13ー断罪と、再会

ずっと、ずっと、ずっと好きだった。

目に入れば幸福て胸が一杯になり、冷たい眼を向けられては心が凍える。

天国と地獄を行ったり来たり繰り返して、精神はすり減り心は摩耗していく。

もう楽になりたい。

それでも手放せない。

けれど、遠くへ行こう、と思った。

家族をこれ以上巻き込みたくない。

辛くても、思いの強さに負けて、たとえ死んでしまうとしても、もう、いいのだ。

漸く……今日で終わる。


そして、エデュラは断罪の日を迎えた。

エリンギル王子の婚約解消宣言に続き、「忘却薬」の下賜。

会場はあまりの行いに、しん、と静まり返っていた。

中央には白いドレスを身にまとい、両肩を騎士に押さえられたエデュラが跪いている。

細くて白い喉を反らして、エリンギル王子手ずから飲ませる薬を、エデュラはただ受け入れていた。

喉に流し込まれた薬を飲み干し、エリンギル王子が掴んでいた頬から手を離すと、がくり、とエデュラは首を前に垂らす。

ぽたぽた、と零れ落ちた涙の雫が床に弾けて音を立てた。


「ふふ……うふふ………、ああ、わたくし、何を怖がっていたのかしら」


思いもよらぬ笑い声に、エリンギルもリリアーデも周囲の学生達は皆引きつった顔を見せる。

涙を零しながらも、肩を解放されたエデュラはゆっくりと立ち上がり。

真っすぐに、幸せそうな笑みを浮かべて、エリンギルを見つめた。


「殿下、最後に素敵な贈り物を下さったこと、感謝いたします」

「……は、気でも狂ったか」


その嘲笑と脅えの混ざった表情に、エデュラは首をゆるく左右に振った。


「いいえ。わたくしはずっと報われぬ、嘲笑されるだけの愛に囚われていたのです。解放して頂けた事を感謝しているのです。これで心からエリンギル殿下とリリアーデ様の事を祝福する事が出来ますわ。どうか、末永くお幸せに」


背筋をぴんと伸ばして、笑顔で淑女の礼を執るエデュラは、淑女の鑑と言われるだけあってその所作の全てが美しかった。

そして、未練どころか興味をなくしたように、ぱっと振り返るとランベルトの元へと歩み寄っていく。

他の生徒に押さえられていたランベルトは、押し止めていた友人達から解放されていた。

ランベルトは捕われていたわけでなく、彼を思う友人達に囲まれている。


「女性から申し出るのは、はしたない事と存じますが、どうぞ貴方の国へお連れくださいませ」

「ああ。連れて行こう。そして私の妻となって頂きたい」


膝を突いて請うランベルトの手に、エデュラはその手を重ねた。

晴れやかに透き通った心に、もう迷いは一欠けらもない。


「ええ、喜んで」


「地味同士、似合いの二人じゃないか」


嫌味のようにエリンギルの声が降りかかるが、友人達は祝福するように二人を拍手で見送った。

まるで追従して嗤う声を掻き消すかのような拍手に、王子も王子の側近達も気まずく二人の背に視線を送る。

そして、二人は会場を後にした。



「君が紹介してくれた、フィーレン嬢とラファエリ殿にはとても世話になったよ」

「まあ、それはようございましたわ」


侯爵家の馬車に乗り込んで、エデュラとランベルトは侯爵家の町屋敷に向かう。

学園からはそう遠くない距離だ。

だが、家に帰ると何故か父も母も玄関ホールで待ち構えていた。


「リーヴェルト殿下、恙なくご用意は整っております」

「そうか。感謝する、義父上」


そのやり取りに、エデュラは、はて?と首を傾げた。


「やはり、君は記憶の一部を失っていたのか」


眼鏡を取ったランベルトの顔を見ていると、幼い頃に出会った皇子の顔と重なって。

エデュラの目から涙が溢れた。


「ああ、貴方……貴方だったのですね……」


手を頬に添えられて、嬉しそうにランベルトことリーヴェルトは頷いた。

優しい琥珀色の目に見つめられ、懐かしさと再び逢えた嬉しさに涙が次から次へと零れる。


ずっと、傍にいてくれたなんて。


皇子なのに耐えがたい言葉も投げかけられて、蔑まれてもそれでも。

私を救おうとなさってくれていた。


番とは違う、でも同じ相手を二度も好きになっていたことに、エデュラは運命を感じざるを得なかった。

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