覚醒《アロウス》⑤:烈火武装《ブルカン》
ジンは今日ほど自分の方向音痴を恨んだことはない。
普通にまっすぐ進めばやがて公園の外――つまりツタで覆われた空間から抜け出せたはずだ。
しかし真っ直ぐ進めないのが方向音痴の恐ろしいところである。
「あれ……」
「おじさん……あれって」
どこをどう進んだのかわからないが、ツタの隙間からテトラとリギルの戦闘が窺える場所へきてしまった。
しかもテトラが追い詰められているようなタイミングで、だった。
「だっ大丈夫だ……団長は強いからな。俺たちはこの隙に」
「っだいじょうぶに見えないよ! っおれが、たすけるんだ……!」
「待っ」
――“陦後↑繝懊ち繝ウ繝・Φ繝励&繧ゅk繝槭Φ繧ケ繝・・繝峨ャ繝槭ユ繧」繧オ繧、繝√Ε”
無謀にも助けに入ろうとしたダリオンを止めようとするも、頭に響く騒音のせいで体が強張ってしまう。
「――シルヴェスト・ストライクっ!」
無謀にも無詠唱で魔法を放つダリオン。
粗削りながら魔法は発動するも、威力は出ずリギルの気を引いたに過ぎない。
「っ間に合わなかった……!」
せめて距離を稼ごう。
どうにか距離を稼げばリギルの攻撃の威力も半減するはずだ。
「少年、魔法の使い方を教えてあげよう」
しかし逃げ出そうとした瞬間、ツタが二人を拘束する。
「ッ」
その気になればツタを操りジンもダリオンも容易く命を奪うことができた。
「“烈風”・“
しかし圧倒的優位な状況はリギルを油断させる。
ジンとダリオンの逃げ道を奪い、魔法でとどめを刺そうと詠唱を始める。
全ての騎士団員は魔法が使える。使えない人間は門前払いされる。軍縮の時代、魔法が使えない人間をわざわざ入団させることはないのだ。
――”戦え”
ジンは体がどうしようもなく熱くなってくるのを感じる。
体の底から力が湧き上がり、それがあふれ出そうになっている感覚。
「っあつい……」
ダリオンは苦しそうに呻く。
どうやら錯覚ではないようだ。
だがそれだけ体が熱を持っているにも関わらず、どうしようもなく調子が上向いているのを感じた。
――“烈火”・“穿孔する礫”・“爆ぜる雨垂”
詠唱するイフリートの声。
――“隕∝€繧ケ繝医ャ繝輔ぃ繧、繝・げ繧ソ繝シ繝槭ャ繝&繧ゅk繝槭Φ繧ケ繝・・繝峨ャ繝医Λ繝”
呼応するように響く謎の音。
だが不思議とジンはその意味を理解できた。
「
「ッ!!」
炎が放たれる。
アッシュのように詠唱も魔法名の宣言も省略した完全無詠唱の魔法。
だが一つだけ違うことがあるとするなら、ジンは魔法結晶を持っていないという点である。
「なにっ……!?」
リギルはジンが完全無詠唱で魔法を放ったことに驚きを隠せない。
だがジンは自分が魔法結晶も持っていないのに魔法が使えたことに驚いていた。
――魔法結晶が無ければ人間は魔法が使えない。
それは魔法のエキスパートであるアッシュであっても例外ではない。
人間は多種族の使う摩訶不思議な能力を再現する技術を身に着けたにすぎず、それが無ければ無力である。
「――交代だ」
「えっ」
困惑するジンだったが、ゆっくりと思考に浸る時間は無かった。
テトラは彼が戦えると理解するや否や戦線離脱し、ナイフでツタを斬り裂きダリオンを抱えてその奥へ逃げていく。
(っ……時間を稼げ、ってことかよ)
団長が先陣を切って敵前逃亡をするはずもない。
ジンはダリオンを逃がす役をテトラが買って出たのだと好意的に解釈し、リギルと対峙する。
「やられた……君も策士だ。あえて自分の力を出さないとは」
「…………っ」
わざわざ種明かしをする義理もない。
ジンは額の汗をぬぐいつつ上着を脱ぎ捨てた。
「……あんた、リギルだよな。イフリートの装着試験で死にかけた」
「そうとも。僕は第三騎士団第七小隊副隊長……いや、もう騎士団は追放されたか」
「成程な……元々裏切者だった、ってワケか」
「裏切……ははっ……ははははっ!」
リギルは心底愉快そうに笑っている。
「君には僕が裏切ったように見えているか! だとしたら浅はかだ――僕の志はずっと変わっていないッ! この国の平和のため、僕は身を捧げる覚悟があるッ! 騎士団にこの国の平和は守れない、そう判断しただけの事っ!」
それはどこか、自分に言い聞かせているようでもあった。
自分の信じる物が揺らいでいるような、そんな雰囲気を感じさせた。
「ははっ……大層な志だ。自分の仲間を殺して平然と笑ってられるんだからな」
「……っ!」
ジンの言葉は図らずもリギルの心を傷つけた。
狂信的な表情はいきなり息をひそめ、リギルの表情が鋭くなる。
「まあいい……君に僕の志は理解できない――!」
――“烈火”・“首断つ握斧”・“周裂く円環”
イフリートの詠唱が響く。
ジンは反射的に拳を握る。丁度、見えない剣を掴むような格好だ。
「
リギルの操るツタをジンの振るった炎の剣が焼き払う。
植物にとって炎は天敵である。
あっという間に燃やされる……という事はないが、高温の炎に焼かれればひとたまりもない。
「いいのか? それでは自分の身も危ないが」
「その前に何とかするさ」
ジンは
煮ても焼いても再生し、急所と思われる場所を突いても耐え、首を斬り落としても死ななない。
傷口は瞬く間に再生するため不死身だと考えられていた時期もあったそうだ。
しかし彼らは決して不死身ではない。
植物が根を断たれ枯れてしまうように、
破壊されれば無限の再生能力は失われ、死に至る。
ジンは炎の剣を消すと、再び右手を突き出す。
――“烈火”・“瞬く新星”・“螺旋の竜”
「
質量を持った火球が放たれる。
リギルの体を全て吹き飛ばせば
「ッ
だが相殺するように放たれたリギルの魔法で防がれる。
「“烈風”・“黒曜の槍”・“森羅裂く牙”」
続けざまに紡がれる
ジンは魔法の知識に乏しい。どうせ使えないと記憶から消してしまっていた。故にリギルの詠唱から放たれる魔法を推測できない。
(でも魔法は奴から放たれる。なら観察すれば……!)
相手だって人間――魔人に変身しているが元は人間だ。胸元に隠し持った魔法結晶に触れ、自分の体を起点に魔法を放つ。
手からにせよ足からにせよ、魔法を使う瞬間の動きで予測することはできるはずだ。
「
「ッ!?」
だが攻撃は背後の死角から放たれる。
反射的に身をひねってなければ更に深い傷を負っていたかもしれない。
「っ……忘れてた……お前らを人の感覚で考えちゃダメなんだった」
魔族は見えている姿がすべてではない。
(もし奴が元から
だが魔人は根本が人間で、基本となる感覚は人間のものだ。
リギルは人間の感覚にとらわれていて、掌握している植物たちの感覚を完全に掴めてはいないはずだ。
もしそれが可能なら、この植物の迷宮に閉じ込められた瞬間に命はなかったはずだ。
「降参するか?」
「ははっ……なんでだよ……ようやく、お前の弱点が分かったのにさっ!」
――“烈火”・“穿孔する礫”・“爆ぜる雨垂”
「
「ッ」
ジンは魔法で牽制しすると植物の壁に向かって走る。
――“烈火”・“冥界の手綱”・“荼毘の凍雲”
「
炎の縄をワイヤーのように放ち壁を駆けあがる。
「ッ……ちょこまかと」
右へ、左へ、翻弄するように立ち回るジン。
リギルは無暗に追うことはせず、虎視眈々と反撃の機会を狙っている。
――“烈火”・“首断つ握斧”・“周裂く円環”
イフリートはジンの意図を察し詠唱を開始。
狙うのは一点――リギルの
「ッ
「グッ!?」
どこにあるか探り当てる方法はない。
ならば――リギルが魔人であるという弱点を突く。
人間である感覚を捨てきれない――自分の体外に
炎の剣がその体を貫き、大爆発が起こった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます