俺のファンが世界的スターになっていた
@2744730
第1章 熱狂俺オタク
#0.5 はじまりのはじまり
花がパーティションから飛んできた。
といっても植物ではなく、大切な俺のファンの一人。
「花ちゃん」
狭いライブハウスの特典会場に花ちゃんの歓声がこだまする。ライトグリーンとスカイブルーの混じったような「スカイ」色のペンライトを2本片手に、彼女は駆け足で寄ってくる。
「やばい、リヒトくんだ……」
俺の差し出す両手にも気づかずに花ちゃんはうわの空で両手を組み、天に祈りを掲げている。
普通、推しの握手の合図の方が目に入るだろ、とは思うが、さすが熱狂俺オタク—字面にすると少々恥ずかしい。
「今日も、めちゃくちゃかっこよかったです。特に今日はソロパートが最高に響いてて……」
現実世界にかえってきた花ちゃんからの熱量という名の特大感情と握手をうんうんと受け止める。
「花ちゃんは本当に俺のことよく見てる」
「生涯の推しですから」
それ地球と太陽どっちが動いてるか聞いてるようなものですよ、と花ちゃんが付け足す。
言っていることの8割意味が分からないが花ちゃんは昔から—「花語」で会話してくるので、こういうことにももう慣れた。
と同時に、花ちゃんとの過ごした時間の長さを思い知る。
「……ね、リヒトくん」
今度は俺がうわの空に見えてしまっただろうか。
そんなことを心配したのは、鈴のように軽やかな花ちゃんの声に重みがあったからかもしれない。
俯いた花ちゃんの双眸がゆっくりと開き、頭ひとつ分高い俺の瞳を捕らえる。
「……私、ライブに来るの、これで最後にしようと思ってるんです」
ひゅっと浅く呼吸する。じわじわと押し寄せる理解と感情に、後ろ首に汗が滲む。
花ちゃんが。
「―俺のファンを、やめる……?」
花ちゃんの茶色い目が大きく見開いて、天井のライトを映し出す。
花ちゃんの反応で、俺は自分が心にしまっていたと思っていた言葉を声にしていたことに気づく。
「いや、でも、いいんだ。やめることは悪いことじゃない」
「違う、違うんです理人くん、理人くんのことは大好きで」
花ちゃんが段々と身を乗り出してくる。
「じゃぁどうして—」
「イギリスに、行くんです」
「……え?」
「だから、イギリスに行くんです。留学です、三年間の」
はぁぁ、と溜まっていた緊張感を吐き出す。
「焦った、俺、本当に何かしたかと……」
「さっき言ったばっかですよね、リヒトくんが生涯の推しだって」
だから焦ったんだよ—と言おうとして、ピピピと終了を知らせる機械音に止まる。
「じゃぁ……これで。イギリスから、応援してますね」
「き、帰国したときには、また会いにこいよっ。俺、有名になって待ってっから」
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