●03裏-1_お助けキャラは聖女候補の教育を始めた!
「あふぅ。はふぅ……」
「アンタねぇ! ひとの部屋でため息ばっかりつくのやめなさいよ!」
パーティでイザラと出会ってから数日後。
アリスはアーティアに怒声をあげていた。
なにせアーティアは毎日のようにわざわざアリスの家にやってきては、ため息ばかりついているのだ。
文句のひとつも言いたくなる。
「だって、お姉さまと会えないんだもん!
今頃はお友達で抜け出してデートのハズだったのに……」
「会えるわけないでしょ! 妄想も大概にしなさいよ!」
挙句の果てにこの理由である。
が、本人は至って真面目。
「?」という顔もせず、真剣に問いかけてきた。
「でもでも、せっかく仲良くなったんだよ!
ここでお別れなんてイヤだよ!
アリスだって、偉い人とは仲良くしなさいって言ってたじゃない!」
「はあ、もう、なんでそう都合よく都合のいい言葉ばっかり覚えるんだか。
偉い人とお友達っていうのはねぇ!
この間のクラウス様とイザラ様みたいに、冷たい挨拶をする関係って事よ!」
「そんな貴族とか家とかどうでもいい話じゃなくて!
なんとかしてお姉さまと一緒になれる方法はないの!?」
「じゃあ、勉強して王都の学園にでも行けばいいでしょ!
一緒になるのは無理でも、後輩には成れるんじゃない!?」
ついに面倒になり、自棄気味に叫ぶアリス。
が、アーティアは衝撃を受けたかの如く立ち上がる。
「その手があった!?
アリス! ありがとう! 私! 頑張るよ!」
そして、部屋を飛び出していった。
「行っちゃった……大丈夫かしら?」
残されたアリス、軽い頭痛を覚えたものの、すぐに思い直す。
よく考えれば、勉強する、というのは悪くない。知識なり礼節なり淑女の心得なりに精を出して貰えば、多少はマシな方向へ成長するだろう。
「学園に入るだけなら何もしなくていいってコトは黙っておきましょ」
本当に成績優秀で特待生になるかもしれないし。
……いや、無理か。無理よね?
あんな妄想暴走爆弾が同学年代表とか嫌すぎる。
ありえない未来を頭から追い出し、久々に鬱屈したため息の聞こえない部屋で伸びをした直後。
「アリスありすアリス!
勉強って何すればいいか分からないよ!?」
「……とりあえず、礼儀作法と淑女の心得から始めましょうか。
勉強はちゃんとした人を――あ、いや、そういえば、ちょうどいいのがいたわね」
# # # #
「で、俺のところに来た、と」
「そ。何とかならない?」
やってきたのは隣の領地。
訪ねたのは、領主の息子であるフラネイル。
このフラネイル、アリスとアーティアとは幼馴染。
幼馴染、といっても、二人より年齢は二つ上で、すでにアリス達が通う予定の学園に入学している。勉強を見てもらうにはうってつけと言えた。そして何より、
「一応は婚約者でしょ? 仲良くなるチャンスよ?」
「そういうのは、もうちょっと遠回しに言ってくれ」
アーティアとは、親同士の間では婚約者同士ということになっている。
もともと、フラネイルは商家から身を立てた一族。金はあるが、血統はない。
アーティアは表向きだが聖女の血を引く一族。血統はあるが、金はない。
多分に政略結婚のような打算はあるが、その点を抜きにしても、フラネイルはアーティアのことを憎からず思っているようで、照れながらも否定はしない。
「ええっと、アリス? フラネイルくんに教えてもらうの?
ちゃんとした家庭教師じゃなくて?」
問題は、アーティアにまったくその気がないことだろうか。
この間のパーティでも、存在すら覚えていなかったほどである。
眼中なしと言わんばかりの反応に、アリスはそっとフラネイルの肩をたたいた。
「大変ねアンタも」
「おい! 同情するみたいに言うのやめろ!」
手を振り払うフラネイル。
アリスはそんな二人を置いて、部屋から出ていく。
自分が居ては、いつまでたっても仲が進展しない。
下手に干渉しようとするから失敗するんだ。
ここは少し強引にでも二人の空間を作ってあげれば、いい関係にもなるはず。
そう思っていたのだが。
「すまん、俺には無理だ!」
翌日、フラネイルに泣きつかれた。
「ちょっと、無理って何が!?
まだ一日よ!?
まさか女の子と二人っきりが耐えられなかったんじゃないでしょうね!?」
このヘタレ野郎め!
そんな心の叫びを隠そうともしないアリス。
が、フラネイルから、そっと紙束を差し出された。
0点の答案である。
それも、ごく簡単な、計算の初歩から、書き取りまで、すべて。
「親父に見つかってな。
有名高級ブランドの綴りも書けない女は我が家にふさわしくないと大激怒だ」
このままじゃ婚約解消だ!
絶望に打ちひしがれる哀れな少年に、さしものアリスも振り上げた手を下す。
「落ち着きなさい。方法はまだあるはずよ?」
「家庭教師でも呼ぶのか? 言っとくが、ちゃんとした家庭教師ってのは、下級貴族が出せるような金額じゃ来てもらえないからな。
親父のあの様子じゃ、ウチからも金は出してもらえないぞ?
リターンのない投資はしないとか言われるのがオチだ」
「う。じゃ、じゃあ、アンタのトコの領土で、学校みたいなのはないの?」
「あるわけないだろ。うちは商家だぞ?
箔も格もないから、学者を雇っても貴族は来ないし、領民だって自分の商売に忙しくて勉強どころじゃない。慈善事業で作ったスラム街の修道院で、シスターが貧民向けに教室開いてるくらいだ」
「あら、それがあるじゃない!
貧民向けってことは、まったく学がない人相手にも教えてるんでしょ?」
「正気か? そんな中に貴族の娘が入っても……
いや、変装させれば、いける、のか?」
アーティアに目を向けて、考え込むフラネイル。
どうやら、あまりにも貴族としての気品が欠け過ぎて、貧民に埋もれても問題ないと思われたらしい。
当のアーティアは、こちらの様子にも気づかず、フラネイルに渡された課題をうんうん唸りながら必死に解いている。
答案には、とても教育を受けた貴族とは思えないヘタクソな字で、明後日の回答が書かれている。
「決まりね。ほら、アーティア、行くわよ?」
「へ? ちょっと、アリス、私、勉強の途中……」
「それだけやってへこたれてないのは褒めたげるわ。
もっと効率よく勉強するための準備するの!」
じゃ、私はこの娘の準備してくるから、アンタはそのシスターによろしく。
フラネイルにそう言い残して、アリスはアーティアの手を引いた。
# # # #
町娘の格好に着替えたアリスとアーティアは、フラネイルに先導され、昼下がりの街を歩いていた。
もちろん、フラネイルもラフな格好に着替えている。
普段のいかにも成金貴族という服を脱ぎ捨て、街に溶け込んだ、都会の美少年といった容貌となっている。少し前のパーティで出会ったクラウスやラバンのような、浮世離れした上級貴族とは違った魅力で、街行く人の目を引いていた。
「まったく、フラネイルも普段からああいう格好すればいいのにね?」
「? それより、帰りにあのケーキ屋さん寄っていかない?」
「ああうん、アンタには関係なかったわね」
惜しむらくは、本来見てほしいであろうアーティアに見向きもされていないところだろうか。
アーティアは嬉しそうにアリスと手をつなぎ、しきりと話しかけてくる。
まるでデートである。
振り返ったフラネイルが苦々しそうに声をかけてきた。
「おーい、もうすぐスラムに近いから、あんまりきょろきょろしないでくれ」
「ああうん、大変ねアンタも」
「だから同情するみたいに言うのやめろ!」
イライラしながら、街の大通りの裏へと入っていくフラネイル。
アリスとアーティアも後に続く。
都会の裏側、とでも表現すべきだろうか。
デートに使えそうな街並みから一転、周囲は廃材を寄せ集めたような家や空き地が並ぶ、寂しげな場所へと変わっていた。
こんなところに置いていかれたらたまらない。
アリスは小走りに、フラネイルへ駆け寄った。
「ちょっと、大丈夫なの? 危なくない?」
「大丈夫だよ! アリスは私が守るから!」
「アンタには聞いてないわよ!」
が、答えを一番に返したのはアーティア。
フラネイルは苦笑しながら続いた。
「ああ、大丈夫だ。
この辺はまだ街に近いからな。治安が悪くなるのはもっと先。
修道院から町側は安全地帯だ。ほら……」
向けられた視線の先には、小さな修道院。
炊き出しでもやっているのか、何人かのシスターらしき人物が浮浪者へ食事を配っている。つまり、ここで問題を起こすと、あの浮浪者が一斉に敵に回るということなのだろう。
そんな中、フラネイルはシスターのひとりに駆け寄ると、声をかけた。
「シスター! すまないが、マザー・マギアはいるか?」
# # # #
「始めまして。
この修道院のシスターのまとめ役をしています。マギアと申します」
来客用にしては質素な部屋に通された三人は、修道院長だというマギアのもとへと案内されていた。途中、フラネイルから、他のシスターからはマザーと呼ばれ、慕われているとの話を聞いている。
なるほど、簡単な挨拶だけでも誠実な性格が伝わってくる。
シスターをまとめるにふさわしい人物なのだろう。
アリスは軽い緊張を覚えながら、事情の説明を始めた。
「ええっと、フラネイルから貧民向けに教室を開いていると聞いたんですけど……」
「ええ、領主様の家からいらした使いの者から、話は聞いています。
そちらのアーティアお嬢様の勉強を、当修道院で見てほしいと」
が、そんなアリスの説明を静かに遮る。
フラネイルがあらかじめ人をやって説明していたのだろう。
アリスは軽く視線でフラネイルに礼を言うと、これ幸いと本題を切り出した。
「はい、大丈夫でしょうか?」
「もちろん、問題ありませんよ。
我が宗派は、どのような方にも、等しく幸福を願い、努力いたします。
ただ、あくまでこの貧民街の方々に教育のきっかけを与えるために行っているものですから、扱うことができるのは、簡単な読み書きや計算、体育くらいです。
学園のような専門的な授業はできませんので、そちらはご了承ください」
「いいえ、十分です!
ほら、アンタもお礼言いなさい!」
「はい! ありがとうございます! よろしくお願いします!」
元気に礼を言うアーティア。
マギアは相変わらず固い態度のままだったが、表情には少し柔らかさが見えた。
貴族としては教育に不安の残るアーティアだが、マザー・マギアから見れば年相応の少女に見えるのだろう。
「では、さっそくご案内します。こちらへ……」
マギアに先導され、部屋を出る。
いつの間にか炊き出しは終わっていたらしい、大量の食器を運ぶシスター達とすれ違いながら、聖堂へ。
ここで勉強を始めるのだろうか。
それにしては、他に人はいない。
が、マギアは扉に近い席へ座るようアリス達を案内さすると、そのまま教壇へと向かった。
「それでは、午後の授業を始めます。
この時間は体育になりますので、あとはオバラ司祭に従ってください」
では、あとをお願いします。
そんな言葉と共に、入れ替わりで入ってきたのは、司祭服に身を包んだ、優しそうな神父様。
しかし、
「それでは! セインツ流忍術の修業を始めます!」
神父様は、聖堂に野太い声を響かせた!
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