第3話 狼狽する老害議員とクソ部長


「グフフ。高橋の奴、予定通り、あの誰がどう見てもいい加減に作った補正予算を承認しましたよ」


 備後市では希望する市議会議員たちに、予算案の大まかな内容を説明する前日説明会が開催される。

 説明会開始の一時間前、会場となる市役所の会議室では、総務部長と小栗山派の大物市議である藤吉と天地が汚い笑いの声をあげていた。

 

「キヒヒヒ。配信者とかいう訳がわからん、いかがわしい仕事をしていた奴に、備後市の市政を任せる訳にはいきませんからね」

「ガハハ! 全くだ。高橋のような下らん若い奴は、早々にリコールして、我々の都合のいい人間を市長に据えなければな」


 総務部長の年齢は還暦を過ぎ、藤吉と天地は70歳をとうに過ぎている。

 そんなジジイたちが汚い笑い声を上げ、ヘイトを撒き散らしている様は、最早ホラーだった。

 他に誰かこの場にいたら、恐怖で身がすくんでいただろう。

 高橋に恥をかかせられる。これをリコールへの布石にできる。そう、確信している彼らは、その妄想にひたすら酔い続けた。



「キイイイ! な、何だこれは!?」

「どうなっているんだ、総務部長!」

「い、いえ、その……」


 説明会開始と同時に配られた補正予算案を見て、結託していた2人の市議と総務部長は慌てふためいている。

 高橋は、それを少し離れた場所で見ながら心の中でほくそ笑んだ。


(見たか、クソジジイ共。通常業務が終わった後、ふたば君と一緒に何日も深夜まで頑張った甲斐があったぜ)


 もっと言ってしまえば深夜に終わればまだいい方で、朝まで徹夜する日もあった。その苦労が報われた瞬間だった。


「そ、そんなはずはないです。確かに確認したんですが……」

「じゃあ、なんでまともな補正予算案が出てきているんだ。こんなことでは計画が台無しじゃないか」


 総務部長と市議2人は、こちらにバレないようにヒソヒソやりとりしてるつもりのようだが、完全に声は漏れていた。


(そうだよなあ。つい3時間前にも最終確認したばっかだもんなあ)


 早い段階で差し替えていたら、簡単に見つかってしまっただろう。だから説明会直前1時間前にすり替えた。

高橋は、業務について何も教えてもらっていなかったので、クラウドシステムのパスワードも分からなかったが、ふたばの協力があったおかげで、なんとか間に合った。

 全て上手くいった。だが、高橋の怒りは消えない。


(これから最初の市議会でちゃんと答弁できるように、予算の詳細とか資料とかを覚えなきゃいけねえ。それに素人の俺と、若い職員の君と2人で作った予算案だからな。気づいてないだけで絶対にどっかに不備があるだろうから、見直さなきゃいけねえ。クソ、俺がこんな面倒くさい目にあってるのは、全部こいつらのせいだ!)


 主犯格であろう奴らは、丁度ひとまとまりになっている。


(総務部長に隣にいる嫌味な顔したメガネのジジイが天地善太郎、隣の頭がいっちゃった顔してるヤバそうなジジイは藤吉明っていったか。備後市議会を牛耳る会派、小栗山派こと創政フォーラム……。代表で市議会のドンだった小栗山権三が市長選に出馬し、落選して引退した今、会派を仕切ってるのは、あの2人だったよな)


 少しでもうさを晴らすために、挨拶を兼ねてアイツらをディスリにいくことにした。


(まずは総務部長からだ)


「どうかしましたか?」

「そ、その……予算案の内容が……違う気が……」

「いえ、私が見たのはこの予算ですよ」

「そ、そんなはずは、こんな……ちゃんとした物では」

「え? ちゃんとしてない適当な予算を作って、私に承認させようとしたんですか?」

「そ、そんなことはありません! こ、こ、これは正しい予算です!」


(すげえ挙動不審になってるな)


やはりこいつはチョロい。なにかあったら楽に潰せそうだ。


(……次は藤吉を攻めるか)


「初めまして。藤吉議員。どうですか? この補正予算案は?」

「ふ、ふ、ふん! 稚拙で糞みたいな予算案だ……」

「ほう具体的には、どのあたりが稚拙なのでしょうか?」

「そ、そ、それは……今日は説明会だろうが! 予算審議まで待ってろ!」


(具体的な指摘ができないから怒って誤魔化したか。なるほどコイツはそういうタイプか。覚えておこう)


 最後に残った天地のとこに向かう。


「キイイイイ! その汚らわしい顔を私に近づけるな!」

「そんなに怒らないでください、天地議員。補正予算案について何かご意見があれば伺いたいと思いまして」

「何かご意見? そんなもの山ほどあるよ! お前みたいな奴に市政任せるなんてお先真っ暗だよ!」

「あのう、私は予算についてのご意見を求めているのですが」

「うるさい! うるさい! うるさい!」


(ダメだ、ヒステリックすぎて会話が全くできねえ。一番厄介なのはコイツかもな)


 主犯格であろう奴らへの憂さ晴らしと性格分析が終わり、視線を戻すと、資料をもらいに来ている市議たちの中に、近寄りがたい異彩を放つキャリアウーマンのような美女がいた。


(キリッとしてる知的な美人だな。顔は好みだけど、ヤバそうなオーラが出てるから、近寄りたくねえや)


 そう思っていた矢先、向こうから近づいてきた。


「初めまして市長。私、今回の選挙で初当選した片桐こはなと申します。私、この度、創政フォーラムという会派の代表に就任いたしました。よろしくお願いします」

「高橋です。初めまして」

(こいつが片桐寅之進の孫娘か。今回の市長市議のW選挙に出馬して、市議でトップ当選したとは聞いてたけど。会派はよりによって創政フォーラムか。しかしも後ろ盾があるにしても、初当選でいきなり最大会派の代表ってすごくねえか……)


 総務大臣や民自党参議院幹事長などを歴任した備後市出身の参議院議員、片桐寅之進。もう引退した上に、現職時代には党の都合で選挙区が変わっているが、未だに備後市でも強い影響力を持っている。


「今後ともよろしくお願いいたします」


 立ち居振る舞いからは、強い気品と知性を感じた。だが獲物を狙う肉食獣のような微笑みを浮かべていることが気になって仕方ない。ハッキリ言って怖い。


「本日はこのように簡単な挨拶しかできませんが、また改めてお話しさせてください」

「は、はい、よろしくお願いします……」


 深々と礼をしたあと、片桐は去っていく。

 高橋は必死に平静を装いながら、背中を見送った。

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