第8話 「落とし穴」

 夜が明け、しゃらくが少年と母親に見送られ、長屋を後にする。

 「さて、ウンケイを探すか」

 しゃらくは鼻をクンクンと動かし、辺りの匂いを嗅いでいる。

 「ここらには、いなそうだなァ」

 しゃらくは、少年の母親に握ってもらった握り飯を頬張りながら、呑気に歩く。すると、しゃらくが突然消え、ドスーン! 大きな音が響く。

 「いってェェ!!」

 地面の下からしゃらくの声が響く。しゃらくは、地面に掘られた穴の中で倒れている。穴の深さは、しゃらくの上背の三倍はある。

 「どこのどいつだァ! こんなとこに落とし穴を掘りやりがったのはァ!」

 穴の中でしゃらくは、叫びながらもむしゃむしゃと握り飯を頬張っている。

 「大丈夫ですかー!?」

 すると、ギャーギャーと騒ぐしゃらくの声を聞き、一人の娘が地上から顔を覗かせる。

 「うおォ! 美人のおねェちゃん♡」

 しゃらくは穴の中で、鼻の下を伸ばしてニマニマと笑っている。

 「大丈夫じゃねェんだ。おねェちゃん助けてくれよう」

 穴の中で地上へ腕を伸ばし、相変わらずニマニマと笑っている。

 「ちょっと待ってて下さい! 人を呼んで来ます!」

 そう言うと、娘がその場を立ち去る。すると、しゃらくは娘を追いかけるように、軽々と地上へ跳び上がる。

 「待ってくれよう! おねェちゃん!」

 声に驚き、娘が振り返る。

 「えぇ!? 出られたんですか?」

 「うん。そんなことより、おれとお茶しない?」

 「・・・気をつけて下さいね? この辺りは落とし穴が多いですから」

 「ん? 何で?」

 「他所のお侍さんや盗賊達が攻めてくるのを防ぐ為です」

 「ふーん。そんなことよりさァ・・・」

 「じゃあ失礼します」

 娘は笑顔で立ち去ろうとする。

 「待って。せめて名前だけでも」

 「え? ・・・しぶです」

 「お渋ちゃんかァ〜。おれはしゃらく。んじゃお茶でも・・・」

 「では!」

 お渋と名乗る娘は、足早に去っていく。

 「お渋ちゃァ〜ん!」

 しゃらくは膝を着き、お渋の背中を見送る。お渋の向かう先には、ビルサの城がそびえ立っている。

 「行っちまった。・・・だが確信したぜ、お渋ちゃん。君だったんだな運命の相手はァ!」

 しゃらくが鼻息を荒くし、目を爛々らんらんと輝かせている。

 「待ってくれェ~! お渋ちゃァ~ん!!」

 するとしゃらくがお渋の後を追いかける。ドスーン! しゃらくが、また落ちる。



 一方のウンケイは山を降り、城下の町を歩いている。ウンケイとすれ違う町人達は、見慣れぬ大男に警戒している。

 「ったく。あの馬鹿野郎はどこだ?」

 すると、一人の娘がウンケイにぶつかって転ぶ。

 「おっとすまない。大丈夫か?」

 「ごめんなさい! 急いでいたもので。お怪我はないですか?」

 ぶつかった娘は先のお渋という娘で、咄嗟とっさに謝った後、見慣れぬ大男を見て驚く。

 「怪我しそうに見えるか? ほら、着物が汚れちまうぜ」

 ウンケイが手を差し出し、お渋はそれに掴まり立ち上がる。

 「・・・ありがとうございます。それでは」

 お渋は少し頬を赤くし、頭を下げる。そして城の方へ去って行く。

 「・・・城に仕える娘か? 何か情報を聞いときゃ良かったな」

 ドォーン!! すると再びウンケイに何者かがぶつかる。しかしそれは物凄い勢いで、ぶつかったウンケイも転ぶ。

 「おい何だ!」

 見るとそこにいるのは、痛そうに頭を抑えたしゃらく。

 「お前かよ! 何しやがんだ!」

 「いてて。あ! ウンケイじゃん!」

 「あ! じゃねぇよ。今まで何してやがったんだ」

 「ウンケイ! おれはあの城をぶっ飛ばすぜ! 手ェ貸せ!」

 しゃらくは顔や着物を泥だらけにして、にっこりと笑っている。

 「お前、何故そんなに汚ねぇんだ? いや、元から汚ねぇが」

 「おれは頭に来てんだ! バカな侍達が何もかも独占しやがって! 全部取り返してやろうぜ」

 「あぁ、それは俺も同じだが・・・」

 「よし決まりだ! そんじゃア、あの城に乗り込もうぜ!」

 しゃらくが肩をぶんぶんと振り回し、城へ向かおうとする。するとウンケイが、しゃらくの後ろ襟を掴んで止める。

 「待て。ただ闇雲に突っ込むのは危険だ。ビルサは、お前と同じく神通力じんつうりきを使うらしい。まずは敵の情報を・・・」

 「あっ! それよりウンケイ! ここに美人のおねェちゃんが来なかったか!?」

 「せわしねぇなてめぇは! 今はどうでもいいだろそんな事!」

 「いいや! よくねェぜウンケイ! おれは確信したんだ。きっとあの子は、おれの運命の相手だぜ!」

「てめぇ・・・。いい加減にしやがれ! こんな時まで何を馬鹿なこと言ってんだ! どうせまた、てめぇの独りよがりだろ!」

 ウンケイがしゃらくの胸ぐらを掴む。

 「何だとォ!? ふざけんな! 友の恋には、共にときめくのが友だろ! 思いを“共”にするから“友”だろォ!!?」

 しゃらくは顔を真っ赤にし、ウンケイの手を振り解く。

 「今はそれどころじゃねぇと言ってんだ! 前から思ってたが、お前は戦いを舐めすぎだ! 今までは良いが、これからの旅は女にうつつを抜かして勝てるほど、甘くねぇだろう!」

 「うるせェ! 恋はおれの一部だ! 欠ければ万全ではねェ!」

 しゃらくが唾を飛ばす。

 「なら勝手にしやがれ馬鹿野郎! お前とはやっていけねぇ!」

 そう言うと、ウンケイはしゃらくの横を通り過ぎる。

 「あァそうしろよバカ野郎! おれ一人でやるぜ!」

 そう言い、しゃらくはウンケイと逆方向の城の方へと歩く。



 一方ビルサ城前。城門にお渋が駆けて来る。門の前には体格の良い門番が二人立っている。

 「すみません! ハァハァ。調理場の渋です!」

 「お渋てめぇ、随分と遅れやがって。俺達に飯を待たせる気か?」

 門番の男がお渋に顔を近づける。お渋は怯え、顔を逸らしている。

 「・・・すみません」

 「まあ止せよ。怯えてるじゃねぇか、可哀想にぃ」

 すると別の門番がお渋に近寄ってくる。

 「俺は女に優しいんだ。なぁお渋、今回は目を瞑っといてやろう」

 「・・・」

 「その代わり、今晩俺の家へ来い。たっぷりと可愛がってやるからなぁ」

 門番は笑いながら、お渋の肩に手を置く。

 「・・・お気遣いありがとうございます。でも結構です。悪いのは私ですので、罰は受けます」

 お渋は気丈にニコリと笑い、肩に置かれた手をそっと退かす。

 「チッ。生意気な娘だ」

 門を抜け、お渋は城の中へ入って行く。その城の最上部の広間では、ビルサが侍達を集めている。

 「・・・近頃、上納金の納まりが悪い。十二支えと将軍ウリム様の幹部である、俺の支配下においてだ。これは問題だよな?」

 ビルサが眼前の侍達を睨みつける。

 「・・・次回から、厳しく回収します」

 上納金回収の責任者である侍が、前へ出て頭を下げる。

 「・・・次回?」

 ビルサが立ち上がり、前へ出た侍の元へ近づく。ギュイィン!! ビルサが素早く腕を振り上げる。すると、侍の片腕が飛び、そこから血が噴き出す。

 「ぎゃああああ!!!」

 侍が悲鳴を上げる。その傍には自分の片腕が落ちている。他の侍達は、それを見て震え上がっている。

 「金に困ってんじゃねぇんだ。問題なのは忠誠だ。今すぐ町人共から回収して来い! 払わねぇ者はその場で斬れ」

 ビルサが、侍達をギロリと睨む。

 「はっ!!」

 そう言うと侍達は、慌てて大広間を出て行く。



 時を同じく城の前では、先の門番二人が白目をいてのびている。その傍には、腕をまくったしゃらくが立っている。

 「出て来い侍共ォ! 全員ぶっ飛ばしてやる!」


 完

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