●01裏_聖女候補はラスボスに出会った!
「失礼。倒れたと聞いたが、大丈夫かな?」
突然、医務室に入ってきた男の子を見て、アーティアは首を傾げた。
誰だろう?
やけに身なりのいいところを見ると、上級貴族だろうか。
端正な顔にどこか冷たい笑みを浮かべ、イザラにどこか威圧感を含んだ、冷たい礼儀作法で相対している。
「いえ、少し雰囲気に当てられただけですから、問題ありませんわ」
対するイザラも、つい先ほどまでの花のような笑顔はどこへやら。
仮面のような冷たい笑みで返している。
そういえば、さっき、パーティで他の貴族に挨拶してたお母様も、あんな感じだったなぁ。
なんとなく、嫌な気分になるアーティア。
誤魔化すように、隣のアリスへそっと問いかけた。
「ねえ、あの人、だれ?」
「ちょっと、いくら何でもそれはないわ!
クラウス王子よ!
ほらっ! イザラ様の婚約者の!」
「ああ、そういえば――」
そういえば、そんなことを言われていた気がする。
確か、このパーティに参加する馬車の中で――
# # # #
「ええっと、ついたら、まずお辞儀して、ご挨拶して、それから、えっと……なんだっけ?」
馬車に揺られながら、アーティアは必死に礼儀作法を頭の中で繰り返していた。
学園に入学する前のパーティ。
ただの先輩との交流以外に、社交界デビューの意味を持つ重要な場所である。
しかし、悲しいかな、アーティアは貧乏貴族。
貧乏暇なしの言葉の通り、直前まで家業の手伝いをしていたせいで、まっとうなパーティーの準備など望むべくもなく、お下がりのドレスに付け焼き刃の作法で参加していた。
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
そんなアーティアに声をかけてきたのは、アリス。
同じ下級貴族で、幼いころから家族ぐるみで付き合いがある。今も、両家で馬車を一緒に借りるという、悲しい節約術で協力し合う程度には仲がいい。
「落ち着けって言われても、これからなんかすごいお嬢様たちのトコ行くんでしょ? 落ち着かないよ!」
「アンタねぇ、普段、平気で私の部屋に忍び込んだりしてるのに、なんでこんな時は緊張するのよ!」
「?」
「ああもう、なんでそんな事聞くのみたいな顔しないでよ!」
そんな会話を交わしているうちに見えてきたのは、巨大なお屋敷。
おそらく、パーティ会場だろう。
「すっごいお屋敷だね?」
「公爵様がパーティ用にって、場所を貸し出したらしいわよ?
ご令嬢と、その婚約者の王子様が学園に通ってるからって。
流石、上級貴族様は違うわよね?」
両親に手を引かれるまま馬車を下りる。
案内する使用人、立派な門、玄関、廊下、美術品。
物語の中に出てくるような貴族の屋敷に圧倒されながら、パーティ会場へ。
――聖女アルテア様並びに予言者アリア様の家系!
アーティア様と、アリス様のおなぁーりー!
どこか遠くでそんな声を聴きながら、きらびやかな空間に何とか足を踏み出す。
もう倒れそうだが、右手を母が、左手をアリスが引っ張ってくれたおかげで、目を回すくらいで済んだ。
おそらく、教えられたとおりに礼をした、と思う。
両親に連れられて、いろいろな貴族に挨拶もした、はずだ。
簡単なプレゼントの交換もした、ような気もする。
隣でアリスの両親が家宝の手鏡とやらを、なにやら高価そうな金ぴかの物体と交換していた、のを見た気がする。
が、マナーを強要する空間のせいで、いまひとつ覚えていない。
気がつけば、アリスと一緒に、廊下のソファーに並んで座っていた。
「はー、取りあえず、挨拶は終わったわね。アーティア、大丈夫?」
「あ、あんまり、だじょうぶくないかも」
目を回すアーティアに、会場からくすねてきたグラスを差し出すアリス。
ありがたく受け取る。
冷たい水を飲み干すと、とたんに元気になった。
「ふう、間接キスで復活したよ」
「やめなさい! パーティー会場なんだから!」
「あ、ヤバいよアリス!
お母様に他の貴族の顔を覚えて来なさいって言われたけど、誰も覚えてないよ!」
「いいのよ、パーティーなんて礼儀作法やドレスを見る場で、顔なんて二の次だから。それと、ヤバいのはアンタよ」
「?」
「ああもう! 不思議そうな顔しないでよ!」
首をかしげるアーティア。
驚くべきことにこれで15歳である。
何か取り憑いているとか、前世から変態が転生してきたとかではない。たぶん。
「まったく、なんで私がエスコートしてるのよ!?
こういう時こそ、フラネイルの出番でしょうに!」
「? フラネイルくん? いたっけ?」
「いたわよ! パーティー会場に! しっかり! ご両親と、挨拶したでしょう!」
「ごめん、マナーばっかり気にしてたから分かんないや」
「ああ、もう、ここからこの娘とアイツをどう引っつけろって言うのよ! 私には無理ですお母様!」
「?」
「やめてその顔ムカつくから!」
フラネイル、というのはアーティアの幼馴染である。
一代で財産を成した商家の跡取りだが、主に借金する側とされる側の関係で、アーティアやアリスの家族とは付き合いがある。
だが、所詮は家同士の付き合い。
たまに両親に連れられて、商談のついでにやってきた時に顔を合わせているが、アーティアとしてはそれだけである。アーティアにとって、同じ幼馴染でも、一緒にいて安心できるのは、アリスなのだから。
「あふぅ。ねむ」
「あ、ちょっと!? 危ないわね!」
パーティの疲れのせいか、眠気を覚えたアーティアはそのまま甘えるように、アリスに寄りかかった。
落としそうになったグラスを、アリスが取り上げる。
そのまま、うまく膝枕になるよう誘導してくれた。
「パーティー、疲れた?」
「うん」
「はあ、このあと、さよならの挨拶もあるんだから、しっかりしなさいよ
主催者の公爵令嬢のご令嬢とも、まだあってないんだから」
「うん……」
「ああ、もう。寝てていいわよ」
「うん…………ありがとぅ、アリス……」
そして、襲ってくる睡魔に任せ、意識を落とし、
「がばごぼごぼごぼっ!?」
突如、口の中に注ぎ込まれた液体に目を覚ました!
「ちょっとアーティア!? 大丈夫!?」
「おウ、お目覚めですカ?」
目の前には、アリスと、見慣れない女の子。
口の中には、何か得体のしれない液体。
訳 が 分 か ら な い !
「えーっと、アリス? 何があったの? 誰この人?」
「知らないわよ! なんか突然近づいてきて、
『おウ、ご気分が悪いのですカ? ワタシ治せまス!』
とか言って、寝てるアンタに変な薬飲ませたのよ!
意味不明すぎて止める間もなかったわ!」
「おっト! 変な薬でハ、ありませンですヨ!
ワタシの師事する教授が錬金術で作っタ、ごるでんみどイうものデス!」
アリスに指をさされて、騒ぎ始める女の子。
女の子、と言っても、歳はアーティアと同じくらいだろうか。
隣国ハイボリアで見られるような衣装を身に着けている。
「このごるでんみどハ、現時点の錬金術で最高の性能を持つ万能薬でス!
普段ハつまらない課題ばかり出すつまらない師匠ですガ、この薬は傑作でス!
ワタシモ、この薬を見テ、錬金術師を志したといってモ、過言ではありませン!」
何やら興奮したように話す暫定隣国の少女。
難しいことが分からないアーティアは、とりあえず付け焼刃の礼儀作法で断った。
「えっと、ごめんなさい、お母様から、変な人からお薬は貰うなって……」
「この場合はそれ以前な気もするけど、アンタにしては上出来ね」
行きましょ、とアリスに手を引かれるまま、逃げようとする。
が、異国の少女は強くうなずいた。
「おウ! ダイジョブでス! ごるでんみどハ、超強力!
一口飲んだだけで、即、効果発揮しまス!
今モ、寝起きの気だるさはなク、元気イパイでしょうウ!」
言われてみれば、身体が暖かい気がする。
それどころか、だんだん熱くなってきた。
「あふぅ。なんか熱い……?」
「え? ちょっと、アーティア!?」
ふらつくアーティアを、アリスが支える。
遅れて、ソファーに寝かされる感覚。
次いで、アリスの顔が近づいてきた。
「ありすぅ、ちゅー?」
「バカやってないで大人しくしてなさいっ!」
額が合わさる。
「っ! 酷い熱!」
次いで、アリスの驚いたような声、
「ふム? どうやラ、摂取量がいささか多すぎたようですネ?
ですガ! これハ、ごるでんみどノ、効果が高かった証拠に他なりませン!
少し安静にしていればすぐニ」
そして、どこか遠くで、少女の声が聞こえ、
「うるさい!
ごちゃごちゃ言ってないで水持ってきなさい! 水!」
アリスの怒鳴り声が響き、
「八! はイィ!」
少女の足音が遠ざかっていく。
「う~ん、ありすぅ、ちゅーは?」
「待ってなさい。治ったらその記憶消えるまで説教してあげるから」
「?」
「ああ、うん、もういいから大人しくしてて」
よかった、いつものアリスだ。
しかし、ちょっと違和感がある。
主に頭の下あたりに。
「ありすー、ひざまくらー」
「はいはい、やったげるから、ちょっと静かにしなさい」
「ありすー、のど渇いたー」
「もうすこしで水が来るから、ちょっと待ってなさい」
「ありすー、ねむいよー」
「うーん、時間は……もう少しあるから、ちょっと寝てなさい」
違和感が消えたついでに、甘えまくるアーティア。
それに応えるアリス。
こうしてダメ人間が生産されるなど、もちろん二人は気付かない。
アーティアは再び意識を落とそうとし、
「水ヲお持ちしましましタッ!」
「がばごぼごぼごぼっ!?」
またも口の中に水を放り込まれて目を覚ました!
アリスの怒声が響く!
「ちょっと! 何してんのっ!」
「ハッ!? すみませン!
つイ、いつモ研究室でやっていル、水をぶっかけるといウ、効果優先な起こし方ヲしてしまいましタ!」
※危険ですのでこのような起こし方は絶対におやめください
「もう怒ったわ! 衛兵さん! こっち! こっちに変な人がいます!」
「おウ! それにハ、およびまセン!
ワタシは教授へ実験結果ノ報告がありますノデ、自分かラ退散しますですヨ!」
爆発するアリスに言い訳を投げつけ、走り去っていく少女。
「あら? 大丈夫ですか?」
代わりに、鈴を転がすような声が、聞こえた。
ぼんやりと顔を向けると、天使様が、いた。
「ありすー、どうしよう、お迎えがきちゃったよー?」
「ちょっと、なんてこと言うのよ!
イザラ様よ! イザラ様! このパーティの主賓!」
違った。
どうやら、パーティの主催者のお姫様のようだ。
ご令嬢だった気もするが、王子の婚約者ならお姫様で間違ってはいないだろう。
そのくらい、目の前の天使様には、強力なカリスマがあった。
「あの、そちらの方、気分がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
「ええっ! はい! だ、だいじょうぶれす!」
そんなお姫様から気を使われて、慌てて立ち上がるアーティア。
もちろん大丈夫なはずがない。
ふらつく足元で視界が揺れる。
慌てて、アリスが支えた。
「いえ、お気遣いなく! 少し休めばまたパーティに戻れますわ!」
そして、アーティアの代わりに、体裁繕いのための言い訳を始める。
しかし、お姫様はそれをさえぎって、
「まあ、そんな、私に気を使っていただかなくてもいいんですのよ?
そうだわ! 医務室があるの。そこでお休みになるといいわ」
優しくアーティアの手を取った。
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