵は強く皇帝になることを勧めてくると思うよ。じゃなきゃかくまうだけ損だからね」
「そりゃそうだろ。だが、この里にとどまり続ければ、指名手配だとばれた時を考えると、それはそれで危険ってわけか。公爵領なら少なくとも、公爵の客としていれば、公爵家が守ってくれるってことだな」
「そういうことですな」
「この里にとっては、それだけじゃないんじゃないの? 厄介払いもしたいんでしょ」
マリエラが言うと、困ったように長は片眉を上げた。
「さて、数多く魔道具を直していただいた恩人のマリエラ様に、そのように取られてしまうのは本意ではないのですがね」
「でも、本当でしょ。まあ私たちに黙っておいて、お金目当てにリンドールに差し出さないだけ、マシかもしれないけど。転移装置は事前に私が確認させてもらうわ。本当に公爵領に飛ぶか確認するためにね。宮廷のど真ん中に飛ばされちゃたまったものじゃないもの」
「もちろんですとも、ゆっくり調べてください。なんにせよ、我々としては、善意での申し出です。何かある前にご案内するのが一番と思ったわけですから」
にっこりと笑って告げる老爺の目は幾重にも垂れ下がった瞼の奥に隠れて、表情が読み取れなかった。
そこで、それまで考え込む様子だったアンセム皇子が、立ち上がって長の前に進み出た。
「長、これまでの厚遇に感謝する。また、ご親切な提案にも。すぐにでも出立したいと思います」
「アンセム、それでいいの?」
「ああ、なんにしても、これ以上の選択肢は今のところなさそうだからね。みんなもそれでいいかな」
聞くと、マリエラ以外全員がうなずいた。
「マリエラもいい? 結局マリエラが今後どうしたいかは途中ででも、話してくれればいいから」
アンセムはそう言って、資料室から出て行った。出発の支度をするのだろう。マリエラも資料室の片づけを始めた。ほとんどの資料を優先順位をつけて写し終えていたが、少し残った資料が惜しいなとも思う。しかし、マリエラだけここに残ってしまえば、それはアンセムにはついて行かないという選択をしたことになる。
その選択はまだ早いと思い、マリエラは残りの資料をあきらめることにして、片づけを進めた。
※※※
ワープ装置には何の仕掛けもなかった。
マリエラ自身がワープ先を選び、入力する。それは安全のためもあったが、里の人たちがワープ装置を動かすのが初めてで、操作方法をよくわかっていなかったからだ。
「あきれた。よくこれで使えるなんて言ったものよね」
ぶつぶつ文句を言いながら、マリエラは簡易の操作方法を書き残して、長に渡した。ワープ装置についてわかる人がいなかったため、マリエラは残っていた資料やワープ装置自体を調べるのに丸一日かけていた。
「いや、マリエラ様にはお世話になってばかりですな。ぜひまた定期的にいらしてください」
「そうね、まだやり残したこともあるし、また来るわ。その時は資料室にもっといい椅子でも入れておいてね」
資料室の椅子は木でできた素朴なもので、長時間座るためのものではなかった。
マリエラはクッションを自作してごまかしていたが、やはり節々が痛い。
「わかりました。最上級のものをご用意しておきます」
「よろしくね」
長は手順書を共有するため、里の人々の輪に入っていった。
少し離れたところで、クルスが家族と別れを告げている。
「元気でね」
「怪我には気を付けて」
「いつでも帰ってくるんだぞ」
そういったやり取りを、先ほどから何人も続けている。兄弟が多く、その家族も多いので、2,30人の人だかりになっている。
宮廷から遠いこの里に、次に戻れるのはいつになるか分からない。ただでさえ危険の多い仕事であるから、この機会を逃さないように、皆が挨拶しているのだろうと、マリエラは思った。
そして、そんな姿を見ていると、故郷の人たちのことを思い出した。
「何を考えているの?」
「アンセム、いたのね。クルスを見て、両親とか、きょうだいのことを思い出していただけ」
アンセムは転移先が公爵領の城の近くとはいえ、何があるかわからないから、と装備の見直しをイーダンとランドとして、不足しているものを補充したりしていた。今はイーダンとランドの2人で買い出しに出ているところだった。
「兄弟は何人?」
「私も入れて6人、姉が2人、弟が1人、妹が2人」
「賑やかだね」
「そうかもね。ただ私は早いうちに家をでて魔塔で暮らしていたから、あまり記憶にないの。6歳くらいから、家に帰ってないわ。両親も他のに手がかかるみたいで、ほとんど放置ね。何か功績をあげればお祝いは届くし、私も仕送りはしているけど、それだけよ」
マリエラはクルスたちの方をもう一度みた。クルスは声をかけられるたび、嬉しそうに少し恥ずかしそうに、いつもの少年のようなほおを赤らめて対応している。
両親とは、いつだったかマリエラの功績を讃える式典の時に顔を合わせて以来会っていない。魔塔の仲間たちの方が家族に思えるくらいには遠く、今会ったとしてもクルスのように素直に喜べるとは思えなかった。
振り返ってアンセムを見る。アンセムはまぶしいものを見るように、目を細めてクルスたちを見ていた。
「うらやましいの?」
「ああ。僕の家族はもういなくなってしまった。母は昔に死んでしまって、父もいないし、兄弟も兄弟じゃなかった。だから、ああいうつながりを見ると、僕にはないものだと思って、うらやましく感じてしまう」
「いいじゃない。家族、うらやましいなら、また作ればいいんだから」
「作るって、たとえば君と?」
「それはそれでありかもね」
マリエラは、冗談だと思って笑いながら答える。するとそれをきいたアンセムがくすりとも笑わず黙ったので、冗談でなかったのかと思い直した。
しかし、冗談でなかったとしたら、どういうことだろう。皇妃がどうとか、さっき話したことを思い出す。これはプロポーズだったのだろうか。しかし、そもそも前提として、マリエラたちの間には、今のところ旅の仲間だという以外、なんの関係もない。
プロポーズをするということは、私のことが好きってことよね?
マリエラはそんなことを考えて、考えたままのことを口にした。
「ねえ、ずっと思ってたんだけど、あなたもしかして、私のこと好きなの?」
アンセムの顔がばっと赤くなり、顔を伏せた。
「なに、赤くなっちゃって、思わせぶりなことしてるんだから、さすがに私だって気づくわよ」
「マリエラは、それに気づいて、どう思った?」
「どうって、見る目あるじゃんと思ったけど」
「そうじゃなくて、君の気持ちだ。僕の気持ちに気付いたうえで、あの日聞いたこと、僕についてきてくれるか、教えてほしい」
はぐらかせないほど真摯な質問だった。マリエラは困ってしまう。なぜなら、まだ答えは出せていなかったからだ。
「正直、わからないのよ。アンセムのことは好きだと思う。あなたも私のことが好きだってわかってうれしい。でも、ついて行くことで皇妃にならないといけないんだったら、ついて行けないわ。皇妃になりたいわけじゃないの」
皇妃になりたいわけじゃない。自分で口にして、マリエラはようやく気持ちにしっくりくる言葉が見つかった気がする。
マリエラは今まで優れた錬金術士になるために、努力してきた。才能もあり、錬金術師として評価されてきたのが、自分の自信になっていた。
皇妃になるということは、マリエラが積み上げてきたものを、まるごと否定されるような気持ちがあったから、躊躇していたのだ。
「そうか」
アンセムはそのまま考え込むように黙ってしまった。
「おーい」
背後から、ランドの大きな声が聞こえる。イーダンと2人、戻ってきたようだった。クルスの方を見ると、家族との別れが一通り終わったようで、転移装置の近くにいる長と話していた。
「そろそろ出発ね。行きましょう」
マリエラはアンセムより先に、走って転移装置に向かった。
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