第9話


 騎士団の隊長が部屋を辞した後。

 コーヒーで一息入れていると、ジュドーがぽつりと、

「ビリー達はどこまでいったかな。」

「馬を借りると言っていたから、明日には着くんじゃない。」


 実は昨日、騎士団隊長に先立って、アフロのビリーさんたちと会ったんだよ。

 お見舞いにきてくれたんだけどさ、俺こそお世話になったわけで。その場でイライジャが、自作の魔道具を渡していた。感謝の気持ちだって、ジジイ、ナイス。水生成や着火用の平凡な奴というけどさ、ちょっと怪しいカナ…。

 今回大活躍だった三人、これからワイバーン狩りに行くんだってさ。ちなみに彼らのチーム名はウエスタンズ。命名は誰だろう、ぴったりだけど!

 ジュドーによると、彼らは6級ながら実力のある若手チームなんだって。これからどんどん上がっていくだろうから、期待しとけってさ。

 他にも、今回協力してくれたチームが複数あったそうだ。そちらはもう王都にいなくて、伝言が冒険者ギルド経由で残されていたよ。

『どこかで出会ったら、キンキンに冷えたビールを頼むぜ。』

 だって!

 粋だね、漢だね、かっこいいね!

 お店で一緒に飲んだ人たちみたい。名前を忘れないようしとこう、うん。


 椅子に座りなおし、ニット帽取ると切れた耳が髪からちょこんと出た。

 俺がエルフなことは、待機していたときに爺さんが全部話したそうだ。俺の生い立ちや、イライジャの事情、目的地ノースランドのこととか、ほとんど全部をさ。部屋の中で耳を隠さないで済むのは、すごく楽。人に見られるのは、まだ恥ずかしいかな。

 ジュドーとイーサンは、コーヒーカップを片手に、

「しかし、ひどい村があったもんだ。他種族同士、勝手に仲がいいと思っていたが。」

「エルフや北の国に住む人々も、僕たちと同じ人間ってことね。」

「そこでな、お二人さん、イーサンとも相談したんだが――、俺たちもノースランドに、一緒に行っていいか?」

「え?え?」急な申し出に、俺、混乱。

「ついでに、二人とも俺たちのチームに入らないか。」

「ええー?」

 俺ますますパニック。何と答えたらいい?

「あら、うれしくないの?」

 優しく微笑む緑の眼に、慌てて手を振った。ちがう、ちがう。

 俺、一度、断ったことがあるのに。それでも誘ってもらえるなんて。うれしくないわけがないじゃないか。

「ちがう、一緒に旅って、すごくうれしい。予想外すぎて。だけど、いいの?」

「いいのよ。エルフと小人族との旅って、面白そうじゃない。」

「面白いのじゃ、それが一番なのじゃー。」

 なぜだか部屋の中を飛び回るイライジャ。俺、すげー照れ臭いんだけど!

「チームのほうさ。クラスにすげー差があるけど。それでも入れるのか?」

「ワシに至っては、冒険者でもないぞよ。」

「どっちも関係ないわよ。たぶんね。」

「たぶん!?」

「うーむ。旅はともかく。チームはどうしようかの?ヒューゴ。」

「どうしようかって、上級冒険者のチームだぞ、俺たちに務まると思う?」

 チームには、あこがれてはいたんだよ。変なチームもあったけどさ。

 ここでジュドーのダメ押しが入った。

「務まる、務まらないじゃない。合うか、合わないかだ。

 合わないと思ったら、やめればいい。同じチームじゃなくとも、旅はできるさ。」

「そうなんだ。」

「もちろん。冒険者は、自由に旅をするものよ。」

 俺とイライジャは顔を見合わせた。お互い、考えていることはわかる、そして頷く。



「よろしくお願いします」「お願いするのじゃ」

 ジュドーとイーサンは満面の笑みで、答えた。

「歓迎する」

「セブンリーブスへ、ようこそ。」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 王都、商業区にある某商会の建物。その上階にある奥まった一室にて。

 詰まれた書類を前に、男はペンを走らせる。ペンのカリカリという音だけが、部屋に響いている。男の何気なく伸ばした手が、詰まれた書類に当たった。床に紙の束が散らばる。

 伸びたままの左腕を、男は右手で抑えた。

「いうことを聞け、くそう。」

 ―――ついていない。オークションは中止、商品は失う、手下も減った。おまけに、この左腕だ。いったいどこでケチが付いたんだ?

 そうだ、あいつだ。女みたいな口調の優男、あいつと関わってからだ…


 空を駆るワイバーン、一番大きい個体を仕留めたのは、あの冒険者の弓だった。

 白銀の弓を持つ、その狩人の神のごとき美しい横顔。大剣の男の強さも抜きんでているが、見物なさっている方々には、こちらの方がお気に召すことだろう。

 仕留めた彼へ、あらん限りの賛辞でほめたたえた。だが、彼から帰ってきたのは至極事務的な言葉だ。

「この狩りは契約外よ。獲物は私たちの物という事でいいかしら。」

「閣下ご所望のワイバーン狩でございますゆえ。わたくしでは…」

 近くで見物をしている貴族の意向だ。此処は引くだろうと、軽く思っていたのだが。イーサンは冷酷な笑みをその唇に乗せて、

「一度だけは顔を立ててあげる。次はないわよ。」

 美しくも凄みのあるその表情に、圧倒された。たかが冒険者風情に。裏世界でもそれなりの力をもつ、男が、である。

 そのイーサンの所に居たガキ、そいつに手を出して、このざまだ。

 まったく、ついてない。


「……どう挽回したものか。」

「あら、お怪我でもなさったのかしら?ブリンナーさん。」

 突然の呼びかけに、男、ブリンナーはそちらを向いた。

 声の方向――部屋の入り口に、一人の冒険者が、ドアを開けたまま立っている。そして今頃なって、扉をこんこんと叩いた。男は不満を堪えて、何とか笑顔で対応した。

「これはイーサン殿。先日の打ち上げ以来ですな。ですが、しかし勝手に入ってこられては困ります。」

「あらごめんなさい、ノックが遅かったかしら。」

「そこに秘書がいたでしょう。おい、誰かいないのか?」

「うふふ、お仕事の大事な相談があるからって、席を外してもらったの。」

 扉の近く、イーサン越しに見える秘書机は空席である。

 にこりと微笑む冒険者。邪気なく見える笑顔だが、実はコレが怖い。同行したあの二か月で、ブリンナーは嫌というほど味わったではないか。

 イーサンは微笑んだまま、話しかけた。

「だって、次も是非って、おっしゃっていたでしょう?」

「ええ、そうです。ということは、心変わりなされたのですか?それでしたら――」

「いいえ。ちゃんと断ろうと思って。わざわざ出向いたのよ。」

 ブリンナーの顔色が、どす黒く変わった。

「それは――笑えませんぞ。その言いようはあまりに失礼ではありませんか。あなたが上級冒険者であろうと、我が商会を馬鹿になさるのであれば、ギルドへ苦情を申し立てますぞ。」

「あら。正式な返答が、馬鹿にしたことになるのかしら。それにしても、左手が自由に動かないようね。」

「…話をそらさないでいただきたい。」

 イーサンが、一歩室内へ入る。

「おい、勝手に入るな。誰か、警備員を。」

「―――魔法薬ってねえ。グレードが上がるほど、副作用も大きいの。僕も冒険者だからよく知っているわ。」

 そう言って、また一歩、優雅な足取りで近寄る。気圧され、ブリンナーは後退った。体が椅子に当たる。この美しき狩人は、男を狩りの獲物と定めたとでもいうのか。

「特に手足を再生した場合ね。新しい手足は、生まれたての赤子と同じで、思うように動かないの。なぜか感覚も鈍い。今のあなたのように。ほら、紙で切れているのに、そんなに痛くないでしょう。」

 言われるまま、自分の左手に視線を向ければ――確かに血が一筋にじんでいる。

 優男は、笑みを絶やさぬまま続ける。

「だからハイグレードの魔法薬を使う際は、医師や、薬師などの同席が望ましいのね。副作用を最小限に抑えるためにも。あなたの子飼いの薬師さん、大した腕ではなさそうだわ。その薬師さんも、数日前から行方が知れないというし。」

「い、言いがかりも甚だしい。依頼の話も結構だ。帰ってくれ。」

「あら、もっとお話ししましょうよ。」

「いい加減にしろ!私には、さるお方の後ろ盾があるんだ。貴様のような若造に――!?」

 イーサンが急接近し、男の袖をまくり上げた。

 左腕に、明らかに肌の色や筋肉の量が違う境目があった。続いてどこからか、の腕を取り出した。透明な何かでコーティングされたそれは、血の気がなくやけに生々しい。イーサンは男の生っ白い腕と、その取り出した腕を、じっくりと見比べる。その間ブリンナーは強く掴まれ、一歩も動けない。

「再生部分の場所も、形状もほぼ一致ね。」

 この声を待っていたのだろう。騎士達がぞろぞろと部屋へ入ってきた。リーダーらしい騎士から男へ通告がなされる。

「ブリンナー殿。あなたには、先日の誘拐事件の容疑がかかっています。御同行をお願いします。」

 冷静な騎士たちを前に、ブリンナーは激しく抵抗をし始めた。

「こ、こんな無礼なことをして、わかっているのか。ああ?

 騎士団ともあろうものが、若造の言うことを真に受けるなど。そいつはたかが冒険者だぞ。それに、これが、腕が、証拠になるとでもいうのか。馬鹿らしい。私を陥れるために誰かが作った物に違いないんだ。そうだろう!

 どうせ私はすぐに、証拠不十分で解放されることになるんだ。そうなったらここに居るお前たち、全員僻地へ飛ばしてやるからな。魔物の巣の真ん前がいいか、隣国との最前線がいいか。今からよく考えておけ。私が口きけば、どうとでもなるのだからな!」

「今は自分のことも心配したらどう?」

 イーサンが、凍りつくような声で返す。

「何をだ、私には各方面に味方がいるんだ。これっぽっちも心配など、していない。」

「味方って、あなたが頼りにする御方や、オークションに参加予定だったお客様方かしら。それとも、お役人関係?でも彼らって、あなたを助けるよりも、いなくなってくれた方いいと判断すると思うわ。だって、あなたが何をばらすか心配しなくていいんだもの。ほら、死人に口なし、とか言うじゃない。立場が逆なら、あなたもそうでしょう?」

「さ、裁判が、私にも権利があ、る……」

「裁判まで、生きていられたら、いいわねえ。それとも、誰かを買収して逃げる?

 それこそ、お仲間の思うツボよ。堂々と、外で、口封じできるんですものね。

 御同業者も乗ると思うわよ。あなたが消えてくれれば、競争相手は減る、シマはそのまま横取り。いいことだらけじゃないの。」

 ブリンナーは、口を開こうとして、何も言えなかった。その通りだという、自分がいる。イーサンはそれを見抜いたかのように、言葉をつづけた。

「ねえ、よく考えてごらんなさい。

 このさき口封じで死ぬか、死刑台に上がるかの未来しかないとしたら。

 あなた一人で、貧乏くじを引くことはないのよ。皆、同じ穴の狢なんだから。お味方さんとやら、ライバルの同業者の方々、全部引きずり込めばいいじゃないの。

 みーんな、しゃべっちゃいなさいな。この隊の隊長さんは、ちゃんと聞いてくれるわよ。他はどうかしら。」

 悪魔のごとき、甘美なささやきが、男の脳にしみわたっていく。

 すっかり毒気を抜かれた男は、拘束され騎士によって連行された。

 最後にリーダーの騎士が、

「後はこちらにお任せを。」

「よろしくね。」

 そうして床に書類だけを残し、部屋からは誰もいなくなった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――――後日。

 誘拐事件に端を発する、闇オークション関係が摘発された。団体や個人が多数捜査対象となり、死罪、重労働、解散命令を始め厳しい処罰が下された。その中には名のある商会も含まれていたという。なお関係者一覧に、貴族の名前はなかった。―――だが。


 さる高位貴族の当主が、爵位を甥に譲り、隠居した。

 隠居理由は病気療養のためという。ただ、裏オークションが世間を騒がせた時期と被り、関係者ではないかと噂になった。なお当人は病状悪化により、一年後他界した。


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