10ー薬の使い道
いつか、気が変わった時の為に、と渡された。
エデュラはランベルトが手に入れた二本の忘却薬を手にしている。
飲む気はしないけれど、何故かそれを持っていると安心した。
いつしか、その忘却薬はエデュラのお守り代わりになっていて。
手の中で弄んでいた小瓶を、小さな袋に入れてドレスの内側にいれて持ち歩く。
今日は憂鬱な夜会だ。
卒業までもう半年に迫った頃、王国で王室主催の夜会が開かれることになった。
ここ数年行われていなかった、全ての貴族を招くという宴は、王妃の新たなる懐妊を祝うものだ。
竜人族の寿命は長く、その受胎可能な期間もまた長い。
国王と王妃は政略結婚にしては仲睦まじく、番ではと噂されるほどだった。
二人の愛の逸話は庶民にまで知れ渡っている。
王妃は自ら、番を決して持たないと決めたのだ。
番よりも王を選ぶと。
でも国王は王族ゆえに、番との係わりを民に求められている。
だからこそ王妃は、国王が番と出会ったら側妃に召すことも望んでいた。
今でも国王は番に出会うことなく、傍らで支え続ける王妃を誰よりも慈しんでいる。
番ではないのに。
番ではなくとも。
固い絆で結ばれた二人が、エデュラには羨ましかった。
溢れるほどの番への愛は、番から拒否されれば何よりも辛く厳しいものである。
一人で夜会に参加するのはエデュラにはもう慣れたものだ。
でも慣れたからといって、気分の良いものではない。
婚約者は別の、運命の番であると公言する少女をエスコートするのだから。
妹のエリシャの友人や、知り合いの幾人かはエスコート役を名乗り出てくれるが、エデュラは全て断っていた。
自分の為に王子の不興を買ってほしくないし、下手したら評判の悪いエデュラと婚約させられるという羽目になり兼ねないからだ。
誰かの人生を歪めてしまうなんて、罪深いことは望んでいない。
番という運命に翻弄されるエデュラの、それは本心からの願いでもある。
何事もなく終わる筈の祝宴で、エリーナ姫とエリード王子が番を見つけるという波乱が起きた。
同時に、しかもエリード王子の相手は公爵令嬢のフィーレン嬢、エリーナ姫の相手はその護衛騎士を務めるラファエリという侯爵家の令息だったのだ。
二人は婚約していた。
突然の事に病弱なフィーレン嬢が倒れ、そのフィーレン嬢を抱えて護衛騎士のラファエリは祝宴を後にする。
呼び止めたエリーナ姫を振り切るように、ラファエリはフィーレンを会場から連れ出した。
残されたエリーナ姫とエリード王子は喧嘩を始めている。
「何なのあの女、わたくしの番に倒れこんだりして!」
「護衛騎士の癖に僕の番に触れるなど、両手を切り落としてやる!」
「何ですって!わたくしの番に何を言うの!」
大騒ぎを引き起こした双子の姫と王子は、国王陛下と王妃の命に拠って祝宴会場から連れ出された。
そしてエデュラは密かに決心を固めた。
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