第34話 竜の咆哮

     竜の咆哮


 ロナが完全にキレている。彼女が操る竜たちも、そんなロナの異変を感じて興奮しており、それが魔術学園が防衛ラインを布く、そこに怒涛のようにして攻めかかってきた。

 竜はいくら象ぐらいの大きさといっても、身体は鱗で覆われているため硬く、また魔法も貫通しにくい。

 物理攻撃を重視していないこの世界では、剣による攻撃でも魔法を付与することで威力を増すが、それすら竜には通じない。

 一国を壊滅状態に追いこんだ理由がよく分かった。何しろ、その竜に対する有効な攻撃を、魔術学園も持ち合わせていないのだ。

 早くも防衛ラインが瓦解し、学園の教師でさえ逃げだしてしまう。何しろ、そこに大魔道士がいないように、彼らはヘラお嬢様より、明らかに力が劣る魔術師たちなのだから……。

 バートは当事者であるのに、さっさと逃げてしまった。ヘラお嬢様は竜の進撃を食い止めるため、前にでる。

 竜は基本、火竜で構成されるようだ。火を吐き、蹂躙していく。その中でも、かつてお嬢様と争った氷晶の魔人、メルセラ・スタンフォードが前にでて、食い止めようとする。

 氷魔法は、そこそこ竜も嫌がるようだ。ただ撃退するに至らず、ティナも風魔法で応戦するけれど、竜たちを後退させるに至らない。

 教師たちも、大魔道士であるお嬢様よりは圧倒的に魔力的に低いのだから、お嬢様しか通用する者はいない。

 お嬢様は少しでも通用しそうな、土魔法をつかって歩みを遅くするぐらいしかできなかった。


 そして下僕であるボクは、お嬢様から「逃げていなさい」と言われたので、素直に後方に退く……わけがなかった。

 ボクは前の世界にいたときも、象をみるといつも思っていた。ドーンッて、あの懐にもぐりこんで、ドーン! ってやってみたいな……と。

 興奮する竜たちは、注意力が散漫となっている。そこでボクはその下にもぐりこんで、ドーン‼

 それで竜がひっくり返る。お嬢様が大地を揺らす大魔法をしかけてくるので、その混乱に乗じて、ボクが次々に竜を裏返していく。

 竜もそんなことをされたことはないのだろう。鳥がひっくり返されると、びっくりした様子で動きを止めるが、それと同じように大人しくなった。

 基本的に、爬虫類や鳥類は、自分が裏返るという経験がない。何かから落ちたりすると、落ちた衝撃もあってすぐ動こうとするけれど、それ以外のときは自分を捕食するものに襲われた、と感じて死んだふりをするのだ。大抵の生き物は、死んでしまうと興味を失い、攻撃対象を変えるから。そうやって死んだふりをする生き物が生き残ってきたのである。

 竜は最強の種族ではあるけれど、先祖のそうした形質は引き継いでいる。

 ボクはただ、ドーン! ってやるだけだ。


 ロナも次々と竜が裏返っていくのに気づく。でも、いくら彼女が命じようと、統制していようと、生物として得てきた習性を変えることは難しい。

「何⁈ どうしたの?」

 次々とひっくり返される竜に、さすがに為す術もない。

 ボクには魔力がない。その代わり、〝最強〟を与えられた。竜ぐらい、簡単に持ち上げられるし、ひっくり返すのはたやすい。

 お嬢様も、竜が裏返って動かなくなるのに気づき、竜をけん制する動きに切り替えている。

 こういう気遣いもお嬢様はできるのだ。地面が揺れることがなくなり、ボクもやり易くなった。

 裏返しても、数分が経つと竜も起き上がってしまう。その前に決着をつけないといけない。

 ティナが風魔法をつかい、一気にロナのところまで飛び上がると、その背後にとりついた。

「大人しくしなさい!」

 ロナは自らの魔力を、竜を操るのに全ふりしているらしく、個人的につかえる魔法はないようだ。

 それはそうかもしれない。国を追放された後、いくら魔力が高いといっても一人で魔法を学んでいたのだ。

 恐らく、竜を操るのに特化してその能力を鍛えた。八年もかかったのは、竜と交流をむすび、その竜たちが育つのを待っていたから……ということかもしれない。


 ティナに押さえつけられ、ロナも観念したようだ。竜たちも、ロナが捕まると完全に沈黙してしまった。

 ヘラお嬢様が近づく。

「ロナさん。先ほど、話し合いが途中で終わってしまい、私も驚きましたが、ロナさんはバートさんと話をして、どうしたいのですか?」

「…………」

「バートさんに復讐したい、とかではないですよね?」

「私は……、嬉しかったんです。誰からも見向きもされず、いずれ王族から外されると思って、孤独に生きている中、私のことを受け入れてくれた。側室でも、私に居場所を与えてくれた……と思った。だから、もう一度会いたいと思って、ここまで来たのに……」

「もしかして、バートさんとお付き合いしたい……の?」

 ロナは小さく、紅くなりながら頷く。そんな相手が、いきなり謝罪して「あれはなかったことに……」などと言ったからキレたのだ。

 お嬢様もそんな乙女にもどったロナを、唖然として見返すばかりだった。

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