第7話


「こわいよう!」

「いやだああっ」


 こらああ、俺、手足が多少自由になったからって、何ぼけっとしてんのさ。

 隣の部屋には、子供がいたじゃないか。

 声だけで顔も知らないけど、あの子たちを凍らせちゃだめだ。

 そんなことになったら、俺の、俺のせいで、死んだりしたら―――こん畜生っ!

 魔法の奴、呪文分はとっくに終わってんだよ!


 ――止まれえええ!――


 魔力を制御しろ、魔法を終わらせろ!

 魔法使いは、死ぬまで魔力制御か。は、その通り過ぎて、笑えるわ。

 そうだろう、イライジャ!


 数秒?数分?どの位経った?――冷気は収まっているか?

 ブリザードは、消えた。室内の氷は、そのままだ。

 でも、子供の声が聞こえない。まさか、そんな、たのむよ。


「おめええ、兄貴になにしやがったあ!」

 大声に顔を上げれば、男が俺に向かって突進してくる。髪や体は氷まみれ、剣を振り上げた格好だ。やけに動作がスローなのは、体の一部が凍りついているから?それで、なぜ、動けるのさ!

「この、魔法使いめえええ。」

 ぐう、もう一度、魔法を「ウォー…」


 ―――バリバリッ、ドッシャーン!!


 閃光が走った。ひっ、ビリビリした、って電撃?

 痺れながらまだ動こうとする男の口から、鏃と血が飛び出す。

「がは……」

 血反吐を吐いて、倒れる男。その向こうから―――。


「ヒューゴ!もういいのよ。」

「しまいじゃ、ヒューゴ!」


 イーサン?イライジャ?

 開け離れたドアの向こうに、イーサンとイライジャが見える。イーサンの手には、あの白銀の弓。

 ジジイは空中を、イーサンは氷を踏み散らし、駆け寄ってきた。

「だ、めだ。」

 だめだ!二人とも、だめだよ!

 俺に近寄ったら、触れたら、アンタたちまで、凍りつく。それはいやだよ。

 だめだってば、なのに――!

 躊躇なくイライジャが俺に飛びつき、イーサンが抱きしめてきた。


「ヒューゴ!」


 暖かい。二人の息が、暖かい。暖かい声が、耳に響く。


「大丈夫よ。よくやったわ。」

「おちつけ。充分コントロールできておる。ワシらが平気なのが、証拠じゃぞ。」

「いら、いじゃ。い、さん。」

「遅くなってごめん。ごめんね、ヒューゴ。」

 二人とも、笑ってんのか、泣いてんのか。顔に着いた氷が解けて、涙みたいだ。

 はは。ほんとうに、イライジャとイーサンだよね。まさか夢をみていて、目が覚めたら、消えたりしないよね。ジジイの手が俺の頬に着いた氷を、バリバリとはがしている。ちょっと痛いって。

「ゆめ、じゃないよね?」

「当然じゃ、この唐変木が。」

「ありがと、きてくれた」

「もちろんじゃ。ワシらは仲間なのじゃ。」

「そのとおりよ。」

 イライジャに優しく撫でられて、体の力が抜けた。そのままイーサンに寄りかかったよ。でも、何か邪魔だと思ったら。俺さ、腕を一本握っていた!だ、誰の腕ですか、これ!


 ひょいっと、イライジャが持ち主不明の腕を取る。

「ふむふむ、なかなか良い冷凍具合じゃな。こっちは、かなりたちの悪いもんじゃの。」

 そう言って、床に散らばった布切れを観察している。よく見れば、裏にびっしりと魔法文字が刻まれているよ。すげえおどろおどろしい感じ。

「これで魔法を封じられておったのじゃな。この程度では、お主の魔力を抑えきれぬじゃろうて。具合はどうじゃ?」

「さいあく。」

「ううむ。まずは体を乾かそう、それから暖かくしてやろうのう。」

 シュンっと服の水分が飛んで、体が軽くなった。ああ、あったかいな。ジジイはやっぱ魔法が上手いわ、あっというまに、ふわふわのぽかぽかだもんな。

 あ、いけね「…となりに、こどもがいる」

「なんですって。―――隊長、こっちにも被害者がいるわ。」

 イーサンが大声で叫べば、呼応するように二人の騎士が現れた。

 どっちも抜刀済みで、殺気がだだ漏れしているよ。

「逃げ遅れた子がいるのか、どこだ?」

「隣の部屋に居るらしいわ。」

「了解した。」

 隣室でドタバタしてら。あ、泣いた。はは、よかった、生きてたあ。

「さ、僕たちは外へ出ましょうか。」

 俺はにっこにこのイーサンに、お、お姫様抱っこ!もう、抵抗する気力もないよ、好きにしてくれ。

 部屋から出ると、救出された子供とかちあった。男女の二人で、五歳前後かなあ。おびえた目で俺を見ている。髪の毛や服に、霜が付いているけど、どこも凍ってねえよな?よかった、ほんとーによかった。今更ながら、肝が冷えるわ。すぐさまイライジャが、子供らを魔法で暖めてくれた。二人のこわばった表情が、ちょっとだけ、柔らかくなったかな。

 それにしてもだ、子供たちの両足が鎖でつながれているんだ。それも歩ける程度の長さしかない。ひでえ。奴ら本当に、俺たちを商品扱いだったんだな。


 抱えられたまま、屋外へ。

 もーねー、内も外も、惨憺たる状態です。俺のブリザード?が吹き抜けたであろうところは、雪だまりや、樹氷みたいなのができていてさ。建物は半分氷漬けだし……。あぶねえ、またぶっ倒れる寸前だったのかなあ。

 魔導灯の中、建物周辺では騎士らがきびきびと動き回っている。隅の方に、縄でがんじがらめの連中が転がされていた。犯人達だろうか、みんな顔がボコボコ…。

 

「みんな、ヒューゴは無事よ。」

「おう、よかった。」

 イーサンの呼びかけに、ジュドーが暗がりから現れた。

 ジュドーは近くの騎士を捕まえると、

「一人斬ったぞ。建物に火を点けようとしやがった。」

「なんだと?承知した。」

 怒り心頭の騎士を見送って、ジュドーが俺の顔を覗き込む。

 ジュドーの無精髭、五割り増しだ。ますます熊さんだよ。その熊が、頭をガシガシ撫でてきた。

「ヒューゴ、心配した。」

「ごめん、なさい。」

「お前は悪くない。こいつらがみんな悪い。」

 そしてもう一度、ガシガシ。痛いって、ジュドーの力、強すぎ。

 そーそー、樹氷もどきは凍った人間でした…オレノセイデスネ。イライジャが頼まれ解凍して回っている。時間もあまり経ってないし、凍ったのは表面だけだから、多分、死んでないって。それを聞いて、どこかほっとしている自分がいるよ。

「めでてえっす。」「ほんっと、よかった。」

 うわあ、スキンヘッドと、モヒカンの彼だ。来てくれたんだあ。

 その二人は、救出された子供らの相手に駆り出されていた。

 さっきの子も合わせ、全部で7,8人いるかな?揃って、パパママの大合唱、おかげで二人とも右往左往している。あはは。仕方ないね、ずっと親元から離されていたからさ。ガンバレー。


「おーい、ジュドー、イーサン。ちょっと話がある。」

 あ、さっきの隊長さんだ。どかどかと走ってきて、

「ヒューゴ君に、話を聞きたい。」

「後日にしてよ」すかさずイーサンが返す。

「そう言うな。被害者の証言がいるんだよ。」

「子供がいるでしょ?」

「もちろん聞くとも。だが、ヒューゴ君が一番年上だろう?」

 そういって、厳つい顔で微笑む隊長さん。さっき泣かれたから?

 でも俺、気が付いた時、もう縛られていたわけで。

「ずっと、閉じ込められていたから、わからない。」

「ですって、それとね、この子綺麗でしょ。」

 イーサンは、俺の顔をよく見えるように、体を斜めに傾ける。

「それがどうかしたのか。」

「―――対応を間違えると、北の魔王を刺激するかもよ。」

 隊長の顔が、サーッと青くなった。ん?北の魔王?勇者じゃなくて魔王?

 はあーと、隊長は大きくため息をつくと、

「後日でいい。頼む。」

「もちろん。後はそっちの仕事ね、頑張って。」

「よく言う、あれだけ大騒ぎしておいて。」

「ふふ。手柄は騎士団に差し上げるわ。僕たちはヒューゴが見つかったから、大満足♪」

「そうさせてもらおう。馬車を準備するから、王都へ戻るといい。」

「わかった。ヒューゴ、今は休んどけ。」

 今度は優し目に、ジュドーが頭をポンポンしてきた。

 その後は安心しきっちゃったみたい。

 帰りの馬車に乗る前に、寝てしまいましたとさ。



 ―――そのまま高熱が出ちゃってさ。

 熱にうなされて目が覚めたときは、とっくに王都で宿も変わった後だった。

 お宿はさらにグレードアップ。上級冒険者御用達ってやつ? ジュドーとイーサンとも同室だってさ。

 そうそう、熱自体は一晩で下がったけどね。過保護な大人組から、三日間、ベッドの住人を言い渡されました。退屈!俺、じっとしているのは、苦手なんだってば!

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