【10】血は争えませんわ!
「あのー、すみません! 決闘場はこちらで合ってますか?」
「――ッ!? 貴様ッ! 新手の花婿候補か!!」
もはや結婚相手など探す意味も無いと僅かながらに思いつつあったラングロア公爵の許に、訪問者が現れた。
「あ……はい。そうです。ぼくはルトルと申します」
ラングロア公爵の勢いに若干引き気味だが、その青年はルトルと名乗り、自己紹介を始めた。
「公爵領の山奥の村に住んでいまして、灰色狼の毛皮を売りに冒険者ギルドに立ち寄ったんですが、そこで公爵様の御触れを目にしまして……」
「山奥の村……なるほど、それは盲点だった。領土内の男たちの目に触れるようにと数百の御触れを出したが、山奥にも人が住んでいるということを失念していた……っ」
「数百? お父様、そんなにもたくさんの御触れを出したのですか?」
「当然だ! ようやく我が娘が結婚相手を探す気になったのだぞ? だとすれば、公爵家の力を最大限に発揮して最良の男を見つけ出すのが父である私の務めというものだろうが!」
その務めとやらも、聖騎士アルバン・インクラードをグーパン一つでぶっ飛ばしたことで水の泡となったわけだが、後悔しても時は戻らない。
「あの、ぼくはこの通り平民です……貴族でもなければ、魔物退治を生業にする冒険者でもありません。こんなぼくでも、立候補とか……してもいいんでしょうか?」
「ええ、大歓迎ですわ!」
ルトルの不安は一蹴された。
此度の結婚相手探しには、参加条件は一つしかない。それはアリーヌと一対一で決闘を行い、勝つということだ。
たとえ容姿に優れなくとも、たとえ平民であろうとも、たとえ性格が最悪だとしても、その全てに目を瞑る覚悟があった。
「さあ、こちらへどうぞ」
転がったティーカップを置き直した後、アリーヌはルトルを案内する。
決闘場の舞台へと上がった二人は、互いに向かい合った。
「ルトルさんは、腕に自信はおありかしら?」
「はい。村の中では一応、ぼくが一番強いと思います」
「そう? それなら楽しみですわね」
ニコリと微笑む。
その笑みを見て、ルトルもまた口元を緩める。
「それでは双方、準備は良いな?」
一週間振りに花婿候補が来たので、ラングロア公爵は胃の痛みが少しだけ和らいだ。
願わくは、このままアリーヌが怪我をせずに敗北し、丸く収まることを祈るのみなのだが、当然そう簡単に話が進むはずもなく。
「あの、その前に一つ……確認させて下さい」
「何だ、申してみよ」
「えっと……ぼくが勝ったら、本当にアリーヌ様はぼくと結婚してくれるんですよね?」
「ええ、もちろんですわ。そういう条件ですもの」
何を今更と、アリーヌが言葉を返す。
すると、ルトルは胸を撫で下ろし、ホッと一息吐いてみせた。
「その言葉を聞いて安心しました。よし、頑張るぞ……!」
「ふむ、その心意気や良し。後は貴様の腕っぷしが我が娘を上回るか否かの問題だな」
「はい! この勝負に……アリーヌさんに勝って、五人目の奥さんを作ってみせます!」
「うむ、我が娘を五人目の奥さんにして……って、……ん?」
頷き肯定していたラングロア公爵だったが、その途中で思わず反応する。
当然、それはアリーヌも例外ではない。
「……ルトルさん? 今、なんと仰ったのかしら?」
「はい?」
「わたくしの聞き間違いでなければいいのだけれど……確か、五人目の奥さんがどうとか聞こえたのですが……」
「ああ、はい! そうです!」
アリーヌが疑問を口にする。
と同時に、ルトルは明るい声で肯定してみせた。
「ぼく、奥さんが四人います。実はぼくの村では一夫多妻制なんですよ。だからアリーヌさんに勝つことができれば、五人目の奥さんをゲット! ってことになりますね!」
「一夫多妻制……そう、ふふ……そういうことだったのね」
それはもうあっさりと疑問が解決する。
そのおかげか否かは不明だが、アリーヌは優しく微笑んだ後、ゆっくりと両手に握り拳を作ってみせた。
「あぁ、楽しみですわ。ルトルさんと拳を交えるのが……」
「ぼくもです! 早くアリーヌ様を村に連れて行きたぐへあっっっっぅぅぅ!!」
それはまさに一瞬の出来事だった。
アリーヌが握った両拳がルトルを捉える間もなく、先手を切った人物がいた。
その人物とはもちろん、ラングロア公爵だ。
「貴様のようなゴミクズに娘はやらんわッッッ!!」
貴族にあるまじき行為だが、ラングロア公爵は中指を立てて「死ねボケ! クズが!」と何度も連呼し、既に姿形も見えなくなるほど遥か彼方へとぶっ飛ばされたルトルに向けて罵声を浴びせ続けている。
「……お父様。わたくし、一つ確信しました」
そして、そんな父の姿を瞳に映すアリーヌは、優し気な表情を崩さずにそっと呟く。
「わたくし、お父様の血を受け継いでいますわ……ええ、それはもう色濃く」
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