裏切《リベリオン》⑧:最強の盾

 ――時はわずかに遡る。


「――ッ!」


 何が起こったか理解するより先に衝撃に襲われる。

 視界が白飛びし激しい耳鳴りで何もわからない。


 ――”戦え”


「――ゥぅ……!」


 そのまま意識が落ちそうになったがイフリートの声で無理やり叩き起こされた。

 ジンは体を動かそうとし、自分が壁に叩きつけられたことに気づく。


「……ウッ……いっ……」

「ふむ、頑丈であるな……いや、イフリートのおかげか?」


 パーシアスは一撃でジンを仕留めたと思っていたのか、意外そうに目を見開いている。


「……っ十分死にかけたよ」


 恐らくアイギスで殴り飛ばされたのだろう。

 魔人に気を取られていたとはいえ、あの巨体で反応で気ない速度を出せるのは驚きだ。


(……あれを盾だからって侮っちゃダメなんだな……魔法なんだから、立派な武器なんだ)


 盾とは一般的な解釈で言うなら防具に含まれる。

 攻撃から身を護る物であって武器として使う物では決してない。


「ふぅ……」


 ジンはアイギスを構え不敵に笑うパーシアスを見て冷や汗をかく。


(防御こそ最大の攻撃……確かに、そうかもしれないな)


 鉄壁の防御のまま迫られれば強制的に選択を迫られることになる。

 打って出るか、それとも退くか。

 前者を選んでも太刀打ちできる未来は見えない。後者を選んでもいずれは退くこともできなくなる。

 じわじわと真綿で首を絞められるように追い詰められていくだろう。


(殴っても効かないし、魔法……ったって攻撃用の魔法なんて使えないしどうせ効かないだろうし)


 じわ、じわとラインを詰められジンは少しずつ壁際に追いやられていく。

 窮鼠猫を噛む、とも言うが噛みつける相手でなければどうしようもない。

 相手の退路を断ち、勝ち筋を全て奪って当然に勝つ。なんともいやらしい戦い方だ。


 ――“戦え”


「ッ」


 現状を打破しようと頭を巡らせるジンの脳裏に映像が流れ込んでくる。


 これはまだ魔族と人間がしのぎを削っていた時の戦いなのだろう。

 魔族は鉄壁の砦を築いて籠城を決め込んでいる。

 鎧武者――イフリートは当然のように空間に穴を開け、砦の奥で守りを固めていた敵を引きずり出した。


「魔法武器には魔法武器を、だなッ!」


 ジンはそれを信じて右ストレートを放つ。

 イフリートには空間を跳躍する能力がある。ならば攻撃を放つこともできるはずだ。

 紙を突き破ったような手ごたえと共に、人を殴りつける嫌な感触を覚える。


「むっ!?」


 ジンの拳は空間に罅を入れ、アイギスの裏側に居るパーシアスを殴ることに成功する。

 それによって構えが崩れた。

 わずかに生まれた隙、これを逃せば勝機はない。


「ッッ!」


 左の足が爆発する。

 片足だけの不安定な跳躍だったが、ジンはどうにか空中で体勢を整えながら再び拳を振りかぶった。


「させんわっ!」


 だが相手は第三騎士団の団長――このフサルク国の中でも五指に入る強者である。

 パーシアスはすぐさま体勢を立て直しアイギスを構えなおした。


(関係ねぇ! またぶち込んで――)


 ――“無理だ”


 再び脳裏に流れ込む過去の戦いの映像。


 敵は必中の攻撃を放つ。

 どんなに懸命に逃げても、どんな鉄壁の守りを敷いても、まるで攻撃を放った瞬間に当たることが確定したかのような攻撃だった。

 だがタワーシールドを構えた兵士――かつて“魔盾”アイギスを振るっていた女性がそれを構えている。

 敵はそれをあざ笑い必中の攻撃を放ち――その表情が驚愕に染まる。

 攻撃はアイギスに阻まれたのだ。


「えっ……」


 拳は空間を貫いた。

 だが命中したのはアイギスの正面――その裏側のパーシアスまで空間は繋がらず、その手前で阻まれてしまった。


「わはは……アイギスの防御は絶対よ!」


 パーシアスの額には冷や汗が浮かんでいたが、それでも自信満々な様子は崩さない。


(そうか……パーシアス団長も俺みたいなことをしてくる相手とは戦ったことが無いんだな……だから本当に攻撃を防げる確証はなかった)


 だがジンはそれが予定調和でなかったのではないかと推察する。

 恐らくパーシアスはアイギスの全力を引き出さざるを得ないほどの戦いを経験したことは多くないのだろう。

 周辺勢力との戦いは大半が鎮圧で終わる。魔人が現れたのは5年前から――彼らも暗躍が主だから正面戦闘となることも稀だろう。


「そいやっ!」

「ッ!?」


 アイギスが斥力を発生させジンを弾き飛ばす。

 咄嗟に宙を殴りつけ空間を砕く――移動する先はパーシアスの背後。

 相手の攻撃の勢いを利用した反撃カウンターだ。


 だがパーシアスは反射的に裏拳を放って迎撃。

 ジンは殴られながらも左足を大きく引き、そのまま蹴りを繰り出す。


「ウ……ッ」


 守りが崩れる。

 パーシアスは腰を落として衝撃を逃がそうとするも、逃がしきれずわずかに後退。


「……ハァ……ハァッ……!」


 ジンは頭が鈍く痛み始めるのを感じ立ち止まる。

 このまま畳みかければ勝てるかもしれない――そんな希望の光が見えていたが容易に動けない。


(これ……魔力、切れ)


 生きるために必要な力――すなわち生命力。

 魔力の源であり、それが尽きることで全ての生命は死に至る。

 故に人が――全ての生物が一日に生み出せる魔力の上限は決まっている。個体差はあれどいずれ限界が訪れる。それが魔力切れである。

 無論、限界を超えて魔力を生み出すことは可能だ。

 しかしそれは鍛冶場の馬鹿力、生命の危機を乗り切るために発揮される悪あがきでしかない。


「……イフリート……やはり恐ろしいな」


 パーシアスは蹴られたわき腹を抑えながらも笑顔は崩さない。

 まだまだ余裕であると、お前の攻撃など通用していないと思わせるための虚勢ブラフ。無敵であると錯覚させ相手の選択肢を狭めるのだ。

 ジンはそのことを悟りつつも動けない。


 ――”戦え”


 だがイフリートは立ち止まることを許さない。

 右腕が独りでに動き出しパーシアスへ手のひらを向ける。


「待て……待って――ッ」


 ――“戦え”


 心臓を締め上げられるような嫌な感覚に襲われる。

 イフリートはジンから強引に魔力を吸い上げているのだ。


「……死ぬまで戦いを辞めぬ、か」


 パーシアスもまた脂汗を浮かべながらアイギスを構えなおす。

 これでは攻撃は通らない。どうにかしてその構えを崩す必要がある。


(待てよ……無駄打ちしたら、俺はきっと死ぬ)


 ジンは心の中でイフリートに語り掛ける。

 魔力は右腕に集約され輝きを放っており、次の瞬間にも攻撃を放つことができるはずだ。


 ――“戦え”


(わかってる……! だから……)


 ジンはイフリートが先走らないよう右腕を抑えながらパーシアスを睨み付ける。


「……そうだな。多分このまま死ぬまで戦うのかな」

「ほぅ……根性だけは一丁前の様だな!」


 この程度でパーシアスの気が抜けるはずもない。


「……敵を騙すにはまずは味方から、って言うけどさ……多分、そうじゃないんだよな」

「……随分と買いかぶってくれるわい……ワシも普通の人間よ」


 ジンは彼の素顔を見た気がした。

 豪快で自信満々なパーシアスではない、仮面の奥に潜んだ一人の人間としてのパーシアスの顔。

 悲しみと怒りに包まれた表情――順風満帆とは言い難い人生を送ってきたのだろう。


「この短い付き合いでワシの何を知った気でいるのやら……傲慢であるな」

「どうかな……それはお互い様だろ――!」


 ジンは溜めていた魔力を天井に向けて放つ。

 予想外の一撃にパーシアスは大きく目を見開いた。


(不意討ちしたって隙は長く続かない……だからそこに全力を!)


 降り注ぐ瓦礫を避けようとしてパーシアスの体勢が崩れる。

 ジンは一足で跳躍し懐に――アイギスの内側に潜り込む。


「むっ!?」

「うおおおおぉぉおぉっ!」


 だが寸での所でパーシアスの防御が間に合う。

 アイギスを手放し両手でジンの拳を受け止めた。


「万策尽きたか?」


 ジンは拳を開く。


「どうだろうな――!」


 ずっと格闘戦を仕掛けていたからジンが能動的に魔力を放つことは頭から抜けているはずだ。

 イフリートはジンの魔力を搾り取り、それをパーシアスに向けて放った。


「成程ッ!」


 だがこの程度では想定を上回れなかったようだった。

 右腕が払われ魔力による攻撃はあらぬ方へ逸らされてしまった。


「ワハハ……二の矢よ」

「ッ…………クソッ」


 常に最悪を想定する。

 見た目によらない慎重さがパーシアスの特徴だったとジンは知っていたはずだ。

 イフリートを装着して油断していたのは他ならぬジンの方だったのかもしれない。


「だが悪くない……久しぶりに肝を冷やしたわい」


 いよいよ魔力が切れ、ジンは胸を抑えながら崩れ落ちる。

 心臓は限界まで拍動し呼吸をしているはずなのに息苦しい。


「――ジンッ!」


 もはや打つ手は残っていない。

 そんな中アッシュの声が聞こえる。


「これを使えッ!」


 投げられたのは真っ赤な魔法結晶だ。

 自慢ではないがジンは魔法のセンスがない。

 日常的に使う道具は魔力を流すだけでいいから問題はないが、詠唱が必要な魔法ともなればほとんど使えない。

 だが反射的にジンはイフリートを装着した右腕でそれを受け止めた。


 ――“烈火武装ヴルカン読込ローディング……”


 その瞬間、ジンの頭に膨大な情報が流れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る