【6】逞しい体つきですわ!

「おう、テメエがアリーヌか?」

「……はい?」


 ラングロアの町中で自己分析をするアリーヌの許に、がっしりした体格の男性が近づき、声を掛けてきた。


「そうですけれど、貴方はどちら様かしら?」

「俺様はドノーグ! 銀級一つ星の冒険者だ!!」

「――ッ、冒険者……!」


 その男の名は、ドノーグ。ギルドに所属する冒険者の一人だった。

 アリーヌは、ドノーグが冒険者だと知ると、途端に目を輝かせる。


「なるほど、通りで逞しい体つきをしていますのね」

「おう? ……おう、そうだろう? くくく、よく分かってんじゃねえか」


 初対面にもかかわらず、公爵令嬢から褒め言葉を受け取り、ドノーグは上機嫌になった。


「ところで、ドノーグさんはわたくしに何か御用でも?」

「おう、あるぜ! 用があるからテメエに会いに来たんだ!」


 アリーヌと言葉を交わすドノーグは、冒険者として魔物退治を生業にしている。

 しかも銀級一つ星といえば冒険者の中でも上位に位置するので、腕っぷしを疑う必要はないだろう。


 そんなドノーグが、アリーヌを探していた。冒険者としての仕事を休んで会いに来た。

 その理由は一つしかない。


「アリーヌ・ラングロア! 俺様の嫁になれ!」


 町中に響き渡るような大きな声で、ドノーグは口を開いた。

 領民たちの注目を集めようがお構いなしといった様子だ。


「いいか、これは命令だ! テメエに拒否権はねーから!」


 これが白馬に乗った王子様の台詞で、更にもう少し優しく言ってくれたのであれば、心を動かされることもあったかもしれない。


「ふふ……貴方、面白いことを言うのね?」


 否、アリーヌは相手を顔で判断することはない。

 絶対的な基準となるのは、いつだって強いか否か、それだけだ。


 故に、ドノーグにはほんの少しだけチャンスがあると言えるかもしれない。

 もちろん、言葉通りほんの少しだけだが……。


「ええ、別に構わないわ」


 その言葉を耳にして、ドノーグは口元を意地悪く歪ませる。

 一方で、領民たちは「嘘だろ……!」と絶句していた。


 我らが愛すべき公爵令嬢アリーヌ・ラングロアが、どこの馬の骨とも知れない小汚さ全開の冒険者の妻になるなど、決して耐えることができない。

 たとえアリーヌがグーパン一つで聖騎士の青年を遥か彼方までぶっ飛ばしたのが事実だとしても、それとこれとは話が違うのだ。


「お、お止め下さいっ、アリーヌ様!」

「そうです! もっとご自身を大切になさって下さい!」

「私たちのアリーヌ様がそんな乱暴そうな男とくっ付くなど耐えられません!」


 遂に領民たちが声を上げ始める。

 しかし時すでに遅し、アリーヌはドノーグの命令に対して前向きだった。但し、


「――ところで、条件は分かっていらっしゃるのよね?」


 問う。

 アリーヌが確認の意味を込めて。


 既に御触れに目を通していたのだろう。条件を知るドノーグは、口角を上げたまま「当然だ!」と返事をして頷いた。


「テメエを一対一の決闘でボコボコにする! めちゃくちゃ簡単な条件だよなぁ? んなもん、ゴブリン一体を探し出して倒すよりも楽勝だぜ!」

「ふふ、お分かりでしたら話が早いですわ」


 ダメだ、このままではアリーヌ様が酷い目に遭ってしまう。

 止めなければ、領民である自分たちがこの手で止めなければならない。


 二人の行方を見守る領民たちは、ただ傍観しているだけではなかった。

 ドノーグの魔手からアリーヌを守るために、一人、また一人と前へ出る。


「銀級一つ星の冒険者がなんだ! こちとら領民歴四十年の中年だぞ!」

「そうだ! アリーヌ様を傷付けようだなんて、百年早いんだよ!」

「そうだそうだ! おれたちの目が黒いうちは指先一つ触れさせないぞ!」

「わたしたちだっているわよ! 石ころぶつけてやるんだから!」


 ワイワイと集まり始めた領民たちは、あっという間にアリーヌとドノーグを取り囲んでしまう。絶対に逃がさないぞ、絶対にアリーヌ様を守ってみせるぞ、と言わんばかりの勢いを感じた。


「静まりなさい、可愛い可愛い我が子たち」


 だが、アリーヌは片手を上げて、それを制する。

 領民たちを「我が子」と称することで、一瞬で静寂を手に入れた。


「これはわたくしが決めたことなの。だからどうか見守っていてちょうだい」


 その台詞に、領民たちは心を打たれる。

 アリーヌを信じろ、と。アリーヌ自身から言われてしまっては、もはや一切手出しすることはできない。


 そんな領民たちの姿を一瞥した後、アリーヌは微笑む。

 それはこの場にいる全ての領民の心を掴むものだった。


 その実、これでようやく拳を交えることができるとほくそ笑んでいることは、アリーヌ自身を除いて気付く者は誰一人いなかった。

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