●13裏_攻略対象その1とその2は悪役令嬢の決意を見た!


「よく来てくれた、イザラ嬢。歓迎しよう。

 自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ」

「まるで自分の家のような物言いだな、ラバン」


 辺境伯領領主館。

 タイタスはラバンとともに、いつかとおなじ円卓の間で、イザラを迎えていた。

 あれから部下に命じて、隠し通路の場所に部屋の装いも変えたはずなのだが、そんな中でもラバンは平気で馴染んでいる。

 妙な敗北感を覚えながらも、タイタスはイザラへ目を向けた。

 修道服からドレスに着替えたイザラは、タイタスのよく知る公爵令嬢だった。

 修道院から逃げてくる途中、怪物に襲われていたところを、騎士団が保護したとのことだが、問題はないようだ。

 疲労を心配する必要はない。

 そう判断したタイタスは、イザラへ話しかけた。


「知っていることも多いかと思うが、中央での出来事を説明する。

 少し長くなるが、問題ないか?」

「その前に、マザー・マギア――私を見送りに出てくれた方は、無事ですか?」

「無事だ。先ほど、フラネイル領の修道院へ送り届けたと連絡があった。

 付け加えると、襲い掛かってきたナイアの犠牲者も我が領で捕らえている。

 モーニングスターを振り回していた変質者は、現在事情聴取中とのことだ」

「そうですか。よかった」

「あー、イザラ嬢? 変質者とやらに突っ込まなくてもいいのかね?」


 胸をなでおろすイザラと、疑問の声を上げるラバン。

 タイタスはラバンに「黙ってろ」という視線を返してから、本題に移った。


「さて、中央での話だが、アーティアとアリス、ラティアナ、そして錬金生物一匹が中央の教会に移った。

 だがまあ、聖女については、実はさほど大きな問題になっていない。

 問題は影武者だったアリスの方だな。

 教会に伝わる予言の書とやらを、読み上げたのだそうだ」

「知っているかもしれないが、予言の書というのは、教会がもったいぶって保管している、装丁だけは立派な白紙の本のことさ。

 いずれ現れる予言者にしか読めない、という触れ込みだったが、聖女アーティアに近いアリスが予言者に選ばれたらしいね。おかげで教会の人間は大慌てさ」


 タイタスの説明を、ラバンが軽い調子で補足する。

 イザラがうなずくのを見て、タイタスは続けた。


「その予言の書だが、将来的に隣国との戦争が起こると記載されていたらしい。

 例の錬金術師――ナイアが開発した寄生生物、神の種、だったか? それで我が軍の兵士を兵器に変え、隣国で運用されることが発端となる、との予言だそうだ。

 ただ、その後、我が軍は寄生生物の力により苦戦を強いられるも、寄生生物を殺す薬を開発、兵士たちを救い、反撃の末勝利するとされている。

 そして、その薬を開発するのが、イザラ、お前だそうだ」


 目を見開くイザラ。

 タイタスはこのまま続けるか迷ったが、ラバンがその前に口を開いた。


「なに、そういう将来も、もしかしたらあるかもしれない、という話さ。

 実際、予言の書は複数の未来が書かれていたらしい。

 戦争が起こるかどうかも、確かではないよ」

「でも、教会は、そう考えなかったのでしょう?

 だから、私を探そうとした、違いますか?」


 気遣いは不要と言うように、はっきりと答えるイザラ。

 ラバンは感嘆の声を上げた。


「どうやら、もう私は黙っていていいようだね。

 タイタス、続きを頼むよ?」

「ああ。予言の書の内容だが、現在は秘匿されている。

 下手に公表すると混乱をきたす、というのがその理由だ。

 つまり、戦争とその顛末については、王族と、教会の一部の人間、そして、戦時になればまず前線になる我が騎士団くらいしか知らないこととなっている。

 だが、情報を知りえた教会の一部の者は――戦争で儲けるため、イザラ、お前を手元に置き、薬を作ってもらおうと考えた、というわけだ。

 薬を売りに出せば、それは莫大な利益となるからな。

 俺たちはそうした状況を避けるため、今回、保護に踏み切ったというわけだ」

「まったく、聖職者なら利益度外視で無償配布すればいいものを。

 免罪符を売った金が、大量に残っているだろうに」


 話し終えたタイタスに、ラバンが嘆息する。

 イザラは少し考えている様子だったが、やがて、タイタスに向かって小さく手を挙げた。


「あの、よろしいでしょうか?」

「ああ、聞いてくれ」

「私の身柄を教会が求める理由は分かりました。ですが、私を襲った方々は、ナイアの作り出した寄生生物にとりつかれている様子でした。

 その教会の一部の方は、逃げたナイアとつながっているのでしょうか?」

「そう考えていいだろう。

 ただし、証拠は見つかっていない。現在はメビウスと一緒に捜査中だ」

「では、その前提で。

 わざわざ寄生生物に私を襲わせた理由は、なんでしょう?

 初めは官吏が探していましたし、順序としては、もっと地位のある方がやってきて、何も知らない私に適当なことを吹き込んで、教会へ迎える、という手を取るのが自然のように思いますが?」

「今のところ、その動機までは分かっていない。

 だが、そうだな。犯罪者を見てきた身から言わせてもらうと、ナイアの独断という線が考えられる。

 今回の件は俺たちもそれなりに急いだからな。官吏の次を差し向ける時間が無くなり、それを聞いたナイアが、教会の人間に『公爵令嬢を襲わせて開戦の口実を作る』などと言い、強引に『実験』とやらをしようとしてもおかしくはない。

 ヤツは愉快犯とのことだからな」

「そのような理由で――いえ、失礼しました」


 よほど不快になったのか、珍しく怒りを露にするイザラ。

 タイタスはそれを意外な思いで見ていた。

 どちらかというと、イザラは貴族の仮面を身に着けて過ごす、学園長やクラウスに近いタイプだと思っていた。よく言えば感情をコントロールが出来る、悪く言えば人間味のない、タイタスからすれば苦手な相手だ、と。

 熱い面もあるようだな。

 タイタスは少し考えた後、続けた。


「今後だが。とるべき道は二つある。

 一つは解毒剤の開発に参加する道だ。

 この場合、我が辺境伯領に留まってもらうことになる。

 ナイアからの押収品や先程保護した寄生された被害者は、この辺境伯領にそろっているからな。

 もう一つは、解毒剤の開発にかかわらず、公爵領へ戻る道だ。

 この場合は、騎士団が責任をもって公爵領へ送り届けることになる。

 どちらがいい、とは言わん。ただ、公爵家からは、公爵領へ戻すよう要請を受けている。解毒剤の開発は公爵家から別の人員を送る、公爵家の令嬢が教会だの、戦争だのに関わるべきではない、リスクが大きすぎる、とのことだ」

「いえ、タイタス様。

 私は、解毒剤の開発に取り組んでみようと思います」


 毅然とした言葉に、自然と、タイタスの口角が上げる。

 ラバンも、どこか楽しげな声で問いかける。


「いいのかね?

 貴族的な考え方をすると、あまり『よい選択肢』とは言えないぞ?」

「それでも、もう、ナイアの手によって寄生生物は開発されているのですよね?

 私は我が公爵家の研究者たちを信じていますが、それでも、このタイタス領まで人員を集めるには、時間がかかってしまいます。

 教会の思惑はどうあれ、私は、私にできることをしたいと、そう思いました」

「結構。まあ安心したまえ、教会の方はメビウスが頑張って粛清に動いているし、戦争の方はクラウスが止めようと動いている。

 まあ、二人とも一癖あるが、能力はある方だよ?」


 一癖どころではないと思うが。

 そう思ったタイタスだったが、口には出さず、代わりにイザラの方を観察する。

 ラバンの軽い調子合せて笑っている。

 クラウスの名前が出たが、さして影響はないらしい。学園を追いやられた時の一件がトラウマになっていなければと思ったが、問題ないようだ。ラバンも同じ結論に達したのだろう、立ち上がって、イザラへ話を始めた。


「さて、イザラ嬢、本来なら私も君の研究を手助けしたいのだが、私はまだメビウスの補佐を陛下から頼まれていてね。

 これから、ちょっと教会と『話』をしに行かなければならない」

「いえ、お気持ちだけで十分ですわ」

「もし何かあったら、タイタスを通じて連絡をしてくれ。

 では、タイタス。くれぐれも、イザラ嬢を怖がらせたりしないように頼むよ?」


 言い残して、去っていくラバン。

 無言で見送るタイタス。

 何も言い返せなかったともいう。

 が、ラバンの姿が部屋から完全に見えなくなったのをきっかけに、イザラの方へ向き直った。


「では、着いて来てくれ。

 間に合わせだが、研究所を作ってある。そこへ案内する」

「はい、お願いします」


 そのまま、町はずれにある、収容所へ。

 併設された仮設の研究所をたたく。


 扉は、どこか憂鬱そうな表情の騎士により、すぐに開かれた。


 中には、キメラに寄生された被害者が拘束され、


「お嬢様に飽き足らず! 罪のない市民にまで手を上げるとは!

 我がセインツ流忍術の名に懸けて! 殲滅してくれる!」


 妙に高い奇声を上げながら被害者たちからキメラを引きずり出す不審者と、


「こんなにサンプルを貰えるなんて……ウゥフフフフ……この解毒薬の研究で、錬金術はさらに発展……うふふふフフフふふふフフフ、ぬぅふふふフフフフフフ!」


 引きずり出されたキメラを受け取って、怪しげな笑みをこぼしながら怪しげな培養液の中へ放り込む錬金術師教諭が。


「あ、の、タイタス様、これは……」

「ああ、すまない」


 タイタスは慣れた様子で二人の後ろに回ると、速やかに意識を刈り取った。


 あふん(はーとまーく付き)。


 何やら怪しげな声を残して昏倒する二名。

 それを放置して、タイタスはイザラに続ける。


「この二人は好きに使って構わない。護衛に、騎士を置いていくから――」

「恐れながら申し上げます。タイタス様。

 国を揺るがす事態にもかかわらず、現場を部下に丸投げし、直接の指揮監督を放棄とは何事でしょうか。そも、このような狂人を部下に押し付け、自分は何もしないなど、騎士どころか人間とは思えぬ所業。暴動やパワハラによる提訴を避けるためにも、ご自身も護衛に加わるべきと愚考いたします」


 それを遮る現場の騎士。

 タイタスはすぐに訂正した。


「……俺も護衛に加わるから、頼む」


 なにをどう頼むというのか。

 タイタス自身もいろいろと省略した言葉に、


「え、ええ、承知しました。

 私も、先ほどの決意が揺るぎそうですが、その、この苦難を、なんとしてでも乗り越えましょう!」


 そう、この国が亡ぶかの瀬戸際なんです!


 何か大切なものを推進剤に変換したイザラは、やけ気味にうなずいた!

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