第40話 帝国少女-1
「なんであんたがここにいんの?」
「なんでお前がここにいるんだ」
学校の授業が終わり、すっかり日も暮れた午後八時過ぎ。ネオン煌めく歌舞伎町。
私達は顔を合わせた瞬間、同時に声をあげ、苦虫を噛みつぶしたような顔で互いを見た。
「なんであんたがここに? 管轄は渋谷だって言ってたじゃん」
「てめえこそ、ガキの癖にこんな時間になんで歌舞伎町なんかうろついてんだ。ガキはとっとと帰れ」
「まさかあんた、スケルトン事件を? はぁ……6課って、ひょっとしてあんたしかいないわけ? もう二度と顔を合わせなくて済むと思ったのに」
「それはこっちの台詞だっつの」
チィッ! と聞き慣れた舌打ちが繁華街に響く。
冬華に頼まれた人探しをしようと意気込んでいた私の前に現れたのは──いつも通りの黒いスーツを身に纏った、永月秋人だった。
「お前自身に全く興味はないが、偵察の意味で聞いておく。お前、スケルトン事件の調査してんのか?」
「いや、私は冬華に頼まれて人探し中。あんたこそどうなわけ?」
「てめぇには関係ねえだろゾンビ女」
こいつ、人には聞いておいて!!!
どうせ私に誘拐事件の手柄を取られたの根に持ってんでしょ? 駐屯地で顔合わせても今まで以上の塩対応してきやがるし、ほんっと女々しい奴。
「あっそ! じゃあ精々頑張ってれば? 私はもう行くから、次見かけても絶対声掛けないでね」
「分かってるっつのクソッタレ」
私達は顔を近づけて睨み合い、そしてお互いに踵を返し歩き出した。その瞬間──。
テロテロテロテロテロン♪ テロテロテロテロテロン♪
私と永月のスマホが、同時に着信を知らせる。
お互い訝しむように振り返った後、再び背を向けて通話をタップした。
「もしもし、冬華?」
『アイちゃん。永月くんと合流した?』
「え? 合流って? 確かに今ちょうど永月とばったり会ったけど……」
『そっか。良かった。実は6課も歌舞伎町に潜入捜査員がいるらしくて、永月くんが今回その人に話を聞きに行く担当なんだって。だから6課と相談して、今回もアイちゃんと永月くんでバディを組んでもらうことになったの』
「「はぁっ!?」」
二つの声が重なる。
振り返ると、永月もスマホを耳に押し当ててこちらを振り返っていた。
「ちょっ冬華、そんなの聞いてないよっ! 無理っ! あいつと組むのはもう無理だって!」
『うーん。でも人探しとはいえ、アイちゃん女の子だし。夜の街を一人で歩くのは危ないでしょ?』
「大丈夫! 私一人で全然大丈夫だからっ! だって、いざとなったらエナジクトの力で男なんて吹っ飛ばせるし!」
『う~ん。そうかもだけど、やっぱり私が心配になっちゃって。私の大事なアイちゃんが危ない目にあったり、拐われちゃったりなんて考えたら、夜も眠れなくなっちゃいそうだよ?』
「私の大事な、アイちゃん……?」
冬華、そんなに私の事想って……。
「……分かった。うん……うん……じゃあ、また後で」
通話を終了すると、「おい」と背後から声を掛けられる。
振り返ると、永月は全てを諦めたようにため息をつき、「とっとと行くぞ」と歩き出した。
「で、探してるホルダーの情報は?」
「ああ、それは確かここに……」
スマホに送られてきていた情報を開く。
清甘(しんかん) 天愛来 (てぃあら)。
16歳女子。身長155センチ。
写真が添付されている。黒髪ぱっつんツインテール。ファッションもメイクも、いわゆる地雷系女子そのものだ。
え? てか情報これだけ? いそうな場所の情報とかは?
永月がスマホを覗き込み、チィッと舌打ちをした。
「こんな奴、この街にゴロゴロいるぞ。どーやって探すってんだ。ったく」
それには私も同意だった。
冬華との温泉デートにつられて二つ返事で請け負っちゃったけど、こういう女子なんてこの街にわんさかいるし。見つけるのは至難の業だろうなぁ。
「とりあえず『トーヨコ』辺りを探るか。そういう奴ってその辺に集まるんだろ?」
「うん。そうだね」
いや、私はド田舎育ちなんで。テレビでしか見たこと無いんだけど。
やばい子がいっぱい集まってるイメージが……。とりあえず、行くしかないか。
気が進まないけど、私達はいわゆる『トーヨコ』へと向かった。
ビルに囲まれた広場の前に、夜中でも煌々と光る巨大なスクリーン。そのスクリーンの下に、若い人が集まって騒いでいた。
謎のテンションででんぐり返りしながら叫んでいる人達。倒れて救急搬送されている子に対して囃し立てている仲間。何故か路上で焼き肉してる人。
なんともまあカオスだ。っていうか関わりたくない……普通に怖いんですけど!
若干引き気味になりながら隣の永月を見ると、文字通り、まるで肥溜めでも見るような目でその光景を眺めていた。
「ひでぇ有り様だ。まあ、こいつらもある意味では被害者なんだろうな……あいつはこうならなきゃいいんだけど」
「あいつって?」
「なんでもない。全く足を踏み入れる気はしねえけど、行くぞ」
永月は顔をしかめながら、ゴミが散乱している広場へと踏み出した。私も恐る恐るそれについていく。
「声掛けんの、お前がしろよ」
「はあ!? なんで私が!?」
「俺みたいな大人が声掛けたら警戒すんだろ。何のために制服着てんだ。ゾンビ女」
「大人って……あんただってまだ高校生やってるじゃん!」
そう。永月は誘拐事件の後も曼荼羅高校に通っているのだ。
ソラを洗脳した犯人が校内にいるかもしれないとの事で上司から命令され、渋々といった感じでだけど。
「え!? おにーさん超イケメンじゃんっ!」
「マジ!? ほんとだー!」
突然テンションの高い女の子二人が永月に詰め寄り、目をキラキラさせながら話しかけてきた。
どう高く見積もっても高校生くらいの女の子二人の手には、ストローの刺さったなんともまあストロングな感じの缶チューハイ。
それを見た永月の眉間にシワが寄る。
「えー! マジでビジュいいんですけど~! もしかしてホスト? 店どこ!?」
「おにーさんなら初回で指名してあげてもいーよっ! 店行こ!?」
「いや、俺は刑事(デカ)だ」
永月は女の子二人を睨むように見下ろしながら、バカ正直に警察手帳を見せてそう告げる。女の子二人の顔色が一気に変わった。
「ちょ! 永月!? それ言っちゃ……!」
「はぁ!? ケーサツ!? 補導しにきたわけ!? ウザッ! 帰れ!」
女子の一人が叫んでスト缶を投げつける。それを片手で軽々キャッチする永月。
そして永月は、女子の目を冷たく見下ろしたままその缶をぐしゃりと握りつぶした。中のチューハイが吹き出し、永月と目が合った女子の顔色が青ざめる。
「それ、親に習ったのか? 嫌なことがあったら人に缶チューハイ投げつけていいって……そう習ったのか?」
永月は乱暴に缶を地面に投げつけ、それを革靴で踏み潰す。グシャッと完全に潰れきった缶から、再びチューハイが飛び出した。
女子がヒッと悲鳴を上げて抱き合う。周囲の人が何事かとこちらを見た。
「これ、中身入ってたよな? 勿体ねえよな? なんで俺に投げていいと思った? つーか人に物って投げていいの?」
「ごっ、ごごっ……ごめんなさい……!」
「ごめんなさいじゃねえんだよ。なんでこんな事したかって聞いてんの。日本語分かる? 分かんねえの? なあ……どっち?」
永月が一歩踏み出すと、女子達は半泣きで震え始めた。
やばい。こいつ相当キレてる。これ以上ここにいたら……やばいっ!
「行くよ永月っ!」
私は永月の腕を引っ張り、一目散にトーヨコを後にした。
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