第35話:レイド逃亡戦③
とはいえ、俺としてはこの場で二人と戦う必要はどこにもない。
影移動でレイドを追い掛けることも可能なのだ。
「あら~? もしかして、逃げればいいとか考えているんじゃないかしら~?」
リンディアはそう口にすると、不敵な笑みを浮かべながら右手を上げた。
「ファイアボール」
そのままファイアボールを顕現させたリンディアだが、この魔法は火魔法の中でも初級魔法だ。
このタイミングで顕現させるにはあまりにも威力の低い魔法……のはずだったが、どうやらそうではなかった。
「……でか過ぎるだろ、これは」
戦場のどこからでも見えるのではないかというくらいに巨大な火球が、俺の頭上で停滞している。
「……なるほど、そういうことか」
この火球は攻撃をするためのものではない。
俺の足元、そして周囲に影を作らせないためのものだ。
「うふふ~。理解できたかしら~?」
「斬り放題?」
「そうよ~。だから頑張ってね、ルミナちゃ~ん」
「あはは! 斬る、斬る!!」
抑揚のない声音だったルミナだが、ここにきて急に感極まったかのような笑みを浮かべながら、甲高い声になり駆け出した。
駆け出した先にいるのは、当然俺だ。
「影縫い!」
「止ま、らない!」
ちっ! 本当に一瞬しか止まらないな、ルミナは!
「影針!」
「影、作った!?」
俺は自らの羽織を上に投げ、火球の明かりを遮りながら影を作ると、その影から影針を放つ。
突進からの急停止、さらに後方へ飛び退く動作が流れるように行われ、ルミナに回避されてしまう。
しかし、俺にとってはそれでも構わなかった。
「ブラックホール!」
上空に浮かぶ火球を消し去ることができれば、影を使って移動することが可能となる。
「それはさっき見たわよ~? 私の魔法を、何度も吸収できるとは思わないでちょうだいね~!」
火球が僅かに小さくなったと思った直後、リンディアから膨大な魔力が火球に注がれていく。
俺が吸収するよりも多くの魔力が注がれてしまい、火球は最初よりもさらに大きくなってしまう。
「根競べか! それなら俺だって――ぐっ!?」
「ようやく、斬れたああああっ! あはは!」
リンディアに集中できれば負けるつもりはないが、ここにはルミナもいる。
間一髪で接近に気づき回避したが、左腕に掠り傷を負ってしまう。
「まだまだ、斬り足りない! もっと斬らせて! 斬らせてええええっ!!」
「私からもいくわよ~。アースバインド」
目の前からルミナが迫り、足元からは土の手が俺の足を狙ってくる。
万事休す――と言いたいところだったが、こういう時こそ輝ける影魔法というものもあるんだよな。
「影の世界」
俺が影魔法の中でも上級魔法を発動させると、火球に煌々と照らされていた戦場の一部、つまり俺たちが立っていた場所だけに漆黒が広がった。
「真っ暗?」
「これは、何をしたのかしら?」
突然の暗闇にルミナは再び声に抑揚がなくなり、リンディアの話し方も変わってしまう。
影の世界。これは影のないところに影を作り出すことのできる、影魔法の上級魔法。
消費魔力は膨大だが、影の世界を広げる範囲を絞れば、ある程度は魔力消費を抑えることも可能だ。
今回、俺が指定した範囲は俺とルミナとリンディア、そして上空に浮かぶ火球が入る範囲だけだ。
俺には影の世界の範囲が分かっているが、ルミナとリンディアには分からない。
故に、二人から見た視界はどこまでも続く暗闇、という風に見えているはずだ。
「残念だけど、あなたたちの相手はこれで終わりだ」
そして、二人が勘違いしている間に俺はさっさとこの場を離れることに決めた。
「逃げる?」
「そんなこと、させないわ!」
「ブラックホール」
身動き一つしなくなったルミナとは違い、リンディアは魔法で広範囲を攻撃しようとしている。
それはさすがに面倒だと、俺はブラックホールを発動させてリンディアの魔法を霧散させた。
「それでは私はこの辺で。この暗闇をゆっくりと楽しんでいってくださいね」
こうして俺は、自らが作り出した影で影移動を発動させて、急いでレイドを追い掛けた。
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