第35話 奥山海賊衆の過去
奥山の名を冠する海賊2人を含む数名の若い海賊らを捕縛した俺たちは、とある確認を済ました後に島長の屋敷を包囲している海賊どもの背中を襲った時真らと合流した。
この段階ですでに和睦の提案はむこうに投げられており、兵らの衝突は一時的に起こっていない。
これから先、再び剣を交えることになるのかどうかは、これから始まる交渉次第である。
「この俺を相手に話で解決しようとする奴は初めてだ」
「そうであろうな。さすがは悪名高き奥山海賊である」
「褒めたところで何もでないぞ、小僧め」
ここは島長の屋敷である。
すでに幾度も行われた籠城戦のせいで屋敷中無茶苦茶になってはいるが、立場上大将と位置付けられた清善がいた大広間はひざを突き合わせて話が出来る程度には片付いていた。
ゆえにここで和睦の話し合いが行われているのだが、顔を突き合わせているのは俺と奥山海賊の頭領のみではない。
庭先には大勢の海賊が所狭しと集結しており、俺の登場から一挙手一投足にいたるまですべてに野次を飛ばしてくる。
一方で俺の背後にも家臣らが従えており、もちろん今回襲撃にあった清善も控えていた。また直接指揮をとった家房は大したものでは無かったが負傷していたため、現在大事を取って治療中である。とは言っても大したことは出来ぬため、大井川領に戻るまでの応急処置だ。
とにかくこんな環境で和睦交渉をしているために、とにかくやかましい。
比較的俺の背後は静かにしているが、それでも海賊の不遜な態度に腹を立てている者たちが大半である。
「で、だ。まんまと海賊の罠にはまって、間抜けにも自身の家臣を危険に晒した。そのような男にこの島を預けることは出来ない。島民とも刃を交えてしまったからな。あの者たちも貴様らに従うことは出来ぬであろう」
「こちらは極力民が被害にあわぬよう配慮したと報せを受けている」
「だがそれでも大勢の民が死んだ。最初に屋敷を包囲した段階で大人しく投降していればこのような被害が出ずに済んだというのに。これがまごうことなき事実であり、武家の横暴さを、自分勝手な一面を奴らはしかと目に焼き付けたことであろう。今後俺たちを島から追い出したとしても、奴らはお前らの支配を受け付けない」
背後からは「よくもそのようなことが!」との声が飛ぶが、目の前の男はそんな声も気にしていないようであった。
すぐ近くに陣取っている道房が「そろそろ切りますか」と囁くが、俺は頷きも何もしない。そうするとまだその時では無いのだと、道房は大人しく引き下がった。
本当ははらわたが煮えくり返るほどに腹立っているのであろうが、あくまで道房は冷静であった。隣には今にも飛びかからんと腰を浮かせたがっている2人がいるから余計に冷静になれるのであろうか。
しかし俺としても有益な情報が欲しいと思ってしまう。ゆえに奴らの動揺を誘うのはもう少し後でなければならないのだ。
「いったいなぜそこまで武家を嫌う」
「嫌う?違うな、最初に俺たちを捨てたのは武家だ。俺たちは元々…」
少し前に同じ問いを投げかけた。
あの時の言葉を深堀するための問いであったのだが、思った以上の熱量で返答があったため、俺も驚いて言葉を失ってしまった。
しかしそれは海賊の方も同じであったようで、ハッとしたように口を閉ざした。
続けて何か憎まれ口をたたかれるのかと思ったが、なぜか連中は静かになってしまう。
「俺たちは互いのことを何も知らない。この機会に腹を割って話すというのはどうだ?」
「なんのつもりかは知らぬが、その手には乗らん。時間を稼げば今川の兵が来るのか?それとも外をうろついている傭兵どもが上陸を仕掛けてくるのか?もしそのようなことをするならば、お前は二度と俺と顔を突き合わせて対話する機会を失うだろう。むしろ貴様らからすればそちらの方が都合が良いのか」
「気分が昂ぶっているところ申し訳ないが、御屋形様はこの神高島の件についてすべて一色家に任されたゆえ援軍など来ぬ。それと染屋の傭兵団はあくまで海上での助力のみの約束であるから、上陸を仕掛けてくることも無い。この騒動の終幕は俺とお前の2人にかかっている」
「そのような言葉を信じられるほど俺は」
「俺も調べたことがある。この神高島について」
俺の言葉に海賊は開きかけた口をゆっくりと閉じた。
何か知られたくない事実があるのか、あるいは興味を持ったのか。
しかし時間をくれたのだから、ここからは俺の番だ。しばらくは一人で話をさせてもらうとしよう。
「この桐割村。歴史はたいして長くないはずだ。かつては無人の島であったと一色の書庫にあった」
「…」
「伊勢新九郎盛時様は今川家の世話になっていた頃に幕府の将軍擁立に関与していたらしい。そして新九郎様の配下には伊豆の土豪であった奥山という一派がいたそうだ。その者たちは領地こそ小さかったものの、長年伊豆に根付いていたこともあり周辺海域の潮を読むことに長けており、その才を宗瑞様は重宝した。これは我が祖父の時代に当時敵対関係にあった今川家の内情を探った資料の一部である。この奥山とお前たちに関係があるかどうかは分からぬが」
ちらりと顔を伺い見たが特に反応は無い。
だが当初の勢いはどこへやら。庭に集まる者たちすらも静かに俺の話を聞いていた。まこと意外なことにな。
「事件が起きたのは延徳3年のこと。伊豆の堀越公方家家中でとある騒ぎが起きた。素行の悪さを理由に廃嫡され、土牢に閉じ込められていたはずの長子である茶々丸様が異母弟とその母親を殺害し堀越公方の家督を継いだのだ。この事件が発端となり伊豆の討ち入りがおきたと記されていたのだが、問題は殺害されたという異母弟の亡骸だけが損傷がひどすぎたために本人であると断定されなかったことである」
資料にはそれ以上言及はされていなかった。
おそらく探ってもそれ以上は何も出てこなかったのであろう。それゆえにここからは俺の推察がたぶんに含まれている。
合っているかどうかはこの者たちの反応から探っていくとしよう。
「この騒ぎから少しした頃、神高島に人が住み着いたという。住み着いた者たちがいったいどこから来たのかは不明とされていたが、時期と地理的な状況から俺は伊豆で殺害されたという元嫡子とその一派がこの地に逃れてきたのではないかと疑っている。つまりこの島に村を建てた最初の人物は、茶々丸様に殺害されたと言われていた元堀越公方家嫡子である潤童子様であるという仮定だ」
「でたらめだ。すべては小僧の推察に過ぎない」
「そうだ。ゆえに最後まで話を聞け」
「チッ」と舌打ちが聞こえてきたが、余裕の態度を示すためかまた黙って俺の言葉を待っていた。
こちらも遠慮など必要ない立場であるため、そのまま言葉を続ける。
「たしかに神高島は大井川領や東海の様々な地域から目で見えるほどの距離にある比較的近い存在の島ではある。しかしその地に至るには熟練された操船術が必要であり、我が大伯父の船も何度か沈められたとあった。そんな危険な立地にある島が身を隠す場所として選ばれた。つまりその地にいたる勝算があったということであろう。当時、新九郎様に付き従っていた奥山の者たちの手引きがあれば」
「…いくら潮の流れが読めたとしても、この島にたどり着くことは容易ではない」
「そうであろうな。ゆえに口封じをされそうになったのではないか?この島に至るための手段を持つ奥山の者たちさえ消しさえすれば、神高島に隠された潤童子様が二度と世に出る必要がなくなる。あるいは伊豆切り取りの口実が得られる」
「…なにゆえそこまで分かった」
「先ほどお前が言った通りだ。これは残された当時の資料を参考にしたただの推察にすぎん。実際潤童子様がこの地に渡った証拠など無いし、すでに伊豆から存在ごと消された奥山家の行方を追うことも出来ぬ。前触れもなく姿を消してしまったゆえな。だが今の仮定であれば、なんらおかしな点は無い」
前から気になっていた。伊勢新九郎盛時こと北条早雲がなにゆえ堀越公方家の跡目争いに積極的に関与していたのか。そして次期室町将軍の擁立についても関わっていたのか。そもそも堀越公方家では素質から見ても潤童子様が家督を継ぐことが望まれていた。そんな状況下で運よく土牢から茶々丸様が逃げ出し、そして嫡子母子を殺害した。これがたまたまと言えるのか。
かつての盛時は駿河への下向が命じられる前は公方の近侍であったり、申次衆に任じられていたこともあって中央とのつながりは持っていたのであろう。しかしそれにしたってである。
最初から伊豆を自らの手で掌握するための理由づくりをしていたようにしか見えなかった。
そもそも伊豆討ち入りも公方や管領の事実上の承認あってのものだ。決してよそ者である北条早雲が蔑ろにされないよう、徹底的に根回しがされているように思える。
「武家を憎む理由。不当に伊勢の配下から追い出されたのか」
「俺も詳しいことは知らねえ。だが爺様はようやく伊豆も落ち着きを取り戻すことが出来ると伊勢様に協力していたんだ。だが奴らが最後に我がご先祖様方に突き付けたのは討伐されるか、自ら伊勢の庇護から外れるかの二択であった。その理由は小僧が言った通りだ」
「口封じだな」
「討伐の一択にならなかったのは、潤童子様を生かすために尽力した奥山家の功を伊勢様が鑑みてくださったからだと聞いている。それでも伊勢様に京の時代から従う連中は奥山家が伊勢様にとって最大の秘密を握っていることを危険視した。潤童子様の行方を唯一知っている我がご先祖様を消さねば、もし明るみに出れば伊勢様が伊豆一国を任されることになったことが取り消されると思ったのだろう」
奥山家は仕方が無く下野した。伊豆での戦を望まぬと、奥山家の信念を貫いたのだ。
そしてそのまま操船技術や海上で戦う術を駆使して海賊となったということか。
武家を憎むというのも理解できるというものだ。伊豆の公方家問題や関東の情勢に翻弄され疲弊していたからこそ他所の人間である伊勢盛時に賭けたのだろうが、結果として自分たちはその中から排除されることになったのだからな。それも伊豆切り取りの特大の功をあげた一族であるというのに。
「話は聞いてやった。そして小僧の欲しかった言葉も聞かせてやった。この島の由来についてどうするかまでは俺が口出しすることではない。今さら北条の名が落ちたところで我々には何の関係も無いからだ。だがこの島の領有については断固として認められるものでは無い。俺たち奥山の者たちが再びこの島に足を踏み入れてから、足利の血が流れている者たちを守ってきたのは俺たちである。これだけは決して譲れぬ事実だ。今さらお前たちが介入してきたからと言って」
「たしかに知りたいことは確認できた。俺としても長年のつっかえが取れたようで気分も多少はよくなったような気がする。だがこれに関しては和睦と直接的な関係は何もない」
「…何?」
随分と長いことかけて話してきた内容が和睦に関係なかったと言われて、海賊連中は訝しげに俺を見ていた。
だが本当にこればっかりは何も関係ない。ただ俺の知的好奇心を満たしたかったことと、精神的な距離感を少しでも近づけようと思ってやったことである。
本題はここからだ。
俺が振り向けば、道房が待ってましたと言わんばかりに部屋を出ていく。
「さて、では和睦に関する話を詰めていくとしようか」
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