第2話【私の文章】『鉄格子の呻き』

それからというもの響子は、あの時を境に道哉のことばかり考えるようになってしまった。


サクラを抱き上げる度に、逞しい腕の温もりや香水の甘さがふと香ってくるようで、その度に切なさで苦しくなる。


「あ~、あの逞しい肢体に包まれながら、何もかもを忘れて身も心も甘い媚薬で溶けてしまいたい…!!」


もし、再会してしまったら衝動的に秘めた苦しい恋心を打ち明けてしまうのではないかという葛藤に支配されるようになり、日課だったジョギングも大好きだったガーデニングも行わなくなった。


飲食も睡眠も殆ど摂らなくなり、猫を抱きながら虚ろな表情で窓辺に佇む姿は、まるで幽霊そのものだった。


人が行き交う度に、道哉に見えてしまい、目を見開いて窓から覗き込むようになった。


ここの所、早朝ジョギングを行っても、さっぱり響子に出逢わなくなってしまった。

1週間後も2週間後も状況は変わらなかった。


何か有ったのではないかと心配になり、向かいの住人に様子を尋ねた。

すると、ここ2週間程、窓辺に佇みながら虚ろな表情をしているとのことだった。


麗らかで暖かい陽光が照っているのに、翌日は凄まじい強風が吹き荒れていた。


玄関前に佇み、インターホンを鳴らしてみた。

1回、2回と押してみても無返答のままだったので諦めて帰ろうと思い、紙袋に入ったスポーツタオルと、猫の餌を地面に置いて走り書きでメモを残していた時だった。


施錠の解除と少しずつドアの開く音も聞こえた。

「あらっ、紫野さん!!この間は、サクラを見付けて下さって、本当に助かりました。有難うございました!!直ぐに御礼をしなくてはいけなかったのに、ウッカリしていたもので気が利かなくてごめんなさいね!!もし、良かったら上がって下さい。」


強風に靡く髪が乱れているのに笑顔で話す姿は偽りで、少しやつれた蒼白さと目の下の隈を見た瞬間に、以前から募っていた感情の土砂が崩れていく気配を感じたのだった。


玄関内のドアを閉めた瞬間に、厚い頑丈な腕で力強く包み込みながら、最初に挨拶を交わした時から一目惚れしていたこと、口にしては迷惑をかけると必死に言い聞かせてきたこと、やつれた姿を見たら本当の心境を言わずにはいられなくなったことを真剣な眼差しで告げた。


本心を口にした瞬間、灰色の鉄格子に開閉を禁じられていた、重い扉が低い呻き声を立てながら、ゆっくりと開き始めたのだった。





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