ニンカツその十五「ニンジャのんびり街歩き?」

「と言うわけで《オレたち》は、取引現場を探してロナド運河沿いのガバン教会に来てまーす」

「なんでカメラ目線?」

 夜陰に紛れ夜目を活かし、教会の鐘楼の屋根に立つ《オレたち》とナリア。

 黒のバニースーツでぴょんぴょん跳び跳ね、危なげなく《オレたち》についてきたあたり、獣人の身体能力に感心する。

 ちなみに《オレたち》もナリアのリクエストで、ちょっと外見が変わった。

 上半身は黒くスキンタイトな鎖帷子風の強化繊維を纏い、細マッチョが強調されたワイルドな感じに。

 下半身は黒の脚絆のままだが、ちょっと大きめにしてある。

 そして紅と白の色彩が、トーヤとツムギの言動に反応して蠢くのはミステリアスなので、そのままだ。

 《オレたち》の新しい姿に、女の子がキャーキャー喜んでくれるのは、素直に嬉しく照れくさかった。

 ――閑話休題。

「結局あの酒場じゃ、他に手がかりは掴めなかったんだよな」

「ボコボコしましたねえ。お店の人とお客さんたち。いいんですか?」

「ナリアを地下牢に閉じこめたり、がっつり麻薬密売に協力してたし」

「お前が止めなきゃ、口封じで殺してたかもなー」

 無用の殺しは避けるのが現代の忍者だが、目撃者は消すという鉄則もある。

 情報化が進んだ《オレたち》の世界では殺人、行方不明は事態を複雑化するので、記憶操作などの隠蔽工作を行うのがもっぱらだが。

「記憶を消す『忍術・萱草忘憂』まで習得して、穏便に済ませたんだ」

「《オレたち》は正義の味方じゃない」

「『ネムリス』の麻薬を潰すのも、縄張りを荒らされたくないってエゴだしな」

「縄張り、ですか?」

「ああ、タールザンの街は《オレたち》の縄張りだ」

「めんどくさいから、支配するつもりは無いけど」

「《オレたち》が自由気ままに暮らせる街にするのさ」

「君臨すれど統治せずが、理想かな」

「すっごくワガママですねえ」

「くくくっ、悪党だろ《オレたち》は」

 中央の小高い丘に聳える王城、立ち並ぶ貴族や商人の館、神々を祀る神殿や教会、迷宮学園、魔法使いの塔から劇場、美術館、公園前の公会堂を見下ろして。

 なるほど中世ヨーロッパに近い街並みだが、妙な違和感があった。

「青くて背の高い建物が多いな」

「魔法で何とかしてるんだろ」

「ちょっと違いますねえ。魔法で加工した建材や、迷宮で発見された建築方法を使ってます。あと職人や研究者が、建築神や鍛冶神から閃きを授かったり」

 屋根の上を飛び回るのが本能的に楽しいのか、ナリアはくるくるアクロバットしながら答える。

「魔法で建てた建物もありますが、魔力が消えたり魔法が打ち消されると倒壊する恐れが高いので、少数派です」

「魔法で加工するのも同じだろ?」

「加工後は、魔力が要らないのか。性質を変えて、安定させる。鉄を鋼にした後、熱し続ける必要がないのと同じだ」

「タールザンブルーレンガやパイザレッドパインは名産品で、国外にも輸出されてますよお」

「なるほどね。でも庶民はやっぱり、掘っ建て小屋や長屋住まい、テント暮らしのスラムもあちこちにあるなー」

 王城を中心とした富裕区画を囲む内壁を隔て、二重の外壁の間に市民、貧民の住む市街が広がる。

「こちらはせいぜい中小の商家が三階建て、高いのは鐘楼や櫓ぐらいか」

「ん、あっちもデカい建物があるぜ?」

「新市街ですねえ。ゴリオール大公家のお屋敷など、ダリド新運河に面して新しく作られたお金持ちの区画です。ダリディアンガラスと鏡が有名ですねえ」

「へぇ……一つの街に二つの城か」

「ふひゃあ。表向きは館ですが、城壁があるからお城に見えちゃいますよねえ」

 新運河には港があり、そこから市街の大河へ繋がって、近隣のボーザ連峰やパイザ大森を抜けていく。

 《オレたち》が居るロナド古運河も反対側に延びていて、平野部の穀倉地帯を潤しながら、海に面した古都アレイザへ流れていた。

 どちらも昼には船が何隻も行き交う、賑やかな運河だと想像できる。

「そう言えばアレイザは魚が美味いって評判ですね。スシ、テンプラー、カルパッチョ。ウナギのカバ焼きやフグ刺しに、生ガキと茹でスプーンロブスター」

「おお、居酒屋が転生してる!」

「絶対行く。味噌汁と梅干し食べたい」

「王家と大公家の仲はいいの?」

「良かったり悪かったり。大公家が古都へ移ったり戻ったりして、派手なお家騒動が何回もありましたよお」

「そりゃ楽しみ。退屈せずに済みそう」

「さてと、物見遊山はここまでだ。麻薬の取引先現場を見つけるぞ」

「片っ端から見て回ります?」

「面倒だろ? 捜査のコツを教えよう。コソコソしてるヤツを捜すんだ」

「運河なら船だな。夜、荷物を運んだり積み降ろししてるヤツ」

「ふわぁ。あの船とか、確かに怪しいですねえ」

「おう、上出来だ。よく見つけたな」

「材木にしちゃあ、細いし短いし曲がってる木を、満載してるなんてなー」

「幌で隠さないんですねえ」

「あのままなら、ただの香木だからな。麻薬の原料とはバレてないと思ってる」

「油断大敵ってな」

「こうなると、取引現場だけじゃなく、製造拠点も掴めそうだ」

「黒幕も分かるかな?」

「上手く聞き出さなきゃな。船まで使ってるんだ。大掛かりな組織だぞ」

「うーん。ケンカ売って大丈夫でしょうか? 後々危なくありません?」

「正体がバレなきゃ問題ない。ほれ、変装用のアイマスク」

「わあ、すっかり悪人ですね、私」

「バニースーツにアイマスクのお色気ウサギだ。ラビデミアの優等生だなんて、誰も思わねえよ」

「あれ? 学園で私がどんな生徒か、話しましたっけ?」

「うわちゃ! えーと、あれだ。今までの会話で、真面目なのは分かったし」

「一人で迷宮に潜れるんだ。実力がなけりゃ生き残れないって」

「なるほどなるほど。さすがオカシラ様です。鋭い観察眼ですねえ」

「よし予定変更。先ずは船を制圧して、製造拠点を見つける。で、二度と製造できないよう、製法と設備を抹殺するぞ」

「大仕事だな。腕が鳴るぜ!」

「ふぇえ? 二本生えましたよお!?」

「《オレたち》だからな!」

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