革命《レボリューション》②:自由になるための提案
「――成程、貴殿も悪い男よ……こいつを自由に使えるようになる機会を虎視眈々と狙っていたと」
パーシアスに問われたアッシュは悪人顔に悪そうな微笑を浮かべる。
「ああ。自分で使うために開発したのに、禁忌魔法になって困ってたんだ」
「そうよなぁ……この魔法は毒にも薬にもなり得る魔法よ」
無限の魔力。
軍事目的――戦争のために使おうとすれば、今までにない破壊を生み出すだろう。封印されている禁忌魔法に勝るとも劣らない、甚大な被害を生み出しかねない危険性を秘めている。
果たしてアッシュがどちらが目的だったかは定かではないが、それはパーシアスにとっては預かり知らぬことだった。
「して、何に使うのだ?」
「! ……あんたには関係ないだろ」
アッシュが魔法結晶を受け取ろうとした瞬間、パーシアスはそれを握りこみ手を引っ込める。
「少しくらいいいではないか。ワシとて、この国の平和を願っているのだ……もしこの国を害する目的で使おうとしているのならば、快く渡せはせんのだが」
「あんたがそれを言うのか? 陛下を殺して、この国を混乱に陥れようとしてるってのに」
「フン! 奴らの言葉を鵜呑みにせん方がいいわい……アッシュ捜査官殿、ワシは陛下を――あの男をそう簡単に殺せるとは思ってないのだ」
意外な言葉にアッシュは思わず目を見開く。
「あの男がどうして100年もの間、王位につき続けることができたのか……それは奴が圧倒的な力を――バカげた理想を押し通すだけの力が、意志があるのだ」
「まあどう若く見積もっても年は120だからな。普通でないのは確かだが」
行事に興味のないアッシュは国王の姿を生で見たことはない。
だが新聞に載っているその肖像からでも十分にその異質さは伝わってくる。
即位から100年が経つはずなのにその容姿は一切変わっていない――即位当時から一切老いていないのだ。
「とはいえ、やるからには万全は期するぞ。ワシは確実にあの男を殺すつもりで計画を進めている」
絶滅した魔族の力、そして騎士団の団長、それが揃っているというのにまだ足りないと。
パーシアスは国王を暗殺するのはそれほどの難関だと考えているのだ。
「さて、ジジイの無駄話はこの程度で良かろう。貴殿の考えも聞かせてもらおうか」
「……俺は」
アッシュは言葉に詰まってしまう。
こう見えて彼は真面目な男だ。口先三寸で適当なことを言えるような性格ではない。
「策士よのぉ……腹に一物あると見せかけ、ワシから奪い返す算段であったようだな」
「ッ!」
一か八か、パーシアスに飛びつき魔法結晶を奪い返そうと試みる。
浅い目論見はあっさり見破られ、アッシュは軽々といなされてしまった。
「だがワシから言わせれば甘すぎるわい……何事も“二の矢”を用意することが肝要なのだ」
「ッ」
炎の弾丸――
不安定な体勢、不完全な状態で放つ魔法はその辺の素人が到底発揮できない威力と精度を誇っていた。
「フンッ!」
喰らえばひとたまりもないはずの魔法をパーシアスは気合を入れただけで耐える。
ふざけるな、とアッシュは舌打ちした。
武装魔法は歴史上もっとも人を殺めた魔法だ。
最も簡単に、最も効率的に、人の命を奪うために洗練していった魔法のはずだ。
「あっつぁ……むぅ……流石に無茶が過ぎたか」
「ふざけやがって……!」
アッシュは体勢を整え再び杖の先をパーシアスに向ける。
魔法を自由自在に発動できる彼にとってその行為に威嚇する以上の意味はない。
パーシアスは悠々と、壁に立てかけてあったアイギスを手に取り構える。
「別に背後から不意を突いても構わんかったぞ? 卑怯だなんだと言って生きていた奴はおらん……が、それをしないという事は、人を殺すことに抵抗でもあるか?」
「……どうだろうな」
図星だった。
アッシュは魔法警察の捜査官であって騎士団の団員ではない。
『落胤』の捜査で悪人と相対することは多々あったが、不可抗力以外で相手を殺めたことはない。
自分の意志で、魔法を使って相手を殺したことは無い。
むしろ先ほどの攻撃をパーシアスが耐えたことでホッとしているくらいだ。
「ワシはその甘さが嫌いではないが……戦いでは命取りでである!」
「ッ!?」
パーシアスはアイギスで虚空を撃つ。
ドンッ! と押し出された空気がアッシュを弾き飛ばす。
両腕を交差させそれを受け止めるアッシュだったが、続けて飛来したアイギスに目を見開く。
盾とは本来、絶えず構えて攻撃から身を護る武器――防具だ。
決してブーメランのように放り投げる使い方はしないはずだ。
「ゥ……ッ」
メキ、と嫌な音が響く。
アイギスが持つあらゆる攻撃を防ぐ能力は、攻撃に転じても厄介だった。
いわば『絶対に破壊できない金属塊』である。鈍器として扱っても十分な攻撃能力を持つのだ。
「
前腕に鈍い痛みを感じながらもアッシュは魔法を発動し炎の剣を生成し――即座に霧散してしまう。
アイギスの投擲はアッシュに致命的なダメージを与えていた。
「せいっ!」
「ッ」
パーシアスの飛び蹴りがアッシュのみぞおちに命中。
「やはり、貴殿は戦いに慣れてない。常に“二の矢”を用意し最悪に備える。もし奪取に失敗したら、もし魔法が通用しなかったら、あらゆる状況を想定し常に最善を尽くせるように備えるのだ」
アッシュの目が裏返り、意識を失う。
「とはいえ、そんな過酷な状況にならんのが一番であるがな」
パーシアスはもしアッシュが意識を取り戻しても反撃できないよう、全身をまさぐり魔法結晶を回収する。
どんなに魔法の扱いに長けていたとして、魔法結晶が無ければ魔法は使えない。
そして後ろ手に拘束してしまえば動くこともできない。もとより骨にひびが入っているため満足に動かせなかっただろうが。
「貴殿を殺めるのは簡単であるが……生かしておいた方が何かと使い道があるか」
アッシュの頭脳を生かせば作戦がより盤石となる。
そして――その姿を使えば攪乱も可能だ。
――――
『――ではこう言うのはどうかな?』
イオナの提案により、ジンが行動するときは特法課の誰かの監視下で、となった。
新たな第三騎士団の団長に任命する、というテトラの提案は却下されたためジンは未だにエニタイムジャーナルの記者のままだ。
『――イフリートを封印するのは簡単だ。確かに今のジン君を見ると運用は厳しいように思える。でも万が一、敵にもイフリートの適正者がいるとしたら?』
『落胤』によって攫われた人々は例外なく魔人となるための改造を受けている。
そう考えていた団長たちにとって、敵もまたイフリートの運用を試みている事は盲点だった。
(言われて見りゃ、そうだよな……俺が初めてイフリートを触れた時も、妖精男――
少なくとも、確実に左足は奪われてしまった。
他の部位も確保されていないとも限らない。
騎士団とは違い『落胤』に倫理観は期待できない。イフリートの能力を解き明かすため、多種多様な実験を行っていても不思議ではない。
むしろ暗躍している魔人の数を考えれば、イフリートの能力解明のために魔人を使っていると考える方が自然かもしれない。
「毒喰らわば皿まで、って言うしな……俺も、腹くくらないとか」
あくまで『落胤』との戦いはあの日の真実を解明する一環だと思っていた。真実にたどり着くためには戦いの前線に居なければならない、と。
それは甘い考えだったかもしれない。
やるのなら徹底的に、この国で誰よりもイフリートを扱えるようになる必要があるのかもしれない。
たとえその果てが、人間でなくなることだったとしても。
――コンコン。
ジンは自分の部屋のベッドに寝そべりながらうとうとしていると、部屋の戸がノックされる。
監視役の捜査官が到着したのだろう。
顔見知りであればいくらかやりやすいが、期待はしない方がいい。
「――おはようございます」
現れたのは知った顔だった。
特徴的な大きな丸眼鏡、その奥の瞳はお世辞にも目つきがいいとは言い難い。浅葱色の髪を一房三つ編みにして垂らしている。
「えっと……君はあの時会議にいた」
「初めまして、ではないですが。改めて自己紹介を――私は第五騎士団の副団長、フギンです。貴方の監視役を任命されました」
第五騎士団の副団長、フギン。
彼女は不機嫌そうに丸眼鏡を押し上げ、深いため息をつくのだった。
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