ニンカツその十八「騎士と女騎士と祈祷師が」

 麻薬事件を解決して三日、《オレたち》はすっかりだらけていた。

「もう三日も迷宮に入ってないらしいな? 腑抜けやがって」

 大食堂で飯を食う《オレたち》の席に割り込み、そう嫌みを言ってきたのはビフロウス。

 大貴族ミディアモス家の跡取り息子で、一年二組トップのパーティを率いる騎士職だ。

 鶏冠とさかめいたクセ毛がおっ立つ金髪、堂々たるガタイ、顔もまあまあ。

 しかし性格は悪く、何かと他のパーティに張り合ってくる。

「ザン・クの剣が折れちまってね、新調中なんだ」

「ちっ、自慢のつもりか? 罠に掛かって中層に落とされて、たまたまいたフレイムライガーを退治しただけだろが」

「ビフの言うとおり」

「ビフって縮めて呼ぶな! 俺様の名はビフロウス・レア・ミディアモスだ!」

 鉄板でジュージュー焼きたくなるフルネームを叫び、ドンとテーブルを叩く。

「イモをひっくり返すな!」

 山盛りのポテサラ、ベーコンと千切りキャベツの乗った皿が宙に浮いたのを、ひょいと掬うトーヤ。

「そういうビフ、ロウスは昨日、中層に行ったんだって? エレベーターの先、イイ感じだったらしいな?」

 固めのパンをスープに漬けて齧りながらツムギが水を向けると、ビフはニタリと笑った。

「おうよ! オーガの群れやドリルリザードが出てな、蹴散らしてやったぜ」

 オーガと聞いて引きつるトーヤの顔。

 鬼娘へのトラウマは拭えないようだ。

 ドリルリザードは頭に回転する巨大な角を生やした大トカゲで、馬の倍の体躯を誇り、板金鎧を貫くドリルが武器。

 どちらも中層で、手強いとされる怪物である。

「へぇ、流石はトップパーティだ。上々の首尾じゃないか」

「ウム、ツムギは見る目がある。まあまあだ。ガルランドの調子がよくてな」

 隣のテーブルに座り、楚々と食事を始めたビフのバーティにはナリアもいる。

 《オレたち》が『オカシラ様』と気づかず、肩身が狭そうにラディッシュをポリポリ齧ってる様子が可愛い。

 ビフは実家のコネとカネで、優秀な生徒を十人ばかりパーティにしていた。

 ナリアもその一人で、単独での探索は彼等と別行動しているのだろう。

 彼女の好調ぶりが、くノ一に転職したからだとは、気づくはずもなく。

「追放しなくて良かったぜ。ま、俺様の目に狂いはないってコトだ」

 いや色に狂ってる。

 ナリアのおっぱいをガン見してるが、あれはもう《オレたち》のモノだ。

「よそ見してると、テリーヌの機嫌が悪くなるぜ」

「はっ! いいんだよ。アイツと俺様は水と油だ。家だけの付き合いだ」

 ナリアの隣で上品に食事しているお嬢様はテリーヌ・オ・ヴァン・リエット、ミディアモス家と並ぶ名門貴族ヴァン・リエット家の長女で、やはり騎士。

 実力はビフと同じかそれ以上の使い手で、ドレス風の制服でゴージャスなボディラインを包んだ、華やかな女性だ。

 剛剣のビフ、輪剣のテリーヌと称され、取り巻きも多い。

 縦ロールの銀髪を靡かせ颯爽と振る舞うご令嬢だが、ビフと張り合りながらもバーティを組む、奇妙な婚約者同士。

「さてと、俺様も飯を食わなきゃな。また迷宮に潜るんだ。まぐれでトップの座を奪われちゃ、たまんねえからよ!」

 言い捨てるや、トーヤの皿から一番分厚くカリカリに焼いたベーコンを、ひょいと掴んでつまみ食い。

「あ、コノヤロー! 罰が当たるぞ!」

「実力はあるんだよなー。妙な下心がなきゃ、バーティに入っても良いんだが」

 男の娘もイケるクチなのか、ビフは何かとツムギに声をかけてくる。

 逆に刺々しく嫌みを言うのは、トーヤともう一人にだ。

「アイツは行ったかい?」

 そう尋ねながら席に戻ってきたのは、ザン・クとラピス。

 料理を取りに席を離れていたのだが、ビフが離れるのを待っていたらしい。

 ザン・クに敵愾心を抱くビフと、暖簾に腕押し平常運転のザン・クのやり取りに、ラピスが辟易してたりする。

「また迷宮に行くんだと。ザン・クの剣はどうだ? そろそろ何とかなる?」

「ベルガ嬢の勧めで折れた剣を打ち直して貰っているが、当面の代わりを手配した。明日には手元に届くだろう」

「武器屋と鍛冶屋を何軒ハシゴさせられたか数えきれん。街中を歩き回ったぞ」

 切り分けたパンにバターを塗りながら、ひとしきりボヤくラピス。

「疲れてるなら明日も休むか?」

「いや、大丈夫だ。いい気分転換になったからな。新しい魔道書も買えた」

「ニッコニコじゃないか。試したくてたまらないって顔だ」

「俺たち実験台かあ。死にたくねー」

「補助魔法だから死にはしない。ふふ」

「結局、フレイムライガーの魔石はサシャに譲ったんだってな」

「ああ。まだレベルが足りないので、火の呪印を炎に格上げできないらしいが」

「じゃあ、サシャは来るよな。ベルガも大丈夫か。あと、誰か誘えそう?」

「回復系が欲しいな! ヒマな神官か僧侶はいないか?」

 迷宮に挑むバーティの面子は、固定されているようで案外、流動的だ。

 探索の準備や怪我などの回復は個々人で異なるし、ほかの用事もある。

 また仲間内の揉め事やすれ違いも、入れ替わりの理由になりやすい。

「二組で空いてそうなのは……」

「ヒヒヒ。空いてるよん、ジェビさん」

「にゃほぅっ!? ジェビぃ!?」

「ンヒヒヒ。明日なら付き合えるねん。回復もできるよん、ジェビさんは」

 ぬらりと現れたのは、黒髪蒼白、目の隈が濃くて背の高い、暗灰色ローブ姿のダークエルフだ。

 奇異なのは首に掛ける様々な骨や干物、小瓶をどっさり括りつけた首飾り。

 ジェビルトァ・ロッタロッタ・キャセロルール。

 様々な触媒を用いて魔法を使う祈祷師シャーマンで、灰色角熊の森の精霊使いでもある。

 陰気で不気味な容貌に、妙なテンションの言動、そして闇の神に帰依したというダークエルフの出自から、近寄りがたい雰囲気を漂わせているが。

「ニヒヒヒヒヒ。中層に行きたいなん。ついて行っていいよねん?」

 本人はこれでも丁寧かつフレンドリーに、話しかけてる積もりらしい。

「お、オレはいいと思うよ、なあ」

「そ、そうだな! 僕も大丈夫だ!」

「反対はしない」

「いいんじゃないかなー」

 四人とも引きつった顔で、ぎこちなく頷く。

 逆らったら呪われる、例えば小テストで彼女に零点をつけた教師が、翌日入院したという逸話があるのだ。

「じゃあ明日よろしくねん。あ、トカゲとヤモリ、どっちが好き? ハヒヒヒ」

 するするとローブの裾を引きずりながら、ジェビは滑るように立ち去った。

「ええんかいな」

「理由なく断るのも失礼だろう。だが明日は絶対に怪我しないぞ、私は」

「トカゲでもヤモリでも、軟膏を塗られたくないな、僕も!」

「錬金術師としても、抵抗あるなー」

 ジェビが首からぶら下げてるのは、全て魔法の触媒や護符の類。

 その場で調合を始めるのだが、なかなかエグく臭いもヒドいのだ。

「ともあれ明日は久々の迷宮探索だ。準備を怠らないようにな!」

「うぇーい」「ああ」「はいよー」

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