名探偵安藤ちゃん(File2 消えた龍の瞳を追え!)編 第四話 やっと探偵が来た

「しかし、それでわたくしを出すのは意外ですね。マーズ氏を出した方が頼りになりそうですが」

 ラファエラは昼食に入った定食屋でパスタを待ちながらそういう。いつも通りの暗い目だが、少しの付き合いで「心なしか嬉しそう」に見える。

「あはは……」とツムギは曖昧に笑った。

 正直言うとツムギもマーズがよかったが、ラファエラを出す以外の選択肢がなかったのだ。


 ラファエラが捕まっている状態で大人しくしてるはずないからである。

 例えば、見張り役を誘惑して、ことに至る前に爆殺して逃亡。全然そんなことをする女だ。もしそんなことをすれば、残ったもう一人の仲間は絶対殺されるし、ラファエラはもう一人の捕まってる仲間がどうなろうと知ったことではないだろう。

 マーズを残す利点もある。マーズがただただ捕まってるとも考えにくく、何らかの方法でツムギの支援をしてくれるはずだ。


「まさか、本当はわたくしとエッチなことがしたかったのですかツムギ氏」

 からかうような目を向けるラファエラ。ツムギが飲んでた水を噴出した。

「ふふ、冗談ですよ。ツムギ氏がそんな男性ではないのはよくわかってます」

 アフラウラで夜這いをかけてきた村長の息子を殺害したように、本来はラファエラ・シルベストリは性的な行為に苦手意識がある。だがツムギは別だ。めちゃくちゃ性的に見ている。さきほどの「慰め者になるくらいなら抱いて下さい」はツムギを試したわけではなく、現状から考えた本音ではあるが、それを固辞したツムギの好感度はラファエラの中でまた爆増していた。尚、抱かれても激増していた。バグかな?


 ラファエラも水を飲み考える。

「しかし、参りましたね。犯人探しのつてはあるのですか、ツムギ氏」

「いやー? 全くないですね。困りましたよねぇ……」


 そのうち二人分のパスタがやってきて、ツムギは口にする。そして目を開いた。

(……あれ? これ、すごく美味しくないか?)

 ツムギが食べてるのはシンプルなトマトのみのパスタだった。ツムギはベジタリアンではないが、できるだけ肉食を避けている。


「そうですねぇ。しかし現状ではノーヒントすぎ……」

 ラファエラは何気なくパスタを食べる。そして目を見開き、立ち上がった。

 なんとなく「狂乱」の前触れな気がしてツムギは焦る。

「ラ、ラファエラさん!? 美味しくないからってお店を破壊しては……」

 しかし、ツムギの疑惑とは逆だったようで、ラファエラは感動していた。


「ボーノ(美味しい)! ペスト・アッラ・ジュノヴェーゼが超美味い!! バジルもきちんと冷やしてますし、パスタの茹で加減も完璧! 完璧だ! 完璧なペスト・アッラ・ジュノヴェーゼだ! まさか異世界で食べれるとは! 素晴らしい!」

「ペ、ペス?」

「バジリコを使った緑のパスタです!」

 ツムギは納得する。

「ああ、ジュノベーゼですか」

 ツムギがそう言った瞬間、ラファエラはキレ気味に叫んだ。

「はぁ!? 何を言いますか! これをジュノヴェーゼと呼んではスーゴ・アッラ・ジュノヴェーゼやサルサ・ジェノヴェーゼと判別できないでしょうが! ジェノヴェーゼって『ジェノバ風』という意味ですよ!? ツムギ氏、たこ焼きを外国人が『関西風』とだけ呼んでたら嫌でしょう!?」

 別にツムギ的にそんなに嫌じゃないし、少なくともキレるほどではない。


(いや、これは私が関西人じゃないから嫌じゃないだけで、例えば私の地元名物、ソースかつ丼とかを『福井風』と言われれば……うん。別に嫌じゃないな……)

 ラファエラは興奮気味に語る。

「ここまでうまいペスト・アッラ・ジュノヴェーゼを作れるとは、シェフは転生者かもしれない! シェフを呼びましょう!」

「おお! 確かに!」

 現状転生者が怪しいのは間違いなかった。泥棒がのんきにシェフをしていると考えにくかったが、何かのヒントになるかもしれない。

「そしてあわよくば殺して犯人ってことにして王龍に突き出しましょう!」

「駄目ですよ!?」

 というか、ペスト・アッラ・ジュノヴェーゼに感動して次の瞬間にそのシェフを殺すという発想に至れるのは、些か脳の構造が違い過ぎる。


      ◇◆◇


「……これは転生者じゃなさそうですね……」

 ラファエラはがっかりして言う。出てきたシェフは小太りのハーフリングだった。

 がっかりして肩を落とすラファエラにツムギは声をかける。

「一応異種族転生というスキル枠を使った異種族への転生があるそうですよ?」

「誰が好き好んで、こんなちんちくりんな短命種に転生しますか」

「シェフを呼べと言われてきたらいきなりすげぇディスられた俺の気持ちわかる?」

 あたりまえだがシェフはちょっと怒っていた。ツムギは間を取り持つ。

「えっと、ペスト・アッラ・ジュノヴェーゼ? は誰に教わったのですか?」

「ああ。ジュノベーゼ? そりゃリーシェフだな。というか、君、胸大丈夫!?」

 ハーフリングは今更ツムギの胸に気づいたらしい。ツムギが何かを言おうとして、ラファエラがかぶせる。

「ああ、美味しすぎてこうなったので気にしないでください」

「美味しすぎてこうなったの!?」

 ラファエラ・シルベストリはイタリアでは珍しい基本的にネガティブで真面目で暗い性格だが、時折思い出したように益体もない冗談を言う。根っこの部分では陽気なイタリア人性がわずかにあるのだろう。ツムギは否定するのも馬鹿らしくなり、咳払いした。


「その、リーシェフとはどなたですか?」

「旅の料理人で世界中に色々な料理を教えているらしい。『ここの作物なら、イタリアンだ』と言って、俺に色々教えてくれたよ。気まぐれな変わり者シェフでな。リーシェフに教わったシェフは皆、短期間で一流になるから皆、大金を払っても教わりたがるんだが、本人はどこ吹く風でな。とても安価で特に頼んでもない俺に色々教えてくれたよ。うちは潰れかけだったがリーシェフに教わって見る見る料理がうまくなった」

「リーシェフは今どこに?」

「もう一年前に出て行ったよ」

 ツムギはがっかりする。絶対に関係のない転生者だった。


 ラファエラもがっくりとしている。 

「リーシェフとやらはイタリア人ではありませんね。イタリア人はこのパスタをただのジェノヴェーゼなんて呼ばない。がっかり」

「名前からどう考えても中国人か韓国人でしょう……」

 そうだとしても『世界中に色々な料理を教えている』という情報やアジア人なのにイタリアンを教えたことから、リーシェフは色々作れるらしい。

 これは転生前にいろいろ勉強したかチートスキルの「料理マスター」を習得している可能性がある。


 料理マスター:料理の達人になる。世界各国の調理法、色々な食材知識に精通し、料理に関してのみ手先が異様に器用になる。異世界限定食材を美味しく調理する方法も気づきやすく、全く新しい料理も発想しやすい。さらにこの効果は「上乗せ」なので元々の「達人級」であれば「神級」に料理がうまくなる。


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 李 顯浩(韓国人)


 三十八歳。旅の料理人。本当の専門はフレンチ。

 元の世界では少しハンサムだったのもあり「若き天才料理人」としてTVに取り上げられYOUTUBEの料理動画も人気に。三十代前半で自分の店を持っていたが、後続の育成を怠っていたため、怪我をして調理場を離れた折に店は傾き潰れてしまう。以降は後続育成に主眼において「どれ、どんな感じで教えるのだ?」と調理師学校の講師を務めるが、新人に教えるのが凄く楽しくて後続育成にドはまりする。

 交通事故にあい異世界転生。異世界の料理水準を高めるをコンセプトに旅をしている。

 なお、この後、特に登場予定はない。


【担当悪魔】

ホーネット・エッチマン

(※イケメンだからスキルのリスクを教えて生かした)


【取得スキル】

・『異世界言語マスター』

・『料理マスター』

・『コーチマスター』:人にものを教えるのがすごくうまくなり、このスキル持ちに教わった人は普段より呑み込みが早くなる。大体五年かかる修行を三か月まで短縮できる。

・『調味料生成』:手のひらからわずかな調味料を出す。出せる調味料は食べたことあるもののみ。食物生成のようにカロリーは消費しないが回数制限あり。一日十回。

・超回復力(※これは旅の防衛用に覚えたスキル)


五つ取りマイナス欠点

【悪夢】

三分の一の確率で夢が悪夢になる。


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 一連のこの「ペスト・アッラ・ジュノヴェーゼが美味い」騒動は完全な無駄ではあったが、結果論としてこれがなければ、事件解決までもっと遠回りしていたしれない。

 この騒動のせいで昼食の時間が遅延してツムギは思わぬ再開を果たす。


 遠くでツムギの発光する胸を見たある女性が怪訝そうな顔をすると、徐々に近づいてきてツムギと認識すると、嬉しそうに抱ついてきた。

「うぉぉーい! ぴかぴか光る赤い何かがあると思ったら、マジかよツムギちゃんじゃないか!? え、奇跡!? 奇跡じゃん! このクッソ広い大陸で再会するなんざ! 何してんの今!?」

「ア、アンチェインさん!?」

 なんとイルメニアで別れて以来のアンチェインと偶然、再び出会ったのであった。


 アンチェイン。本名は安藤千絵。

 転生者であり肉体年齢は十五歳程度で止まっているが「不老」のスキルを取っているので実年齢は二十六、七歳ほどだ。元マーズの上司で、優秀ではあるがキレやすい。「こいつにもかわいそうな過去があったんですよー」系の悪党だが、イルメニア当時の悪行は可愛そうな過去でも擁護が難しい。イルメニアではツムギと敵対し、敗北。「ツムギちゃんと出会って改心したぜ!」とは言っているものの、レベル九十の悪党がレベル八十に下がった程度である。

 イルメニアから南に降りたアンチェインは「最初に転生したサイカに行こうかな」と旅の目的としていたが、サイカは今は入れる状況ではなく、仕方なくレイベルをうろうろといろいろなことをして名を上げながら、長期滞在していた。

 イルメニアの宰相時代に、レイベルにツテがあったのも大きい。


 アンチェインは嬉しそうにツムギの肩をバンバン叩く。手加減はしてるだろうがチートスキル「怪力」持ちなので結構痛い。

「ひっさしぶりー! ツムギちゃん、元気? イェーイ! 宿来る? またハンタ読みたいだろぉ?」

「い、いえ、その提案は心底魅力的ですが、今、私、そういう状態にないので」

「……なにがあったん?」

 アンチェインはツムギの暗い表情に真顔になるとツムギの横の席に座った。

「失礼、ツムギ氏。こちらの雑な方はどちら様?」

 ラファエラはアンチェインをフォークで指して、怪訝そうに首をかしげる。その顔にはいつもの強い猜疑心が見える。

 アンチェインもラファエラを見た。


「あーん? んだ、この根暗フェイスピンク眼鏡シスター? 今、俺とツムギちゃんが話してるの見えねーの? カップルのデート計画とかに割り込んではいっちゃう人? なーツムギちゃん?」

 アンチェインはそう言って腕をツムギに絡めて「むちゅー」と言いながら唇を尖らせ顔を近づける。当然赤面したツムギは「そ、そういうのやめてください!」とアンチェインを引き離し、ツムギの脳内でオモイカネの声が飛ぶ。

『はー!? お兄ちゃんに何してるんですか、この安藤、この野郎! 死ね死ね死ね死ね!』

 オモイカネまでキレだしては収拾がつかなかった。


 そしてラファエラはアンチェインの発言に腕を組み、少しイラついたように自分の腕をトントンと叩くと、静かな声を出した。

「……何か言いましたか?」

 ラファエラが静かにそういうとアンチェインは目を逸らして一瞬でだらだらと冷や汗を流す。

「……いや、なんでもねーつーかさ。うん、いい天気っすね?」


 アンチェインはそういうとツムギの肩を掴み、ラファエラのもとから離れ、小声でツムギに言う。

「おい、ツムギちゃん! お前、なんちゅー女と同行してんだ! 見た目だけの段階で、めちゃくちゃやべぇじゃねぇか! あれ、絶対何人か人殺してんじゃん! 分かるぞ俺! 俺の中のやべぇ奴ランキング、二位更新だぞ(一位シルヴィ・スー)!? つーかマーズちゃんとオセちゃんは!? え、まさかあいつに殺された!? めっちゃ脅されてクソヤンデレと同行してんの!?」

「ち、違います。その、助けてください、アンチェインさん」

「助けてくださいってやっぱ脅されてんの!? いやだよ、俺! 絶対助けない!」

「いや別件です! というか、ラファエラさんには脅されてません!」

 アンチェインはツムギに助けを求められると急にドライな真顔になる。

「……それは時と場合と報酬によるなぁ。ま、知らん仲じゃないし話は聞いてやるよ」


      ◇◆◇


「なるほどねぇ。サイカの国宝を盗んだ馬鹿がいるか……しかも王龍から」

「王龍さんを知ってるんですか?」

「噂はな。一応、転生者だってわかってたから、うまいこと殺せるなら殺したかったけど、強いし、警戒心もたけーし、早々にあきらめた相手だな」

「……ほう。あなたは転生者を殺しているんですか? しかも意図的に」

 ラファエラは腰のメイスに手を触れた。アンチェインはブンブン首を振る。

「いや、物の例えっていうの? 俺のいた国では『一度殺し合いすれば大体友達』ってね!? そもそもあんたも俺を殺しちゃダメだろ!? 暴力反対!」

 ラファエラはメイスから手を放さず、愛撫するように触っている。

「そうですね。人は殺してはいけませんよね。例えばあなたが『超回復力』を持っていたら考えますが」

 言われたアンチェインはさっき「ラファエラがやばい」と悟ったときには汗を流していたのに、全く汗を流さず、平然としていたのはさすがである。

「残念だな。持ってねぇよ」

 いや、アンチェインはばりばり『超回復力』を持っている。さすがに土壇場で誤魔化すのがうまい。

 アンチェインはツムギの肩に手を置く。手汗がやばかった。手からアンチェインの思念が伝わってくるようだ。「助けてツムギちゃん」と。(アンチェインは神託のシェアは知りません)


「あ、あのラファエラさん。アンチェインさんはですね。私の友人ですので殺すとかはちょっと……」

「ツ、ツムギちゃん……」

 ツムギがそういうとラファエラはため息をつき、メイスから手を離す。

「それに今回の件も全面協力してくれるそうですし」

「え!?」

 意外としたたかなツムギであった。


「はぁ。まぁ協力してやるか……ぶっちゃけ超暇だしな」

 アンチェインは座りなおして、ペペロンチーノを注文する。食事が終わりかけていたラファエラは少し嫌な顔をして、追加でカルボナーラを注文した。

 まさかの二皿目にツムギは驚く。しかもカルボナーラは普通に重い。

 ラファエラは「食物生成」のチートスキル上、体内に大量のストックがあったほうがよいし、第一もしデッドストックになってたしても、ラファエラ・シルベストリが太ることはない。余剰カロリーは適当な食材として排出すればいいのだ。


「ルパン三世は知ってるか?」

 ペペロンチーノを食べて「あれ? うめぇなこれ」と言いながら、アンチェインはそう話を切り出した。ツムギは申し訳なさそうに頭を下げる。

「……すいません、私あまり存じ上げないのですよね……お、お名前は存じ上げてますよ!? ルパンさん、次元さん、石川さん、峰さんですよね!?」

「次元とルパン以外を名字で呼ぶ奴いねぇんじゃねぇの?」

 ラファエラは薄く微笑んだ。

「ええ、もちろん知ってますよ。わたくし、好きですよ。次元が特に好きです。かっこいいですよね」

 アンチェインはこの反応は逆だと思っていた。ラファエラ・シルベストリは日本のアニメ・漫画好きなので当然ルパン三世くらいは知っていた。


「あれよー。宝石とか盗むじゃん? でさ、盗んだ宝石をどうしてるかイマイチ謎じゃね? つーか、この世の泥棒はどうしていると思う? どうやって盗品を金に換えてる?」

「確かに言われてみればそうですね……考えても見ませんでしたが、普通の質屋に売ったら絶対に足がつきますね」とツムギ。

 実際に盗品の純金茶碗を一般の古物商に売り払った事件はツムギの転生後に現実の日本で起きている。そのせいで足がついたかは不鮮明ではあるが、そのニュースを見た多くの人が「なんでこんな足がつきやすいルートで売ったのだろうか?」と疑問を呈して話題になった。


「……そういうルートがあるんだよ。悪党の道は悪党に任せろ」

 ラファエラが再びメイスに触れる。

「ほう、やはり悪党なんですか?」

「もう色々誤魔化すの面倒だから言うけど、あんたも絶対に元悪党だろ!?」

「いえ、違いますが? わたくしは断じて悪党ではありませんが?」

 一ミリも曇りなき目でラファエラはむしろ「心外だ」とばかりに言った。ちなみにアフラウラの海賊たちも含め、ラファエラ・シルベストリが殺害したキルスコアは三百を軽く超えている。アンチェインも人を殺しているし「イルメニアの兵士に戦争を命じて殺してしまった数」は多いが、間違いなくラファエラほど「直接殺している数」は多くない。


 その曇りなき、しかし、蛇のような目にアンチェインはあきれる。

「これ、アレじゃね?『自分が悪だと気付いていない、もっともどす黒い悪』ってやつじゃね?」

 アンチェインはスマホに入っていた漫画は全部読んでいるので知っていた。ツムギはアンチェインの言葉が何の引用かわからなかったが、引用を理解したラファエラは首をかしげる。

「……別にプッチ神父は言うほど悪人ではないのでは? 彼、おそらくカトリックでしたし」

 アンチェインは特に返答をしなかったが「プッチが悪人じゃねぇとか本物じゃねぇか!! こいつやべぇぇぇ!」と内心で思った。


      ◇◆◇


 昼食後、アンチェインに連れられた「盗品の売買所」でツムギは目を開く。

「え、ここなんですか?」

 そこは大手の雑貨屋であり、各国に系列店も多く見える。

 イルメニアにまで支店があった。

 機能や売り物は大きく劣るがツムギがいた世界でのコンビニエンスストア的な役割を果たしている。

 看板には「本店」と書いてある。どうやらこの店から全国チェーンは始まったようだ。


 もちろんツムギの認知では盗品なんか扱っていない。

 アンチェインは店員に告げた。


「オーナーのマハラジャを出しな」

 いきなり来られた店員は困った顔をする。

「あ、あのアポは……」

「いるんだろ、引きこもりデブ。めったに外出しねぇからな。『アンチェインが来た』と言えば、出てくるだろう。追い返してみろよ? お前がクソほど怒られるぞ?」

 店員はそういわれると半信半疑の表情で店の奥に消え、しばらくすると焦りながら出てきてアンチェインに頭を下げた。

「た、大変失礼しました! マハラジャ様がお待ちです!」


 ツムギは奥に進みながら、アンチェインに小声で聞く。

「盗品を扱ってたんですか、ここ?」

「いや? 普通の雑貨屋だよ、ここ。ほぼ常駐してるオーナーのマハラジャがそういう盗掘店も裏で経営してるだけだ」


      ◇◆◇


 マハラジャは絵にかいたような金持ちだった。

 非常に肥満体で、口ひげが生えており、ターバンを巻き、金色のガウンを着て、葉巻を吸っている。

 ちなみにひげは整っているが無精ひげだったら「アンチェインの父に似てる度65」くらいでまずかったかもしれない。


 マハラジャはツムギの胸を見て言う。

「む!? 君その胸の宝石はいくらだ!? 言い値で買おう!」

「あ、このリアクションは初めてですね。非売品です」


 続いてラファエラを見る。

「君は一晩いくらだ?」

 ラファエラは凄い目でマハラジャを睨みつける。

「あ? 殺すぞ」

 ラファエラにすごまれマハラジャは棒読みになった。

「ジョーダンダヨー? マハラジャ、オンナノコカワナイヨー」


 続いてアンチェインがマハラジャに近寄った。

「うーっす」

「おお、アンチェインか! 久しぶりだな! お前かわらんなぁ! もう少し大人になったら買ってやるのに! なんだ? 何か売り物か? お前さんの作ったヤクは好評だったからなぁ。アレもう作らないのか?」

 ラファエラはアンチェインとマハラジャを冷めた目でじっと見る。

「ほう。麻薬を?」

「や、やだなー、違いますよ? ヤクっていうのはね、ほらアレだよ、ウシ科の生物でそういうのいるだろ? 俺はな。あれを品種改良してだな……」

 アンチェインは目を泳がせて誤魔化そうとするが、マハラジャはキョトンとして返答する。

「いやいや、何言ってんだ。あのキノコの麻薬だよ。アッパー系の……」

「うるせー!! 空気よめデブ! 殺すぞ!!」


 ツムギがおずおずとラファエラに告げる。

「……あのすいません。話が進まないので、そろそろアンチェインさんを悪党扱いする流れ、辞めてもらっていいですか?」

「……ツムギ氏がそういうなら、内心だけで済ませておきます」

 内心ではラファエラは個人採点の「ラファエラポイント」をつけ続けていたが。

 ちなみにアンチェインは今「28ラファエラポイント」である。50で天誅だ。

「ツムギ氏の友人である。マイナス30ラファエラポイント」がなければすでに天誅対象であった。「転生者である。10ラファエラポイント」が割と大きい。もし「『超回復力』を持っている40ラファエラポイント」がバレたら終わりだ。

 ちなみにマーズは「マイナス7ラファエラポイント」、オセは「10ラファエラポイント」、ツムギは「マイナス4万ラファエラポイント」だ。


 マハラジャは麻薬の件じゃないことを残念がったが、すぐにアンチェインに向き合う。

「それで? 今日は何の用だ?」

「いや、聞きたいことがあってよ。盗掘店に龍の瞳とか、流れてねぇか?」

 マハラジャは目を開く。

「龍の瞳って……アレだろ? サイカの国宝だろ?」

 先ほどまで笑顔だったマハラジャの表情が真顔になった。


「ちょっとよくねぇ情報だな。そりゃ、金がかかる情報だ」

「……っち」

 アンチェインは舌打ちすると「一回で覚えろよ?」といい、マハラジャに耳打ちする。マハラジャは怪訝そうに聞いていたが、やがて焦ったように紙とペンを取り出すと急いでメモを取る。


「おいおい、マジかよ……そりゃあむしろ釣りが出てこっちが金払う情報じゃねぇか」

「どうせ使い道ねーし、いいよ」


 ツムギはアンチェインに耳打ちする。

「……何を教えたんですか?」

「ちょっとキノコ料理をな……」

「ああ」

 要するに麻薬の製造法であった。

 アンチェインが大きな損益を被ってまでツムギのためにやってくれたのは理由があるが、後述する。


「じゃあ教えるが、龍の瞳だがな」

 マハラジャは一呼吸置いた。

「流れてるはずねぇだろ! んなものきたら、うちの系列なら買取を断ってるわ! 万が一買い取った馬鹿がいても、速攻で返品させてるね! いくら何でも厄過ぎる! サイカとトラブったらうちなんて一瞬ですり潰されるわ!」

 アンチェインはキレる。

「ふざけんな! 金かけて『情報ねぇ』って詐欺だろうが!!」

「わかんだろうが! この場合『情報がねぇ』が貴重な情報だ! 俺としちゃ、この件に関わりたくもねーんだよ!」

「……まー言う通りだわ」

 ツムギはこの話の流れに少し違和感を覚える。アンチェインは妙にこのマハラジャに甘い気がするのだ。


 マハラジャは咳払いした。

「聞いたことある話ではどっかの馬鹿なマフィアが盗んだとかどうとかな」

「あー。その馬鹿なマフィアからさらに盗まれてんのよ……あんたの系列じゃねぇ他の盗品屋で『龍の瞳』が流れたとか噂がない?」

「……絶対とは言えねぇが、多分ねぇな。そんな大きな話があったら俺に入ってこないはずがねぇ」

 結局、盗品として流れてる話は空振りだった。

 そしてツムギだけは気づく。


(お二人は気づいてませんがマハラジャさん、異世界転生者ですね……)

 ツムギは「異世界言語マスター」をオフにしてマハラジャの言葉を聞いたが思いっきり英語だった。

 見た目は中東っぽいが少なくともそちら系ではないらしい。

 しかし、チートスキルを得るためなら平気で殺人をする女×2に囲まれているのでツムギは口に出さない。


 しかし、異様に異世界転生者に遭遇するな。とツムギは思う。

 安藤千絵、ラファエラ・シルベストリ、セトに貸与の輪を付けた男、王龍、リーシェフ、マハラジャ、キーラ、レイチェル・ブラボゥ……。名前しか知らない人物も含めて少し出会い過ぎである。神野ツムギ自身も含め九人だ。


 以前、ピクシー・スーは「異世界転生者は百人くらいじゃないか?」と予測してたが、世界で百人しかいないなら、さすがに八人は会い過ぎではとツムギは思う。実はこれはピクシーの自分の担当(十二人)を元にした推理であるが、本人にも自覚がないがピクシーはかなり「チートスキルを十個つけて殺す」のがうまい。クワトロ・ペコリなんかはド下手なので、実はクワトロ・ペコリだけで八百人近い担当がいるのでそれだけでピクシーの予想より八倍多い。


 他にも「美男美女はとりあえず『チートスキルの真相を教えて確保』し、お眼鏡にかなわなくてもお人よしなら『美貌転生』を押し付けて確保する」ホーネット・エッチマンもかなりの転生者を持っていたし、色々やっているジョンソン・ドレイクも相当数の転生者を保持している。

 クリム・ケルト、オモイカネ・トーキーも独自の目的で転生者を確保しているが百人よりかは全然少ない。


 一応補足するならそれでもツムギの遭遇数は期間のわりにだいぶ多い方ではある。これは何か「転生者はひかれあう」みたいな話ではなく、完璧に偶然である。


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 マハラジャ 本名:ハンター・マーシー


 五十五歳。アメリカ人男性。

 転生したのは三十四歳のころで、元々はうだつの上がらないビルの清掃人。

 同い年のサラリーマンたちが働いてるビルで清掃しながら「ちくしょう! 俺だって!」と思っていたが、足を滑らせて階段から落ちて異世界転生。

 チートスキル選択は喜び勇んで「俺も勝ち組サラリーマンに! いや、いっそ経営者に!」で選んだ。スキル四つ取りは完璧に偶然。「まぁこんなもんでいいや。あと選ぶのめんどいし」という性分が命を救った。(このレベルの面倒くさがりは実は割といるが、ピクシーあたりはこの辺の説得がうまいが、マハラジャの担当はド下手)



【担当悪魔】

クワトロ・ペコリ


【取得スキル】

・異世界言語マスター

・『交渉術』:交渉がうまくなる。スキルのからくりを紐解くと本来は相手を怒らせるような言葉選びをしてもそこまで相手が怒らず、相手が喜ぶ言葉選びは過剰に喜ぶようになる。またこのスキルもちは相手に「喜ばせたい」と思わせる。総じて有利な状態で交渉を進めやすい。交渉術同士が対峙すると両者スキルはないものとして扱う。※アンチェインが麻薬の情報をあっさり教えたのもこのためで、またいつものアンチェインなら「龍の瞳情報なし」の段階でブチ切れてマハラジャに襲い掛かっていたのに、許したのもこのスキルのせい。

・『商売マスター』:熟練の経営ノウハウ、冴え渡るカン、経営の鉄則、これまでの色々な企業の失敗例、成功例が頭に叩き込まれ商売がうまくなる。弱点というほどではないが「堅実系のノウハウ」であるため「博打型」ではないのは一応注意。※マハラジャの裏の顔である盗品屋も堅実経営。

・『性マスター』:読んで字のごとく。生涯絶倫、生涯テクニシャン。


※「自己防衛スキルゼロ」であるが、これはマハラジャが「転生者は殺されるとスキルを奪われる」という事実を知らなかったため(今も知らないのであっさり「護衛なしでアンチェインに会う」という危険を冒した。アンチェインも「転生者がここまで無警戒なわけねーな」と疑ってもいない)。


マイナス欠点なし(スキル取得数4つの為)


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●あとがき●

ツムギ君がめっちゃ転生者と出会ってるのは「金色のガッシュ」みたいなもんです。(あれも理由はあるが、それでも『漫画的な都合』なのでツムギ君も理由つけて良いんですが結局一番は『小説的な都合』ですね。今後もバリバリ転生者は出しますし「転生者に匹敵するする現地人」もだします)

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