8-あり得ない、将来の話
薬学の研究棟で、薬草を植え替えながら、ランベルトとエデュラは何気ない会話をしていた。
いつもは。
今日はランベルトが薬を手に入れたと教えてくれたのだ。
でも、同じ事を問われてもエデュラの返事は変わらなかった。
無駄だと分かっていても、思いを手放すことが出来ない。
踏み切れない自分に、エデュラも落胆を覚えるけれど、全てを許して諦めている訳ではないのだ。
「申し訳、ございません」
折角の申し出や労力を無にしてしまうのは心が痛んだが、かといってそれを理由に判断する訳にはいかない。
出来る事なら、薬に頼りたくはないのだ。
後生大事にしたい思い出など、ごく僅かなのだから。
それでも、それを無かったことにしてしまうのは、何かが違うと思っていた。
だからこそ、抱えたままで心を強く持ち、乗り越えたい。
少し考えて、ランベルトは落胆を滲ませながら静かに俯いた。
「そう、ですか」
自分を塗り替えられるのは怖い、と思う。
そう思ったことがあったのだ、エデュラには。
でもそれがどの時だったかはもう、思い出せなかった。
「でもいつか。自分で諦めきれるように強くなりますわ」
「その時は帝国へお出で下さい。男爵領は何もない所ですが、のんびり出来ますよ。見渡す限りの草原もあります」
エデュラは思い浮かべるように、植物を植えていた手を止めた。
吹き抜ける風が、草原の艶やかな草を撫でていく、爽やかな光景を。
いつか見れたらいいのに、と微笑みを浮かべる。
「羊はおりますか?」
「ええ、いますよ、沢山」
「ふふ。素敵ですわね。……わたくし羊飼いになりたいわ」
ふわふわの羊を眺めて、その毛を刈って、糸を紡いで、服を作るという遊牧民の話を読んだこともある。
エデュラはあり得ない人生に思いを馳せた。
「じゃあ、一緒になりましょう。羊飼いに」
「……そうできたのなら……」
無理な話だ。
それはお互いに分かっている。
言葉が止んだ時、温室にガヤガヤと騒がしい一団が入り込んできた。
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