遭遇《エンカウンター》④: 妖精男の正体
遥か昔。
この世界には人間と、人間のように知性を持つ生物が共に暮らしていた。
どの種族にも長所があり、欠点があった。
互いの生存域を争いつつも、勢力は均衡を保っていた。
それを打ち破ったのは人間だった。
種として力を持たない彼らは知恵と工夫で他の種族の強みを模倣し、それを己が力として振るうようになった。
取るに足らない弱者は底知れぬ欲望を発揮し、遂には他の種族を凌駕する力を手にしたのだ。
力を得た人間は生存域を拡大し続け一つ、また一つと他の種は姿を消した。
そして遂に他の種族を――全ての魔族を滅ぼし人間の敵は人間となった。
「――あれは“魔鎧”『イフリート』の右腕――かつて魔族を絶滅させた魔法武器の一部なのです」
ミシェルの言葉を聞いた瞬間、ジンは歴史の教科書の冒頭を思い出していた。
「“魔鎧”……ってちょっと待てよ」
戦争が終結してもうじき百年の時が経とうとしている現在、魔法武器が使われることはほとんどない。
最後に使われたのはジンが生まれる前の事だと聞いている。
今は武器庫の最奥で眠る存在――の、ハズだ。
「なんだってそんなのがその辺の道端に落ちてるんだよ」
子供が好奇心で装着でもしたら事故では済まされない。
悪意のある者が装着したが最後、街が一つ壊滅していたかもしれない。
そんな危険な代物が無造作に落ちていたなど正気の沙汰ではない。
「よくあることなのですよ。残念ながら、戦争の遺産は未だこの国に残されているのです」
よくある事、じゃ済まないだろうと言い返そうとしてジンは躊躇ってしまう。
言われてみれば戦争が残した負の遺産によって引き起こされる事件は間々ある。
何気なく拾った魔法結晶がその実、敵を殲滅するために開発された決戦兵器級の魔法が込められていたり。
あるいは戦争末期に仕掛けられた対人用の罠が未だに残っていてそれに巻き込まれてしまったり。
対岸の火事だと思っていた出来事の当事者に自分がなっただけの話なのだろう。
「……成程ね。あんたたちはそういう『負の遺産』を人知れず回収するのがお仕事ってことね」
「察しがいいのですね」
ミシェルはずっとクマの人形に語り掛けていたが、ジンは彼女の表情が変わったことに気づく。
恐らく何かを隠した。
取材の中で真偽を見極める能力を養っていた彼はわずかな表情の変化も見逃さない。
「あの籠手の事はよくわかった。じゃあ妖精男は一体何者なんだ? もしかして……絶滅したはずの魔族の生き残り、だったりするのか?」
「…………」
ぷい、とミシェルはそっぽを向く。元々ジンの方を向いていたわけではなかったが、明確に対話を拒否するような仕草だった。
どうやら妖精男の正体は魔法武器以上に機密性の高い情報らしい。
いよいよジンの期待が高まっていく。
「何だよ。知る権利があるって言ってたのに、教えてくれないのか?」
「……これ以上知れば、あなたはもう後戻りできないのですよ」
まるで今なら引き返せると、魔法武器の暴発に巻き込まれただけで済むと。
妖精男のことなど忘れて日常に戻れと、ミシェルは言いたいのだろう。
「命あっての物種、とも言うのです。あんなことなど忘れて」
「無理に決まってんだろ……!」
ジンは悲鳴を上げる体に鞭を打って立ち上がる。
ふらつきながらもそっぽを向くミシェルの肩を掴み、驚き身を竦ませているミシェルの瞳を見据える。
「あいつが失踪事件の鍵を握ってるなら、俺はそれを逃したくない……っ! もし失踪した人が生きてるなら、一刻も早く見つけたいんだよ……!」
忘れもしない。
十五年前、静かに雨の降っていたあの日、幼馴染のベルは誘拐された。
目撃者はジンだけ。
魔法警察の捜査官にありのまま、見たことを全て話した。
頭に焼き付いたあの男の顔の似顔絵も書いた。
ベルはエルフに――絶滅したはずの魔族の生き残りに攫われた。
絶滅したと思われていた魔族は人知れず生きていて、その魔族がベルを攫ったのだと。
ジンの主張を信じる者は誰もいなかった。
捜査官は事件のショックがどうとか言って、彼が錯乱しているのだと決めつけた。
的外れな事しか言わないカウンセラーと延々と話をさせられたこともあった。
記者となって各地の失踪事件を調べ始めてようやくたどり着いた手がかり。
絶滅したはずの魔族、その特徴を宿す男、その手がかり。
少なくとも、目の前のミシェルは真実を知っているのだ。
「お気の毒ですが、失踪した人たちは」
「――ミシェルちゃん、何をためらっているんだい?」
どこか胡散臭さを感じさせる声が割って入る。
病室の入り口には、これまた胡散臭い風貌の男性。捉えどころのない表情、無造作に伸びたクセのある長髪、すらりとしたスタイル。
スーツをそれとなく着こなした姿はさながら詐欺師を思わせる。
「始めまして。僕は特殊魔法犯罪捜査課の課長、イオナだ。よろしくね」
イオナは親し気に微笑むも、その奥からはどうにも信用できないオーラを醸し出している。
「ミシェルちゃん、彼には全てを話してもいいと、そういったはずだけど」
「それは“魔鎧”の装着者候補として、という事なのでしょう? 私は反対なのです」
ミシェルはジンの手をやんわりと振りほどくと、ゆっくりとイオナの方を向く。
だが視線はやはり手元のクマの人形の方を向いていた。
「候補って……俺に何をさせようって」
「……はは~ん。ミシェルちゃん、さてはこっそり彼を帰そうとしてたでしょ? ジン君はきっと真実を知れば引き返しはしない、だから何も知らせずこっそり、と」
図星だったのだろうか。ミシェルは気持ちを落ち着かせるかのようにクマの人形を抱きなおす。
「……ジンさんが“魔鎧”を装着してしまったのは私のミスなのです。本当なら、何も知らずに済んだはずなのに」
確かにミシェルが危機に陥らなければジンは拾った魔鎧を装着せず、彼女に引き渡していたかもしれない。
「ミシェルちゃんは優しいね。そこが君の長所だけど、残念だけどそうは言ってられない状況だよ」
イオナに見据えられた瞬間、ジンは全身の肌が粟立つのを感じた。
人の好さそうな笑顔なはずなのに、まるで内側に得体の知れない化け物を潜ませているように見える。
「じゃあ一つだけ、ジン君に質問をしよう――君はこの国のために命を懸ける覚悟はあるかい?」
まるで騎士団の入団面接のような質問だ。
国のためにその身を捧げ、命を懸けて戦う覚悟はあるか。騎士団を志す者は間違いなく肯定する質問。
「国のため、はない……っすね」
真実を知るためなら躊躇うことなくイエスと答えるべきなのだろう。
恐らく“魔鎧”を装着し戦う覚悟はあるか、それがある者のみが真実を知る資格があると、そういう意図の質問なのだ。
「なら、君は何のために命を懸けられる?」
「……真実を知るためなら」
ジンの半生は『証明』に費やされていると言っても過言ではない。
あの日、幼馴染のベルを攫った者の正体を突き止めること。
自分の見た物が間違いではなかったと証明する。
もし見間違いだったとしても、そのからくりを知りたい。
あの日、どうしてベルが攫われなければならなかったのか、犯人の目的は何なんなのか、それを突き止めるために記者となったのだ。
「俺は幼馴染を誘拐した犯人を目撃したのに、誰もそれを信じてくれなかった。それがどうしても悔しくて……俺は間違ってなかったって、証明したい……! あの日に起こった真実を解き明かして」
「もう大丈夫なのですよ」
ミシェルの指先が頬に触れる。
ジンはそこで初めて、自分が涙を流していたことに気づく。
「あなたの気持ちは十分にわかったのです。あなたの望みは平穏に生きることではなく、どんなに辛い真実であってもそれを知る事なのですね」
彼女は一瞬だけジンへ視線を送ると、再びクマの人形に視線を戻す。
「……私たちは『魔人』と、そう呼んでいるのです。魔族の因子を組み込まれた人間――あなたの言った妖精男は、絶滅した
真実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。
絶滅した魔族の生き残りと言われる以上に信じがたいことだったが、実物を見た以上は信じざるを得ない。
「改造って……一体、何のために」
「……『王を廃し、正しい国を取り戻すため』と、彼らはそう主張しているのですよ」
ジンは思わずイオナの方を見る。
彼は胡散臭い笑顔を浮かべたまま小さくうなづく。
「その通り。この国は存亡の危機に晒されている――と、言えばわかりやすいかな?」
大げさだ、と否定されたかった。
しかし紡がれたのはより伝わりやすい強い言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます