0288:隷属

「これはこれは何という奇跡か! あの大きな魔道馬車にはこれほどの数の勇者が乗り込んでいたとは。四十三名全員には、我が国の為に尽くしてもらおう」


「何を! ぐっ!」


 反論しようとした宇城美帆里が頭を押さえて蹲る。


「会長に! 何を!」


 薙刀部の数人が美帆里を囲むようにフォローに入る。広間の両脇に立つ数十名の兵はこちらに槍の穂先を向けて、構えたままだ。


 玉座に座る王を前にして、罪人の様に引っ立てられた43名。ほとんどが高校三年生と二年生。年若い乙女には非常に厳しい環境なのは間違いない。だが。ここに居るのはインターハイ決勝、優勝といった、全国レベルの猛者ばかりだ。穂先の煌めき程度で意志が萎えたり、足が竦んだりはしない。


「ああ、逆らおうなどと思わない方がいい。我が命は絶対。伝承に寄れば、召喚術と使役隷属の術は完全に一体化している。貴様らがこの世界に現れたその時より、我が剣にして盾でしかない。道具は道具らしく、すり切れるまで使い尽くさせてもらおう。何よりも、何よりもだ! 愚劣な女とはいえ、43もの伝説の剣だ。盾だ。こんな数の界渡りは過去の文献をどうあさっても見たことが無い。これぞまさに! 神は私にこの世界を統べよとおっしゃっているのだな。そなた、まだ頭が高いな。地を舐めよ」


「ぐっ」


 美帆里の頭がより一層沈み込む。


 その場にいた全員が、「何この小デブナルシストジジイ」と思ってはいたが、口に出せなかった。こんな馬鹿な、理不尽でふざけるな! と思っている心のどこかで、アイツの命令に従ってしまう、従いたい……という訳のわからない感情が蠢いているのも確かなのだ。これが、使役隷属の術……召喚術というのが魔術なのであれば、そういう不思議な力で支配されてしまうこともあるのかもしれない。


「動くな! 貴様ら界渡りは古の仕来りに従い、我が命令に従い、そして道具として最後は命令通り自害して死ぬ。過ぎたる力はやがて災いを呼ぶからな。それまでは、死ぬことも許さん」


 何てことを……と思いつつも、悔しいが身体が動かないのだ。幼少から運動の道を究め、努力を重ねて戦い抜いてきた彼女たちをもってしても、この縛りから抜け出すことはできないようだった。


「では今日は休息を与えよう。食事をして眠るが良い。明日からは訓練を行ってもらう。召喚直後の界渡りは数名の兵士に殺されるくらい弱いというからな」



 そんな王の言葉の後、食堂へ誘導される。用意されていたのはパンと肉の入った野菜スープだった。当然の様に木のカップにエールも注いである。


「マズいな」


「うん」


 日本の食事に慣れている彼女たち、特に直前までリゾートホテルで、豪華な食事を口にしていただけあって、この食事はかなり酷だった。


 食べれないことはない。だが、パンは硬く、スープは異常に薄味で、肉の生臭さが妙に口に残る。


 実際の所、この食事はこの国の騎士団の通常メニューなので、別に残飯を与えているというわけではないのだ。さらに言えば、庶民が口にする食事はさらに凄まじく程度が低い。肉など入っていない、いや具が入っていないレベルのスープに硬いパンだ。


「修行だと思って食べるしかないだろう」


「ええ。とりあえず、とにかく情報収集しないと……何がどうなっているのか全く良く判らないです」


 八頭未来はこのバスに乗っていた選手の中で唯一の高校一年生。が、実際は14才で中等部から飛び級してきた才女で、IQ計測不能というこの中の知性派のナンバーワンだ。148センチという小さい躯を生かした軽業が得意で、今回のフリークライミング、ボルダリングの大会でも特別出場(年齢制限のため)ながら、優勝者以上の成績を残し、将来のオリンピック強化選手候補、強化選手に選ばれている。


 まあ、学校では如何せん、ちびちゃんと呼ばれて先輩中心に可愛がられているのだが。


「あのデブ王の命令はとにかく絶対ですね……悔しいですが。操られているかのように身体も精神も従ってしまいます……会長、良く少しだけでも反抗できましたね……あれ」


「根性」


「そうですか……まあですが、若干の抵抗は……根性さえあれば、数秒間は可能ということが判りました。デブ王の野望が叶う前に我々は隷属の術から抜け出さないと。さらに、元の世界に戻らないと」


 全員が頷く。




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