第18話 モンスター災害から市を救う高橋の決断
「それでは消防本部さん、被害状況を教えて頂けますか?」
時刻は深夜2時。ダンジョン内で発生したワームホール発生に起因したモンスター災害は、この時間になってようやく沈静化した。市役所に設置された災害対策本部では、状況の報告を受けていた。
各部署の担当者たちは、ふたばの問いかけに次々と答えていく。
「はい。例のモンスターが原因で発生した火災は、氷結魔法を約500回ほど使用して消火し、0時32分に鎮火しました。その後、モンスターは睡眠に入ったようで、危険は去りましたが、引き続き監視を続けています。また救急対応についてですが、先ほど申し上げたモンスター及び、他のモンスターとの遭遇が原因起こった市民の重軽傷者は合わせて31名となっております。またそれとは別に救助に当たっていた隊員5名も負傷いたしました」
「死亡者は出ていませんか?」
「救助の段階では0名です」
「ありがとうございます。市民病院さん。救助された市民は全員、ダンジョン内分院に搬送されたと思うのですが、現在の状況はどうでしょうか?」
「現時点で死亡者は出ておりません。ですが……」
「なにかありましたか?」
「受入数が限界を超えてしまいました。呪いなどを受けてしまい魔法治療が必要な患者以外は、重傷者も含めて全員応急処置後に他の病院に受け入れて頂きました。報告が遅くなり申し訳ありません」
申し訳なさそうにする市民病院の担当者に、すかさず高橋はフォローを入れる。
「いえ、魔法治療はダンジョン内でしかできないので妥当な判断だと思います。ダンジョン観測課さん、ワームホールの現状と、現時点で分かっていることの報告をお願いします」
「はい、今回、11階層に開いたワームホールは、モンスターの種別などから70階層と繋がったものだと推測されます。開いた原因については現時点では不明です。引き続き調査をしてまいります。ワームホールの直径は当初は約15mあったと推定されています。ですが、今は縮小し、バスケットボールほどの大きさになっておりますので、新たに70階層の強力なモンスターが通って現れる可能性は、ほぼないと考えております」
「70階層は深層です。虫くらいの大きさのものでも強力な毒を持っていたりなどして非常に危険です。引き続き警戒を怠らないでください。また、どんな些細なことでも構いませんので、発生原因だと推測されることを教えてください」
「ワームホールを抜けて出て来た70階層のモンスターは、通常より密集していて数が多く、通常個体より若干強力だったという報告を受けています。市長もご存じだと思いますが、強力なモンスター生息する深層ほど魔力バランスは安定していますので、通常、ワームホールは開きません。生態系になにかしらの異常が起こったのではないかと推測しています」
「ありがとうございます。また状況が変わりましたら報告をお願いします。続きまして、ダンジョンインフラ課さん、ダンジョン内の設備はどんな状態でしょうか?」
「はい。移動経路、安全設備、共に主要なものは無事でした。ですが、一部の防御魔法陣が破壊されております。復旧には少し時間がかかる見込みです。またダンジョンエレベーターも例のモンスターが魔力を感知して目覚めてしまう危険があるため、9階層までしか運行できない状態になっています」
「ご報告ありがとうございます。引き続き監視と安全対策をお願いします」
主要な部署の報告を聞き終えた高橋は、民間の協力者に目を向ける。幸い古巣の知人なので話しやすい。
「ダンジョン探索業者組合さん、この度はワームホールから現れたモンスターの討伐にご協力頂きありがとうございました。討伐状況の報告をお願いできますか?」
「おお、高橋。大まかな数だが、B級を30体、A級を10体討伐したぞ」
「観測課から聞いていたが随分多いな」
「最近深層じゃモンスターがやけに増えてるんだよ。だからワームホールからもいっぱい出てきたんだと思う。かなり手こずって9階層まで侵入を許しちまった」
「ワームホールが開いたのは11階層だろ? 大山、今回はお前が現場で仕切ったんだよな? 9階層まで侵入を許すなんてらしくねえんじゃねえか?」
「微妙に強くなってんだよ。それでも9階層と10階層に来た奴らは全部片づけておいた。11階層はまだ少し残ってるけど、それも明日中にはなんとかなる。ああS級のアレに関しちゃ一切手をつけてねえからな」
「アレはゆずさんじゃなきゃ無理だからな。今日はあの人どうしたんだ?」
「サイン会で大阪に行ってる。一応留守電には残しといた。あとよう、高橋……」
大山がなにを言おうとしているかはだいたい想像できるので、高橋は申し訳ない気持ちになった。
「お前が市長になったからには改めて言わせてもらうが、報奨金、B級6000円、A級8000円って1匹の単価がいくらなんでも安すぎるぞ! 高校生のバイト代じゃねえんだ。お前もダンジョン配信者時代は同じこと言ってただろ!? 一刻も早く、この状況何とかしてくれよ!」
この言葉に、ふたばがたどたどしく反論する。
「お、お言葉ですが、大山さんを含め狩猟業など討伐を生業とする探索業者の方は、普段の探索で今回遭遇したモンスターより強いモンスターと戦うことも多いと思います。市からの依頼は、普段のモンスターを討伐して得られる素材や宝を売った代金と、市からの報奨金が合わせて入りますので、収入的にはとてもお得だと思います。なので報酬の増額は難しいかと……」
ふたばの言葉を聞いた大山は、舌打ちをして不機嫌な顔になった。
「すまない大山、彼女はずっと市役所勤務だから現場の事情には詳しくないんだ。一応、ダンジョン内分院で医療事務の経験もあるが、それでも現場の細かいことまでは分からないと思う。だから今回は大目に見てくれないか?」
「ったく仕方ねえな。ちゃんと教育しとけよ」
「あ、あの市長、私なにか気に障ることを言いましたか?」
困惑しているふたばを優しく諭す。
「同じモンスターを討伐する場合でも普段の討伐と市から依頼された討伐じゃ難易度が全然違うんだ。普段の討伐では事前に準備や情報収集ができるけど、市から討伐を依頼するのは、緊急事態の場合のみだ探索業者は、一切の前準備なしで挑まなければいけない。加えて人を守ったり、周囲の安全を確保したりなど配慮しなければならない事が多い。さらに言えば普段の討伐なら危険だと思ったら逃げることができるが、市から依頼された討伐では、許可が出ない限りそれは許されない。そして現場の把握にはどうしてもタイムラグが出るので、許可がでるのはいつも遅い」
「な? お嬢ちゃんこう聞くとひでえだろ。ウチらはゆずさんの方針だから出てきてるけど、猟友会さんはずっと出動を拒否してる。せめて1匹2、3万くらいは貰わなきゃ割に合わねえよ」
「そ、そうなんですね。すいません」
ふたばは深々と謝罪する。
それを見た高橋は大山に対して、なだめるように語りかける。
「お前の言ってる事は、もっともだ。だが報奨金の金額は条例で決められている。悪いが少し待ってくれ。幸いここには、今、市議で一番権力を持っている人もいる。片桐議員、次の定例会では報奨金の見直しについてご協力頂けますか?」
「増額には賛成いたします。しかし現在財政が厳しい状態ですので、金額については、また落ち着いた時に再考いたしましょう。ですが市長、報奨金どころではないことは、既にご承知ではないですか? 今はスライムプロジェクトを含め、ダンジョンを中心に市の経済を活性化させるという基本方針の見直しが迫られる事態に直面しています」
「アレのことですか?」
「ええ。あんなものが浅い階層に居座っているのです。安全と希少種保護の観点から、明日か明後日には、県から10階層以下、最悪の場合はダンジョン全体を立ち入り禁止区域にする様にという通達があると思います」
(……間違いなくあるだろうな)
片桐に言葉に、無言で思案を巡らせる中、大きな駆け足の音がドアの外で響き始めた。
直後ドアが勢いよく開き、ゆず希が部屋に入ってきた。
「ちょっと、11階層にワームホールが開いてレッドドラゴンが出て来たって本当なの!?」
「は、はい……そうです」
「ゆずさん、明日も大阪でイベントがあるんですよね!? どうして急に!?」
「予定全部キャンセルしてきたに決まってるじゃない!」
職員達や大山の驚きの声に、ゆず希は息を切らしながらまくしたてる。
「今すぐぶっ殺して来るから待ってなさい!」
「ちょっと待ってください! レッドドラゴンは古代龍です!」
「人命に関わる緊急の場合以外での討伐は、希少モンスター保護法に違反します」
「暴れてるんでしょ!? だったら今がその時じゃない! S級モンスターは備後市の現役探索者じゃ、私以外で倒せるのいないんだから!」
大山と職員たちが、慌てふためきながらゆず希を止めるなか、高橋は淡々と口を開く。
「……ゆずさん、レッドドラゴンは暴れ疲れたみたいで、11階層で寝てるんです。つまり今は人命に関わる緊急の場合じゃないんです」
「嘘!?」
「本当です。安全のために、これから県から、10階層以下の階層は立ち入り禁止区域にするようにと通達があると思います」
「なに言ってんのよ! 古代龍は一度寝ると10年以上も起きない事とかざらあるのに! 仕事をずっとまわしていける位のお金が稼げる資源やアイテムの大半は、20階層以下にしかないんだから、そんなの市内の探索業者の大半が失業するじゃない!」
ゆず希が声を荒げる中、ふたばは慌てながら計算を始める。
「10階層以下が立ち入り禁止区域に指定された場合、個人、法人を問わず探索業者の8割が失業します。探索業の関連業種に従事する人にも直接影響が出て、さらに消費が落ち込むことで探索業者と関係がない業種に従事する人にも影響して……か、か、か、簡単に計算したところ、備後市の完全失業率は40%になりま……」
自分の出した数字にショックを受けたのだろう。ふたばは喋っている途中で気絶してしまい、職員たちによって運ばれていった。
「……レッドドラゴンぶっ殺してくるね」
「だからゆずさん、法律……」
「そんなのアンタたち役所が隠ぺいしなさいよ!」
「それは無理です!」
「放しなさいよ! 聞いたでしょ!? このままじゃ10人に4人がニートになるって! だから今すぐ殺さなきゃダメじゃない!」
「おい、もっと人数集めてゆず希を抑えつけろ!」
「ダンジョンと違って、魔力で身体能力が強化されてねえから、あと2、3人でなんとかなるはずだ!」
ゆず希は暴れ続けたが、大山と数人の職員に羽交い絞めにされて、どこかに連れていかれた。
気づけば、災害対策本部には高橋と片桐だけが残っていた。
「……市長、今回の災害は死者こそ出ていないものの多くの負傷者を出し、経済的にも大きな打撃を受けてしまいました。このことには本当に胸が痛みます。ですが、これ以上ダンジョン資源を過剰に利用して、破滅の道を突き進むことは無くなりました。市長がおっしゃる通り、ダンジョンは市の貴重な財産です。だからこそこれをきっかけに間違った考えを改めて頂きたいです」
「……」
「失業者があふれ、財政ももっと苦しくなることは確かです。その助力もいたします。県や中央省庁に私はそれなりに顔が利きます。それを活用して当面の問題に対処します。長く時間は、かかるかも知れませんが、ダンジョンを守るためにダンジョンに依存しない備後市を作りましょう。その為に私は全力で市長を支えます」
「……うーん。すいません、俺は売名目的で立候補した底辺ダンジョン配信者だったんで、その辺よく分からないです。明日はダンジョンを現地視察しにいきます。結論を出すのはそれからでいいですか?」
「市長!」
「あ、職員の誰かにこのこと伝えておかなきゃいけねえな。おーい! さっき災害対策本部で話し合ったことを記者会見で発表しておいてくれ! あと明日現地視察に行くんだけど、それをLIVE配信したいんだけどいいかな?」
高橋はある決意を固めて、この場を後にした。
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