●02裏_聖女候補は裁判にかけられた!

「えー、では、これより!

 被告アーティアの医療品盗難疑惑に関する裁判を執り行う!」


 え? ナニコレ?


 気が付けば、何やら厳かな宣告を聞いていたアーティア。

 おかしい。

 ついさっきまで、お姉さまと仲良く話していたはずなのに。


 絵本の中でしか見たことのない、月明かりのテラスで。

 物語の中でしか見たことのない、綺麗なメイドさんにお給仕してもらって。

 貧乏貴族には一生縁のないお茶会とやらを始めてやって。


 ああああ! 私お姫様と話してるぅ!

 きっときっとこのあとは、お友達になってとか言われちゃって、お屋敷抜け出してきちゃったとかで一緒に遊びに行って、デートなんかしたりして……それでそれで……ああ、いけませんお姉さま! 私にはアリスがっ!


 そして幸せな妄想が爆発し――

 気が付けば、裁判が始まっていた。


 訳 が 分 か ら な い !


「聖女の御前に、真実のみを述べる事を誓うか?」

「はイ! 誓いまス!」


 裁判長に扮するクラウスが、厳かな声で告げ、怪しげな格好をした自称錬金術師の女の子が応える。


 え? なんでこうなってるの?


 唖然とするアーティアに、クラウスが焦れたように問いかけた。


「被告はどうかっ!」

「は、はぁ? 誓います?」


 訳も分からず返事をする。

 が、クラウスは満足げにうなずくと、自称錬金術師に向き直った。


「それでは、まず原告の訴えを聞こう!」

「はイ! ワタシがパーティーから抜け出しテ、廊下を歩いていたとこロ、被告を発見しましタ! その被告ハ……」


 そうそう、パーティでちょっと雰囲気に当てられちゃって、気分が悪くなって、突然自称錬金術師に薬飲まされたけど、イザラお姉さまに助けてもらって、それからお姉さまがお友達で抜け出してデートで……


「被告ハ、あろう事カ! 我が師の傑作、ごるでんみどを盗んだのでス!」


 ナニソレ?


 楽しい妄想を断ち切る声に現実に引き戻される。

 そう、楽しいお茶会の途中でメイドさんが錬金術師を連れてきたと思ったら、その錬金術師が、アーティアを指差し叫んだのである。


 ――おウ! 誤解でス!

 ――盗んだのハ! あちらのほうでス!


「いや、盗んでないし!

 むしろ無理やり口に流し込まれたよ!」

「静粛に! 被告の答弁の機会は後に取ります!」


 思わず叫べば、クラウスに叫び返される。

 が、すぐにそのクラウスから優しい声がかけられた。


「アーティア。誰もキミを犯人などと思っていない。

 この裁判は売り言葉に買い言葉で始まった気もするが、むしろキミの無実を証明するのが目的だ」


 そういえば、妄想のあまり倒れてから、どこか遠くで、

 錬金術師の「嘘ではありませン! 王の裁きをここで受けてもいいですヨ!」という叫びと、クラウスの「そうか、じゃあ、受けてもらおうじゃないか?」という啖呵を聞いた気がする。


「ええ? でも、私、裁判なんてっ!」

「大丈夫だ。弁護人を信じたまえ!

 二人の絆は、必ず真実を導き出すはずだ!」


 なおも不安そうにするアーティアに、勇気づけるように答えるクラウス。

 同時、優しく肩に手が置かれた。

 なんと、イザラお姉さまである。


「申し訳ありませんが、もう少し付き合ってあげてください。

 王族ともなると、面倒な儀式も多いのです」

「はい! もちろんです! 頑張ります!」


 お姉さまが弁護してくれるなら大丈夫!

 そんな心の声を隠さず、とてつもなく嬉しそうな声で応えるアーティア。

 すぐ隣で、巨大なため息が聞こえた。

 アリスである。


「喜んでないで、ちょっとは考えなさいよ。

 王子様だけじゃなくて、偉い人たちの前で、濡れ衣着せられたんだから」


 アリスに言われて周囲を見ると、アーティアの両親やいかにも上級貴族といった面々が、テラスの他のテーブルを囲みながら、微笑ましくこちらを見守ってる。

 そう言えば、錬金術師と一緒にメイドさんが連れてきた両親達が、


――あら、うちの娘はアホですから、そんな大それたことできませんよ。

――いえいエ、可愛らしい方でしょウ。

  我が弟子のようニ、悪知恵ばかり働かなくテ、羨ましい限りでス。


 という会話をしていた気がする。

 しかし、アーティアは将来の聖女。

 そのような障害などものともせず妄想の中を爆走する。


「大丈夫! 私、お姉さまのためなら! なんだって出来ちゃうよ!」

「余計不安になってきたわ」

「むう。アリスってば、なんでそんなこと言うのさ?」

「はあ、そうね。せっかくやる気出してるのに、水を指すのは良くないよね。

 というわけで、イザラ様、どうしましょう?」

「とりあえず、進行役に任せましょう。

 普通の王の裁きなら、このあと、こちらから尋問する機会があるはずです」


 そうですわね、と、同意を求める様に裁判長役のクラウスへ目を向けるイザラ。

 クラウス、苦笑しながらうなずき、裁判を進める。


「うむ、では、弁護人のイザラ! 原告に質問があれば許可する!」

「その前に、原告側の弁護人の方はいらっしゃらないのでしょうか?

 双方が弁護人を用意しないと不公平なのでは?」

「そういえばそうだな。原告! 弁護人の用意はあるか?」

「いエ、ございませン! というわけデ! 裁判は不成立! 真実は闇の中!」

「……キミ、本当に姑息だな。いっそ清々しい」


 悪びれなく叫ぶナイアに、呆れたように言うクラウス。

 が、すぐに周囲を見渡し、すぐ後ろのテーブルから面白そうにこちらを見ていた上級貴族へ、声をかけた。


「そこにいるのは……ちょうどいい! 頼む! ラバン!」

「はあ、なんで私が……」


 どうやらラバンというらしい。

 当然ながら、アーティアは初対面である。

 が、イザラの方はそうでもないらしい。


「やあ、イザラ嬢、パーティーではどうも。

 挨拶したばかりというのに、お互い変な事に巻き込まれたね」

「そのようですわね。

 ホスト役としては申し訳ありませんが、お力添え願えますか?」

「もちろん、構わないとも。お互い、真実を暴こうじゃないか」


 ええちょっとなんだこのキザ野郎。

 私のお姉さまにちょっかい出すんじゃないよキザ野郎。


 などと思っていると、アリスに脇腹を突っつかれた。


「顔に出てるわよ。イザラ様の邪魔になるから大人しくしてなさい」

「あう、違うんですよこれはその」

「え?」

「いえ、何でもアリマセン! 大丈夫デス、ハイ!」


 分からないという顔をするイザラに、必死にごまかすアーティア。

 アリス、そんなアーティアをさらに突っつく。


「良かったわね、バレてないみたいよ」

「あー、仲が良いのは結構だが、こちらも進めたいのだが?」


 そこへ、クラウスが声をかけた。

 答えたのは、イザラ。


「それは失礼しました。では、原告にお伺いします。まずは、お名前を」

「いいでしょウ! 私の名はナイア! ハイボリア帝国の錬金術師でありまス!」

「学会はどちらに?」

「残念ながラ! 修行中の身なのデ、学会にハ所属していませン!」

「では、今後、所属予定の学会などはございますか?」

「おウ! モチロン、我が師の学会!

 生命の神秘を扱ウ! 銀の深学会でス!」


 淡々と質問を進めるイザラに、アーティアは首をかしげる。


 なんであんな錬金術師の事を聞いてるんだろ?

 まさかああいう子が好み!?


 などと考えていると、またしてもアリスに突っつかれた。


「アンタはそのなんでも恋愛頭をなんとかしなさい」

「だってお姉さまが……」

「はい?」

「いえお姉さま! 何でもアリマセン! アーティアは大丈夫です!」


 いつもの癖でアリスにぶーたれようとしたが、不思議そうな顔でこちらを見るイザラに気づき、慌てて背筋を伸ばすアーティア。しかし頭の中はピンク色である。


 ああ、キョトンとした顔のお姉さまカワイイ! 尊い!


 またしても妄想が爆発しそうになるアーティア。

 が、そこへキザ野郎がなにか悟った顔で邪魔をした。


「あー、イザラ嬢、キミも大変だねぇ」

「え?」

「いや、分からないなら結構。

 むしろ、是非とも分からないままでいてくれたまえ。

 さあ、尋問の続きを」

「え、ええ、分かりましたわ。では……」


 雰囲気を切り替える様に、錬金術師へ向き直るイザラ。

 悔しそうな顔をするアーティアを、クラウスが何か同情のこもった目で見ていた。


 あれ? もしかしてクラウス様って……?


 妙な繋がりを覚えたアーティア。

 しかし、イザラは気づいていない様子で尋問を続ける。


「なくなったという薬ですが、確か、貴方の師であるノグラ教授より、当家我が家にお持ち頂いたもののはずですが?」

「その通りでス! 薬の名商であル公爵家へ、是非取り扱っテ欲しいト……」

「より正しくは私へのプレゼントだったはずですが?」

「おふウ!? 取り扱っていただけるくらい効果に自信のある薬のたメ、姫様にお持ちしましたタ!」

「では、盗まれたのは私ですので、師匠から、というのは正しくないのでは?」

「うおっフゥ!? ですが、盗んだ事に変わりませン!」

「つまりは、私がプレゼントを頂いてから、盗んだ事になりますね?」

「その通りでス!」

「では、どのように盗まれたのでしょう?

 頂いたプレゼントは、こちらで管理していたはずですが?」

「管理!? あれが管理ですトォ!? うウゥフフフフフぅ!」


 え? なに?


 独特笑い声のナイアに、一歩下がるアーティア。

 イザラは、そんなアーティアをかばうように動かない。

 なお、かばうように見えたのはアーティアの気のせいである。

 証拠に、イザラは淡々と続けた。


「どうしました? 証言の続きを」

「ウフフフフフふゥ! 失礼しましタ!

 プレゼントが保管された部屋ハ、鍵が開けっ放しデ、誰でも入れるのですヨ!

 そこにいる被告にモ!」


 アーティアを指差す被告!

 かばってくれたイザラに見惚れてそれどころではないアーティア!

 それをどう取ったのか、イザラは安心させる様に微笑んだ!

 卒倒しそうなアーティアを支えるアリスを背に、イザラは錬金術師に向き直る!


「異議ありです!

 なぜ、貴方は鍵が開いていると知っているのですか?」

「ウオふぅ!?

 そ、それは……パ、パーティー会場に向かう途中で見かけたのですよ!」

「お待ちください!

 プレゼントを保管していた部屋は、パーティーのお客様から見えないように、屋敷の奥の方に用意しています!

 鍵が開いているかどうかは、実際に盗んだ犯人しか分からないないハズです!」

「ウ、ウォおおおおオオオう!?」


 ショックを受けたかのように崩れ落ちる錬金術師!


 きゃー! やった! お姉さまカッコいい!


 勢いのまま、抱きつこうとするアーティア!

 羽交い締めにして止めるアリス!

 そんなすぐ背後の攻防に気付かず、イザラはクラウスの方へ目を向けた!


「クラウス様。私は薬を盗んだのは原告で、その罪を被告に被せようとしているように思いますわ」

「うむ。確かに反応を見るにその通り」

「待ってくれたまえ!

 そう決めるには証拠が足りないのではないかな?」


 納得しかけたのに、割り込んだのはキザ野郎!

 ああ、そんな余計な事を言ったら……


「ウゥッふフフフッ! その通リッ!

 私を有罪にするにハッ! 証拠が足りませン!」


 ほら、変なのが復活した。

 思わす、もがくのを止めるアーティア。

 アリスも拘束を緩め、ものすごく嫌そうな顔をする。

 が、イザラはさほど気にしていない様子。


「それでは、衛兵を呼んで話を聞きましょう。

 プレゼントを保管する部屋の前の廊下は、衛兵が監視しています。

 人が通ったら分かるでしょう」

「うぉフぅウ!? し、しかし、暗がりで人相が分かったとは思えませン!」

「人相が分からなくても、問題ありません。

 貴女が身につけられているその衣装は、我が国では特徴的です。

 通れば、記憶に残るでしょう」

「うぉぉフぅゥウ!? し、しかし……」


 しどろもどろの自称錬金術師。

 そこへ、キザ野郎の声が響いた。


「いや、その申し出を受けよう」

「うふぁア!? アナタは、ワタシの弁護人ではないのですカ!?」

「そうだが、それ以前に、真実を明らかにするのが王の裁きの意義だ。

 そしてこの申し出を受ければ、真実に近づくだろう」


 うん、キザ野郎も中々いいこと言うじゃないか。

 クラウス王子も おお! やった! ラバンカッコいい! と言うかのように頷いている。


 ああ、きっとクラウス様も私と同じで……!


 今度こそ何かを悟るアーティア。

 が、法廷はそんな二人を置いて進んでいく。


「今、何か背筋に冷たいものが流れたが……

 まあいい、イザラ嬢、早速、その衛兵を呼んでくれたまえ」

「うぉォあああアアアAAA!!」


 今度こそ崩れ落ちる自称錬金術師。

 我に返ったクラウス、慌ててだらしない顔をきりっと変えて、宣言を告げた。


「どうやら、もう結論は出たようだな。

 それでは、判決を申し渡す!

 聖女の名において、原告の訴えを退け、被告の主張を認める!」


 宣告!

 同時、どこからか現れた衛兵に自称錬金術師は連れて行かれる!


「お姉さま!」 「ラバン!」

「やめなさい!」「止めろ!」


 イザラに抱きつこうとするアーティアをアリスが止め、

 ラバンにハグを求めるクラウスをラバン自身が拒絶する。

 ひとり、首をかしげるイザラ。


「ブルネット、お茶会がどうしてこうなったのかしら?」

「きっと、愛ゆえの暴走ですわ、お嬢様」

「?」

「ええ、今は分からなくて大丈夫ですわ。

 もしかしたら、分かるようになるかもしれませんし」

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