第83話 お嬢様は飛ぶ
お嬢様は飛ぶ
お嬢様はアンに乗り、アカミアの後を追う。アンは竜だけれど、匂いにも敏感で、アカミアの匂いをたどり、追いかけていくのにも最適な能力を有する。
これなら、移動する相手であってもどこまでも追いかけていくことができ、お嬢様も地の底まで追いかけていくつもりだ。そして、相手が馬車で逃げているなら、確実に追いつく。なぜなら、馬車の数倍も竜は早く走れるからだ。正確にいうと、最高速は馬の方が早いけれど、竜は体力があるのでずっと速度を維持して走ることができるのである。
それは恐らく、誘拐犯の予想すら凌駕するほどに……。
ロナ・ファティガが竜に乗って学園を襲ってきたときも、国をほとんど滅ぼしてから、かなり早くやってきた。それはこの竜の移動能力をつかったからなのだ。魔力も効かず、剣でさえ通じない。そして移動は素早い。だからこそこの世界で、竜は恐れられる存在でもある。
そして、先をいく馬車をみつけた。ファリスやアカミアは、竜の世話係であるボクが冒険にでて不在のとき、二頭に餌を与えるなど、お世話もしているので、その匂いを間違うはずもない。
こうなればもう、お嬢様の独擅場だ。「サンダーボルト!」
馬の脚を止めると、馬車をあやつっていた男たちが下りてきた。しかし竜をみて意気消沈する。恐らく竜がいるから……と、必死で逃げていたので、すぐに観念したようだ。
「アカミア!」
馬車の中でアカミアは眠っていたが、ケガもなさそうで、お嬢様もホッとする。
そのとき、ルイに乗ったボクが追いつく。「お連れしました!」
ちょっと遅れたのは、最強の助っ人に話をつけにいったからだ。すると、上空から凄まじい風圧で降りてきたのは、巨大な竜だった。
転移装置に必要で、鱗をもらいにいったあの竜である。転生者で、ボクとは話しができる。
そこでボクがお願いをして、お嬢様を王都まで連れていってもらうのだ。アンとルイも速いが、それより空を飛んでいく方が断然早い。
お嬢様が巨大な竜に乗った。ボクと竜は話ができるけれど、お嬢様にその声は聞こえない。
「王都まで連れていってくれます。大丈夫、この竜は信用できます」
お嬢様も怖いだろうけれど、しっかりと頷く。
竜はボクに「これは貸しにしておくよ」と言い残して、お嬢様を乗せて飛び去っていった。
「さて……」ボクはボクで、やることがある。アンとルイを率いて、ボクも動き出していた。
空を飛ぶ……。この世界では魔法にそういう機能がないので、恐らく初めて空を飛んだことになるだろう。寒さと、空気の薄さ、それに高速で飛ぶために必死でしがみつき、王都まで一気に飛んだ。
王都では、攻め込んできたユルゲン伯の部隊に、呼応した他の貴族も加わり、王都を包囲する。
フィリップ国王と、それに協力する貴族は王城に篭り、また包囲網を遠巻きにする形でにらみ合いがつづいていた。
そこに、伝説と呼ばれるほどの巨大な竜が飛来し、王城へと着地したのだから、誰もが驚く。さらにそこからヘラお嬢様が降りてきて、尚のこと周囲に与えた影響は大きかった。
それはロナが率いる、竜としては小型な、飛べない竜でさえ人類はまるで敵わないほどの強さだ。それがその何倍もの大きさがあり、かつ飛ぶことができる竜が現れて国王の側についたのだから、反国王派であるユルゲン伯に協力する貴族の心もくじけてしまう。
王都を囲んでいた兵士たちも、完全に怯んでしまった。
「カタオカ! あの竜に勝てるか⁉」
ユルゲン伯の懐刀であるラドウィル卿に訊ねられ、転移者であるカタオカも首を傾げてみせた。
「オレもあんな竜と戦ったことはないが、転移者といっても万能じゃないんだ。五分五分といったところだろう」
そうは言ったものの、彼はもうこの戦いから身を引こうと考えていた。
別にこの世界の権力闘争に、どっぷり浸かりたいわけじゃない。有利な方について戦い、それでおいしい目をみられればよいのであって、命がけで戦うつもりは毛頭なかった。
だからこっそりと陣を抜け出そうと考えたのだ。
あの大魔導士も、何だかケッタイだ。転移者である自分が、互角とはいわないまでもいい勝負をさせられた。そしてあの大魔導士に協力しているらしい、転移者の存在もある。
何で転移者がそんなことをしているのか? 謎だけれど、とにかく大魔導士を支えているらしい。カタオカにとって一人でそんな二人と戦うなど、愚の骨頂といえた。ユルゲン伯には悪いが、後は勝手にやってくれ、というところである。
陣を抜けようとしたカタオカは、目の前に立ちふさがる者が現れ、驚いた。相手は兵士ではない。つまりユルゲン伯の配下の者ではなく、この戦場にいる誰よりも異質であった。
「お前、もしかして……転移者か?」
「転移者同士、つもる話もあるだろうと思って、会いに来てやったよ」
ボクは強気である。なぜなら、同じ転移者としての親近感、親密さを感じるより前に、前の戦いでお嬢様を苦しめた相手だからであり、それはボクにとってもっとも許せないことでもあったからだった。
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