『そして、龍になる』

山岡 きざし

第1話 災厄の再来

——人としての自我、そして意識が消えていくというのはいったいどのような感覚なのだろうか。大多数の人間はそのような体験をすることはない。あるいは体験したとしてもそれが他人に共有されることはない。

 いつからだろう。記憶が明晰に記されたノートのページが、日に日に破り取られるように。昨日まで覚えていたはずの当たり前の記憶が、次の瞬間には消える。記憶が消えているという感覚があるだけまだマシかもしれない。

思うに、人の意識や認識とはおおよそ記憶に紐づけられているのかもしれないと、最近になって思うようになった。

「・・・」

青年は以前とは随分と様変わりした自分の手や腕を見た。通常の人間とは大きく違う、焦げた色の非常にゴツゴツとした鱗のような組織が表面を覆っている。身体の構造もいつの間にか変化していた。

濁った眼でそれら変容を物憂げに眺める彼を隣に居たもう一人の人物が心配そうに見つめていた。彼と知り合い随分と経つが、すっかり変わってしまった姿を目の当たりにして何を思っているのだろうか。そしてその彼も鉱物のような身体的特徴を有しており、純粋な人間とは言えなかった。

 人としての自我、意識、記憶が全て消え去った後、以前争乱に巻き込まれた青年は誰しもが臆する異形へと変わり果て、かつての同族に仇なす存在になる。


『そして、龍になる』


「はぁっ、はぁっ・・・!!」

暗闇の中、雨降る街を駆ける。青年は小脇に抱えた〝麻布に包まれた棒状のいびつな物体〟を決して離さぬように合流地点へと急いだ。どこから見られているのかも分からない不安が全身を刺すようで、一秒たりとも気を抜くことは出来ない。

 彼は所謂、窃盗犯だった。今回のターゲットはいつもとは違う。そこらにあるような宝石や歴史的遺産などとは一線を画す明らかに異質な物だ。

少なくとも彼が今まで生きてきた人生のなかで見たこともない、奇怪な形をした剣のような物体。骨董品といえばそれまでだが、ただの骨董品とは思えないような上手く表現できないが、何か胎動めいたものをそれを手にした時から感じていた。

「はぁ・・・はぁっ・・・」

息が切れる。被っていたフードの縁から侵入した雨水が数滴顔に顔に落ち、思わず一瞬目を閉じた。

今日の天気は一日中大雨の予報だった。時折街頭の光に照らされる彼の姿はびしょ濡れである。こんな悪天候の日に作戦を実行したのも、比較的人目に付かないようにするためだった。初歩的だが、晴天日にやるよりはいい。

——数時間前

『―この先立ち入り禁止―ダッカニア地方行政区―』目標地点の付近には立ち入り禁止を促す警告版が無造作に置かれていた。何十年前に設置された物なのか、酷く錆びつき、これだけでそれらしいスポットの雰囲気を演出できそうだ。もちろん彼らは肝試しをしに来たのではない。

集ったメンバーは4人。リーダー格の男は依頼主から借りた特殊な端末を興味深そうに眺めている。その地点は都心から随分と離れた山林の中にあり、民家はおろか人気すら全くない。時々、野犬や鳥の鳴き声が遠くから聞こえる程度のものである。しかし今は降り注ぐ雨音の所為でそれら生命の鳴き声もあまり聞こえない。

 彼らの目標はこの山林の奥にあると聞かされている遺跡だった。まだ公には未発見とされているその遺跡の位置をどうやって依頼主が割り出したのかは定かではないが、とにかく与えられた仕事をするしかない。

草木が生い茂る鬱蒼とした林の中を歩きながら、リーダーの男が腕に取り付けた端末を弄る。その依頼主から貸し出された端末は素人でも一目で分かるほど最先端な物であり、それを見たメンバー全員が、そんな物は見たことない。と口を揃えた。

端末の画面には、これから向かう場所の図面と、内部構造が立体的に映し出される。

それによると、目標としているその遺跡は全体が地中に埋まっているようで、入口を開くには少し地面を掘る必要があった。

「・・・っ、ここだ」画面を見ながらリーダーはその足を止めた。画面の光で彼の顔が照らされ、眉をひそめるような表情が見て取れる。彼も内心不安なようだった。

それから、メンバーは各自用意した携帯シャベルを取り出し、一心不乱に地面を荒らす。水分を多分に含んだ土は重く、それだけで重労働だ。メンバーが息を切らしながら機械のように同じ動作を繰り返すこと数分。

「・・・あった!」

シャベルの先が明らかに通常の石などとは違う硬い物質に阻まれる。角ばった建物の一部と見えるそれが地表に姿を現した。

「もう少し下に入口があるはずだ、そこまで掘り進めてくれ」

端末の画面と目の前の光景を交互に確認し、適切なポイントまで掘削する。少しすると彼の指示通り、入口と思しき空間が出現した。ただ、その穴も随分と崩れており、いつ崩落するかも分からない状態だった。

「予定通り、俺とコイツで行く。お前たち二人はここで待機していてくれ」

「了解」

 彼、トルスタはリーダーであるメディルと共に遺跡の深部へと潜ることになった。リーダーは相変わらず端末の画面と睨めっこしており、空間の把握に努めているようだった。入口をくぐると、すぐに階段が待っていた。螺旋階段になっているようで、ライトを照らし、足元に注意しながら下っていく。

コツコツ、と階段を下る音だけが反響し、無言のままさらに下へと進んでいく。どれほど進んでいるのか感覚も曖昧になっていくようで、深淵に引き込まれているような錯覚さえ覚える。慣れない緊張感に気圧されながらも階段ある程度下った後、急に視界が開けた。

がらんとした広い部屋がいくつも出現し、思わず息を吞む。ここの詳細は一切聞かされていなかったが、思っていたよりも何か訳のある場所なのかもしれないと感じた。

「廃墟・・・?」

「・・・本当にこんな空間があったのか」

事前にこの空間のことは端末で確認してはいたが、彼も実際に目にするまでは半信半疑だったのだろう。

その、何かの影響で破壊されたようなボロボロの部屋を見渡す。家具などはほぼ見当たらないが、部屋の隅に大昔に使われていたと思しき家具の残骸や割れたガラスのような物体が散らばっている。

しかし、そのいくつもある部屋を見て回るうちに、ここは地中に埋まった宮殿のような大昔の建物なのではないか。という考えに至った。

「・・・・・」ライトをその場で四方に照射。明らかに普通の石材で作られたとは思えない、独自な色合いをした壁や天井、床が光を淡く反射している。さらに奇妙なのは、所々焦げ付いたような跡が残っていることだった。

「普通じゃない・・・。あっ・・・メディルさん、ここで行き止まりですか?」しゃがんでそれらを観察していた。少し経って、その閉鎖的で退廃的な雰囲気にどことなく不快感を感じ、少し焦りを混ぜたような声色でふと横に立っていたリーダーに声をかけたが返答は得られなかった。しかし、彼の目線はその声に反応するようにある一点を見つめていた。

「そっちにも通路があったんですか・・・?」

「・・・あぁ、さっきまで気付かなかったがな」そう答えると、彼は再び端末を操作し始めた。

「目標はさらに下だ。これと照らし合わせる限り、あそこが下に繋がる通路だろう」

その腕に取り付けた光る道標のまま、その闇の中へ足を踏み入れる。再び出現した螺旋階段を降りると真っすぐな道が現れた。ライトを通路に向けると、奥に重厚な石扉が佇んでいるのがぼんやりと視認出来る。

「アレ・・・だな、恐らく」

疑う余地はないだろう。彼の端末から得られる情報からも、ここが最奥であることが分かる。双方共に、主張が増す心臓の鼓動を諫めつつ、赤ん坊が全力疾走する時のような歩速でじりじりと距離を詰めていく。

「大丈夫だ、両端の壁や床に罠はない」細かく光を壁や天井に当て、リスクが無いことを慎重に確認していく。静寂に響く足音は亡霊の小言のようで緊張感に拍車を掛ける。

 実際はそう大して時間はかかっていないのだろうが、二人が扉の目の前に立った時にはかなりの時間を要していたように感じる。

しかし、その重々しい扉がセンサーによって自動的に客を招き入れることはない。

「・・・・・」

ライトで照らした扉には創作物などでは定番の龍と思しき生物のレリーフが刻まれているが、リーダーは特に気に留めなかったようだった。そして慎重にレリーフを手で撫でる。

「どうです?」トルスタが無意識に聞いたときには、彼は既に端末に目を落としていた。画面を見せてもらうと、どういう原理なのか、扉の内部構造が表示されていた。それに従い、パラパラと表面についていた塵や埃が落ちることも気にせず満遍なく調べ、そして——

「っ・・・これか?」

不自然に溝のあるレリーフの一部を軽く押すと、ズズッ、と彫刻の一部が押し込まれた。そして、ガシャ!と何かが落下して壊れるような音が空間に響く。驚いて思わず後退さると、先ほどまで無言を貫いていた扉が鈍い音を立てながら、ゆっくりと下に沈んでいく。どうやら、押し込んだ部分が扉の中で落ち、何らかの仕掛けが作動したようだった。

二〇秒ほどの時間をかけて床に沈んだ扉を跨ぎ、戦々恐々といった風に進む。その先は少し狭い正方形の部屋があるだけだった。しかしカビ臭い匂いと共に二人を迎え入れたのは、部屋の真ん中に佇む棺桶のみだった。

「・・・やっぱり墓だったか」

先に内部情報を得ていたメディルからすれば、なんとなく予想はついていた。しかし具体的な内部情報までは得られていなかったため、油断せずにライトで部屋全体をライトで照らす。一番印象的なのは棺桶におびただしいほど取り付けられた宝石類の装飾。普通、棺桶にここまで豪華な飾りはつけない。もしかして、古代の豪族の墓だったりするのかもしれない。だが、そんなものは前座に過ぎない。




「沈んだ遺跡?」

『そうだ。そこが今回のターゲット。厳密には、その内部にある、剣のような、棒状の物体だそうだ。そして依頼主は毎度のように不明だが、今回はどこか様子が違うようだった』

「様子?」

『あぁ、なんつーかな。うまく説明できんが、俺たちとは違う雰囲気を感じるっつーかな』

「なんだよそれ」

『あー、とにかく、何か底知れないものを感じたんだ。だから、今回はより一層慎重にな。報奨金もかなりのものだし』

「そうか。それは楽しみだな。メンバーはこっちで決めていいか?」

『あぁ、構わない。それと、その依頼主からとある端末を借りてるんだ。あとで渡すから、忘れるなよ』



リーダー、メディルは少し前に交した会話を思い出していた。そして、表情は少しこわばっていた。今までに数多くの遺跡などを盗掘してきた彼ですら、ここの雰囲気の異常性に全身が身震いする。具体的に何がどう異常なのかと問われたら彼自身も口ごもるかもしれないが、とにかく形容しがたい不気味さ、あるいは神秘さがこの空間にはあるのだ。

「あ、あの・・・メディルさん?酷い顔してますけど、大丈夫ですか?やっぱりここの空気のせいで・・・?」

先ほどから端末の画面を覗いたまま硬直していた彼を心配し、声をかける。

「え?・・・あぁ。大丈夫だ。少し考えごとをしていただけだ。気にするな。それより、早くこいつを開けるぞ」

 慎重に棺桶の蓋に手をかける。100%石材から成っているであろうその棺は蓋部分ですらかなりの重量があり、二人がかりでも全くびくともしない神殿のようでもあった。それでも持ってきたロープなどを使い、時間をかけてそれを覆う暗雲を取り払う。

「っ・・・これでっ!!よいしょ・・・っと!!」バゴン!!!!!と、ようやく開いたと同時に床に落ちた蓋は重機でも倒れたのかと錯覚するほどの轟音を響かせた。

「はぁ、はぁ・・・やっとだぜ・・・疲れた・・・」

言いながら、ようやく中身を確認しようとして全身に悪寒が走った。中身のそれを視界にいれた途端、全身の力が吸い取られたような錯覚に陥り棺桶の縁にもたれかかるように手をかけ首を垂れる。既に疲労困憊といった状況でへとへとになっていたためそのような状態になったのかと我に返り、後ろで見守っていたトルスタになるべく平静を装って合図した。

「・・・お、おい。少し、はぁ、休むぞ」

「え・・・?はぁ・・・は、はい。そうしましょう」

一時の休息。いままで緊張感に蝕まれてきた彼らにとっては必要な時間だった。とはいえ、この部屋はあまり休息に適していないということで一度外の通路へと移動した。

「そういえば、上は大丈夫でしょうか」

通路に左右対称に立ち並ぶ石柱を背もたれにし座り込み、言葉と共にふと上を見上げた。

薄暗い天井しか見えないが、遥か上では同行したメンバーが二人雨の中待機したままだ。

「心配することはない。もし異変があったら俺が直接上にこいつで合図する手筈になってるからな」

そう言うとリーダーは借り物の端末ではなく、もう一つ端末を取り出し、こちらに見せてきた。こっちは正真正銘、この世界で流通している物だ。

「万が一、〝局〟の連中に見つかりそうになったら、同等にこの端末に合図を送ってから逃げることになってる。今の所その兆しもねぇし、大丈夫さ」

「そう、ですね・・・」

言い終え、改めて息を吸い直した。この空間は相変わらず静寂で、二人の僅かな呼吸音以外、何も聞こえない。外では未だ大雨が降り続いているだろうが、そういった雨音さえここでは響きすらしない。

「・・・メディルさんって、長いんですか・・?」

「・・・なんだ、急に」

「いえ、深い理由はないですけど、何となく気になりまして・・・。ほら、僕ら、今回の任務で初めて顔を合わせたじゃないですか」

「あぁ、そうだな・・・。まぁ、長い方かもしれん。こういう仕事をしてると、いつも固定のメンバーじゃない、その時限りの有り合わせの人員だけで構成されるのはよくあることだ。なるべく足が付かないようにするためにな」彼は言いながら心地が悪かったのか足を組み直す。

「そういうお前はどうなんだ。長いのか?」

「僕は・・・いえ、全然長くない—というか、今回がほとんど初めてと言いますか」

「何?・・・ははっそうか。初めてで、ヤバい依頼を請け負っちまったな」

「や、ヤバい?」

「おうよ。ま、お前や上にいる末端のメンバーにそこまで告知する義務もないし俺もするつもりがなかった。けど、今回のは、流石に俺でも違和感がある」

彼が感じている違和感の正体は言わずもがな、あの物体であった。その嫌悪感なのか拒否感なのかは分からないが、とにかく根源に訴えかけるような歪な雰囲気を放つそれを見た途端に起きたことを伝えた。

「僕は後ろから見ていただけだったので、中の物までは見てなかったですけど、確かに、何かこう・・・空気が重くなったような気はしました・・・。気のせいかと思ったんですけど、まさかほんとに・・・?」

「・・・〝曰く〟ってのは、盗掘やってりゃよく聞くことだ。やれ呪われた宝石だ、持ち帰ったら死ぬ仮面だなんだってな。まぁ、ほとんどが噂程度の物で、実際にそういったことが起きることはないし、仮に起きたとしても、それには科学的な要因があったりするんだ。だから、そういうことを頭に入れておけば迷信に囚われずに仕事が出来る」

この短時間で癖になったのか、不安をかき消すためか、無意識のように端末の画面に目を落とした。

「ただ、さっきみたいな現象は・・・初めてだ。意味が分からない」唸るように嘯き、震えを止めるように手首をそっと握った。

「ただ単に精神的に疲弊してそう感じただけ・・・なのか、それともアレからそういう風に作用する特殊な音波みたいなのが出てるのかは分からんが・・・」

「・・・き、きっと疲れてそういう錯覚を起こしただけですよ!早くアレを持って外の空気を吸いに行きましょう。空気が淀んでるからそう感じただけですよ」

特に根拠はないが、当たり障りのない言葉で彼を元気づけることしか出来なかった。

彼にとっても、今リーダーが不能になっては困るのだ。

「そ、そうだな・・・。早くアレを持って出よう」




休憩も終わり、部屋に戻った彼らは改めてそれが収められた棺を見やる。今度は物怖じすることなく中に手を入れ、慎重に目当ての物を取り出した。背後から見守っていた彼にメディルが今どのような表情をしていたのかは分からなかったが、それでも懐中電灯に照らされたその背中はいくらかこわばっているように見えた。

「よう・・・。やっと会えたな、遺物ちゃん」

それを手にしたまま向き直り彼にも見えるようにズイと近づけた。その遺物は麻布に厳重に包まれていたが、ただそれだけの包装がしてあるだけで特段格別な装飾がされていたりするわけではなかった。

そして、メディルはそれを覆うベールを少しずつ剝がしていき、遂に中身が姿を現した。

「・・・これは」

麻布に何重にも包まれていたため最初は形状も分からなかったが、最後の布をめくられ露わになったその形を見ても、それが何なのかは依然として彼らの理解の範疇になかった。それを捲った張本人ですら顔をしかめ、ライトに照らされたままの遺物をただ無言で見つめるばかりであった。

「結晶のようにも見え・・・ますかね」

緑がかったグラデーションが非常に美しく、光に照らされていることにより、より幻想的な光景を生み出していた。ビスマス結晶のような角ばった四角形の構造物が連なるように配置されたその棒状の物は腕に抱く赤ん坊サイズの鍵のようにも見えたし、または剣のようにも見える。

ただ、やはりそれが何なのかは分からなかった。「人工物には見えんな」とそう極めて大雑把な結論を出したメディルはそれを一旦麻布に包みなおし、背負っていたリュックに詰め込んだ。

最後に、それが途方もないほど長い間眠っていた殺風景な部屋を見渡し、「・・・さて、もう要はない。さっさと帰るぞ」そう言い残し、遺跡を後にした。




「あっ、リーダー!」

入口から再び姿を現した二人を見て、地上で待機していたもう二人も安堵の表情を浮かべた。彼らが中に入っていたのは時間にして一時間にも満たなかったが、それでも上で待たされている側はより長い時間待たされている気分になるものだ。

相変わらず雨が降りしきる山林でしばらく待機していた二人は諸々の理由から常に緊張感に晒されて気が休まることもなく、体温も低下し決して楽な役回りではなかっただろうが、それでも持ち場を離れることなく維持してくれたことに感謝しつつ、獲物を得たからには次は早急に現場を離れ、それを依頼主に渡さなければならない。




「はぁっ、はぁっ!」

青年は雨降る街の中を走っている。なるべく夜の闇に溶けるように。

数十分前、彼らは遺物を持ち出したことを調査局に悟られないためにそれぞれ街の四方に散らばり、特定のポイントに来たらそれを渡すという受け渡しの常套手段ともいえる手法を用いて依頼主のもとまで届けようと画策していた。だが、最初のポイントに到達した段階でメンバーの姿は無く、彼は仕方なくその地点を通過し移動し続けることを余儀なくされていた。非常時にするようにと言われていた通信も繋がらず、何か嫌な予感がしていた。最悪、街をこのまま抜けて郊外に出さえすれば良いと判断したトルスタは街の出口にほど近い街道までひた走る。しかし、そこには既に調査局の車両が数台待機しており、慌てて引き返そうとするも、後ろにも同様に車両が停まっていた。

この時点で彼らは調査局の用意周到さを甘く見ていたと言わざるを得ない。




「まったく・・・本当に、面倒なことをしてくれたな」

結果から言えば、カモフラージュの為に深夜の雨降る街のあちこちに点々と散らばっていた彼ら4人は既に水面下で動いていた調査局の部隊に各個捕縛されることとなった。彼らが街に入り小細工を弄している間に事前に事を把握していた調査局の部隊一行は、彼らが落ち合うポイントを割り出し待ち伏せする形で対応していたのだった。


—ダッカニア国、中央調査局本部。この国で起こる大小様々な事件や事故は基本的に調査局という組織によって取り仕切られ、適切に処理される。今回発生した遺物盗掘事件も同様にここで処理されるが、こと件の遺物に関しては事情が違った。と、いうのも—


「・・・・・」

調査局の長である男、ドンワーズ・ハウは机に肘を立て、苦い顔で閉口していた。

彼の立場は至極複雑なものであった。故に、これからの行動は熾烈を極めることも分かっていた。だからこそ、今回の容疑者の扱いに難儀していた。

「ドンワーズ局長、今回の盗掘班四名を取調室に運びましたが、面会なされますか?」

「あぁ、すぐに向かおう。しかし、取調室より先に、そのメンバーのリーダーが所持してたという〝端末〟はどうした」

「えぇ、明らかにクヴェルア製と思しき形状だったため、既に異界部門に」

「分かった。結果が出たらすぐに教えてくれ」

「了解しました」

部下である調査員との短い会話を終え、彼は重い腰を上げた。

「『クヴェルア』・・・」そう、悪夢を噛み潰したような声で呟き、部屋を後にした。

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