第11話 論破の後に更に追い打ち

(これで予定していたことはできたか)


 採決の結果に、高橋は安堵する。

 結局のところ自分は政治素人なので、ふたばを副市長にして実務全般を取り仕切ってもらえればかなり楽になる。

 とはいっても、部長以上の幹部職員には、全員創政フォーラムの息がかかっている。

 指示を聞いている振りはするだろうが、実際には従わないだろう。

 しかし、ふたばなら末端の優秀な職員に働きかけることができる。

 後はゆっくりと時間をかけて、欠点を見つけ出したり、弱みを握ったりしながら、幹部職員の首のすけ替えを、その都度、創政フォーラムと話し合いながら進めていけばいい。


(片桐議員なら、その辺は柔軟に対応してくれるだろう)


 とは言っても、影響力を積極的に手放すことは、彼女もしないだろう。だから慎重に妥協しながら進めなければならない。

 っと、ここまで考えて高橋はため息をついた


(って波風できるだけ立てずに穏便にやりたかったけど、ぜってえ無理だよな。多分、これからあの人が来てグチャグチャになる。うおおおお! だから市長なんてやりたくねえんだ! 4年の任期が終わったら速攻で配信者に戻ってやる!)


 高橋は心の中で絶叫した。



「片桐議員、これで本当に良かったのですか?」


 悔しさに満ちた顔で天地は、片桐に問いかけて来た。


「ええ。これが最善の策です」


 ここで藤吉が、話に割って入ってきた。


「ガハハハ! 心配するな。部長以上の職員には全員我が会派の息がかかっている。高橋が副市長になにかさせようとしても、全て骨抜きにしてやるわ」

「……」


 この様な小ずるいことは、本当は好きではない。片桐は、藤吉と天地には嫌悪感があるが、高橋には好感を抱いている。しかし間違った考えのもとに行政を運営しようとしている以上、小ずるい手を使ってでも、高橋の策を阻止しなけらばならない。


「まずは市長と副市長には重要な情報を共有しないように、指示してください。また、全ての報告は私の基に集めるようにしてください」

「ぐぐ……了解しました」


 片桐に顎で指示をされ、自分の立場を改めて理解したのか藤吉は悔しそうに返事をする。


「あと、1つ気になったことがあります。高橋市長はどうやって、あれだけの職員の証言を集めたのですか? 直接聞いて回っては目立ちます。それにまだ就任ばかりですので、末端の職員から細かいことまで聞けるほどの信頼を得ているとは思えません」

「それは見当がつきます。恐らくゆず――」


 天地が言いかけたとき、突然議会の扉が大きな音を立てて開いた。


「ねえ、話しは終わった?」

「あなた見たところ20歳超えてるかどうか位の歳だけど、傍聴人は議場に入っちゃいけないのよ。そんなことも分からないの?」


 突然、議場に乱入してきた女の子を片桐は咎める。しかし女の子はそれを気にすることなく堂々としている。


「アンタ、私が誰だか分からないの?」

「ええ、知らないわ」

「あっそ。高橋! 市民代表として直接請求権を行使するわ! 副市長を除く部長以上の職員を全員解任してちょうだい!」

「あのね、お嬢ちゃん教えてあげる。直接請求には必要な手続きがあるのよ。必要な人数分の有権者の署名を集めて、選挙管理委員会の認証を受けなきゃいけないの。だからいきなり議会に乱入して訴えてもダメよ」

「今回の場合は市民の3分の1よね。もうもらってるんだけど。見る?」


 そう言って女の子は署名がぎっしりと詰まったファイルを見せてきた。ファイルには選管の認証印も押されている。


「ちょっと待って。直接請求が選管に認証されるまでには1週間はかかるはず。これでだけの期間があれば、絶対私達の耳にも入るのに。あり得ないわ」

「だからあ、昨日出して急ピッチでやってもらって、さっき終わったの。ってか、オバサンと話すことないから。高橋! これで決定してよ!」

「おば……ちょっと……」


 藤吉と天地が苦虫を潰したような表情で、片桐に話しかけてきた。


「片桐議員、恐らくコイツは本当に昨日署名を選管に提出して、先ほど認証を受けたのでしょう。忌々しい」

「そんな無茶が通るなんて考えられないわ」

「それをコイツは強引にやるんですよ。キイイイ! ゆず希めえええ!」

「……ゆず希」


 備後市に来たばかりで内部事情をよく知らない片桐だが、その名前には聞き覚えがあった。確か小橋前市長と高橋市長の有力な支援者だという、人気ダンジョン配信者の名前だ。

 あり得ない光景の連続に驚き、片桐は呆然となっていた。



”ゆず様だああ♡”

”ゆず様が高橋市長を救う!”

”死ね糞女!”

”消えろ。高橋市長を利用するな”


 ゆず希はとても癖の強いキャラクターであるため、カルト宗教の信者の様な盲目なファンが非常に多かった。しかしガチで殺したいと思っているヤバいアンチも同じくらい存在した。その両極端な層が両方配信を見ていたようで、コメント欄は大混乱に陥っていた。


(何故か俺の個人配信では信者しか来ねんだけどな。さて、どうしたもんかね。俺は穏便に持って来たいのに、こういう過激なことされるとなあ……)


 事前に止めていたが、やはりゆず希は暴走してしまった。本人は高橋と備後市のために行動しているつもりなのだろうが、やり方が過激すぎる。上手い落としどころはないものかと考えていると、片桐が苛立ちながらゆず希に再び話しかけ始めた。


「あなたこの署名と認証は本物かも知れないけど、要求内容と方法が非常識すぎるじゃない! なんで部長たちが解任されなきゃいけないの? 私達の会派と仲がいいからだとか、そんなんじゃ納得いく理由にはならないわよ!」


 ニヤニヤしながらゆず希は、懐から先日ふたばが忘れて帰ったボイスレコーダーを取り出し再生ボタンを押した。

 総務部長がふたばにパワハラとセクハラをしている音声が、議場に大音量で鳴り響いた。


”ゆず様最高です”

”高橋市長、ゆず様の勇気を無駄にしないでください”

”名越さんも一緒に晒しもんしてるじゃねえか! ふざけんな!”

”高橋市長、こんな非常識な女とは手を切ってください”


 コメント欄はゆず希への賛否両論で炎上し、議場は静寂に包まれた。当の総務部長は執行部席で顔面蒼白になり、言葉を失っている。


「これが直接請求の理由! 今の部長以上の幹部は創政フォーラムと皆ズブズブで、その権力をどいつもこいつも悪用して、至る所で好き勝手に横暴や不正行為ばっかりやってんの。これはその一例。だから全員解任しなきゃいけないのよ!」


(いやいやいや、ゆずさん、これ印象操作じゃないですか!?)


 確かに横柄な幹部は多いが全員という訳ではない。さらに総務部長のようにハラスメントまで行う者は稀だ。これは先日、ゆず希自身が仕入れた情報だとして高橋に言っていたことである。だが、この配信を見ているリスナー達は創政フォーラムとその影響力が及ぶ部長たちを、総務部長と同類だとみなし一括りにして嫌悪するだろう。


「総務部長だけじゃなくて他の部長が色々やってる証拠もこっちは握ってんのよ! ごちゃごちゃ抵抗するなら全部、マスコミやネットに公開してやるわ!」

(いやいや、他の部長が不正やってる証拠はないって、先日ゆずさん自身が言ってたじゃないですか!)


”高橋市長、ゆず様の勇気に答えてください”

”ゆず様、あなたの行動に感謝します”

”やり方はクソだがゆず希を支持せざる得ない”

”高橋市長、ゆず希は嫌いだがこれを無視するな”


 案の定、ゆず希のことが嫌いなリスナーも、印象操作にハマり始めた。

 執行部席の部長たちは、みんな青ざめた表情で身を縮めている。


(誰にでも人に言えない弱みってのはあるもんだからなあ。その暴露を臭わせて脅迫するようなことは、よっぽどのことがない限りやっちゃいけねえと思うよ俺は。もう本当に勘弁してくれよ。穏便にことを進めたかったのに……)


 泣きそうになりながら、高橋はついに決断する。


「分かりました。直接請求を受け入れて部長たちを解任します。ただし、総務部長はともかく、他の部長たちには、なにか不正行為を行ったという具体的な証拠が提示されていないので、一時的な処置だと思ってください」


 この言葉を聞いたゆず希が歓喜する。


「やったああ! みんな高橋のおかげで備後市役所がクリーンになるわよ!」



”高橋市長、あなたが正しい!”

”ゆず様、高橋市長が英断を下しました!”

“ゆず希の思惑通りになるのはシャクだが高橋市長はよくやった”

”高橋市長のおかげで市役所が浄化される!”

“高橋市長バンザイ!”



 コメント欄は高橋を賛美する言葉で包まれた。それを横目で見ながら、副市長に就任したばかりのふたばに指示を出す。


「君なら創政フォーラムの息がかかってない優秀な職員を多く知っているだろう? 代わりの人材を確保してくれないかな?」

「は、はい。色んな部署をまわってましたんで、適任者は把握しています。早速手配します」


 これにより政敵である創政フォーラムの評判を凋落させ、市役所からその影響力をほぼ排除することに成功する。

 同時に自身は市民やネット民から、さらに強い信望と尊敬を得ることになった。

 全てが高橋にとって良い方向に進んだのである。

 

(いや、こんなに急に進展したら、その分、反発も強くなるじゃねえか。俺はもっと穏便にやりたかったんだよ!)


 高橋は表面上平静を装っていた。しかし、内心では絶叫していた。

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