0179:開戦

 オベニスの正門に当たる南門、城壁には幾つかの仕掛けが用意してある。今回、鍛冶ギルドに極秘発注していた魔術銃は間に合わなかったが、一番最初に試作してもらった絡繰り弩弓は充分すぎるくらい配備されている。


 特に一度に30の小型の矢を飛ばすことの出来る連装弩弓砲は、ある程度この人数差をどうにか出来るハズだ。南門城壁前はかなり広範囲で木や藪を切り払われて、見通しが良くなっている。さらに足を取られやすい様にいくつもの穴がボコボコに空けられている。これも発注通りだ。


 敵の主な兵種は歩兵だ。しかも傭兵と言うだけあって、身体が資本、重装とは言わないまでも、そこそこ防御力の高そうな装備を身に付けている。それを着て長距離を早歩きで走破してきているのだからもの凄い体力だと思う。


 だが、疲れているだろうし……戦闘時の足下は非常に安定性に欠けると思われる。


 ノルド族の風の魔術である「くゆらせ」と「しょうしつ」。この二つは似ているが大きく違う。どちらも敵から身を隠す術ではあるのだが、今俺が使っている「しょうしつ」だと身動きができない。南門の指揮はミリアに任せて、俺は単身、待ち伏せのために森の奥に伏せていた。「しゅうい」を使うと、敵が反応している。


ジチヤッ


 視界には入っていないが、隊長格が指示を出したのだろう。五百の兵が武器を抜いたようだ。ひとつひとつは小さい音でもそれが五百まとまれば、音が響く。というか、隊長格……は確か「火の原」だ。魔術士だろうがなんだろうが、強者は先頭を駆るモノらしいし。バカか。


ザッザッダッダッザッ! 


 声を発する者はいない。響くのは走り出した音のみ。気合も伝わってくる。こいつらは囮なのだ。奇襲なのだから、本当なら、街道以外、門以外の場所から街へ忍び込んで破壊活動……が一番楽なハズだ。


 が。多分、この攻撃成功後は門周辺を大きく破壊し、ただただ派手にやれと言われているのだろう。武器を手に南門に向かって走り出した。


 その背後で「くゆらせ」で姿を消したまま、術を発動させる。信頼の「風裂」だ。丸鋸型の刃。同時発動は10に留める。その代わりにひとつづつの大きさを出来る範囲で大きくする。そのための俺ひとりの単独行だ。周りに気兼ねせずぶっ放すぜ!


 ……って、うん。気持ち悪くならずに結構大きく……5、60㎝はあるだろうか? これを地面から20㎝程度の高さで発動させた。


(行けっ!)


 前を走る傭兵共の後を、ゆっくりと追いかける刃。射程距離に入ったのだろう。城壁からいきなり、連装弩弓砲による攻撃が開始される。


 大きく仰け反るように、先頭付近を走っていた兵が倒れる。重装の騎士鎧、盾でも貫く弩弓の太い矢は威力は抜群だ。連射が難しいという欠点はあるが……それは……。


シューシュシュシュシューガガガガガガ


 くくく。矢が風を切り、突き刺さる。これぞ、俺の考えた絡繰り弩弓五段撃ち! ……すいません。信長の鉄砲三段撃ちを弩弓に当てはめただけです。ただ単に三人交代だと、間に合わなかったので、五人で一組に変更しました。トホホ。人数も少ないです。


 ミリアの指揮の元、隙間の無い射壁が展開された様だ。見たことも無い、圧倒的な面を制圧する火力に、歴戦の猛者たちが敢えなく沈んでいく。身体強化した上でで突っ込んだのだろう、凄まじい速さ、移動速度であった。


 が。それが五百もまとまっていたら、良い的にしかならない。そもそも、奇襲しているのはヤツラなのだ。自分たちが奇襲されるとは努々思ってはいまい。


 先頭を走っていたであろう、「火の原」も足が止まったようだ。頭上に……巨大な火の玉が膨れあがった。


 本来なら、門を抜けた後に撃つ予定だったであろう、火の魔術、多分「大火球」で弩弓を黙らせようということなのだろう。


 と、火の玉が手を離れ、城壁上部へ向かう。うーん。残念!


フッ……シュ……


 という音……は聞こえないが、そんな感じで、火の玉があっさり消失した。いやいや……というか、城壁、特に弩弓近辺に攻撃術防御の結界を仕込んでおくのは当たり前というか……当然でしょう? なぜ、それが通用すると思うのか。


 先頭の指揮官、強者の足が止まったので、当然、兵の足も止まっている。盾を斜め上にかざし、必死で降り注ぐ矢に耐えている。


 うん。足を止めたのは悪手だよ……。


「ぐああー! うわー! 足がっっっ!」


 なんていう叫び声が響く。最前線には伝わらない、恐怖。そう。彼らの後ろから、俺の「風裂」が次々と襲いかかったのだ。当然だが、刃のコントロールが自分の手が離れた後は、次々と続報というか、続投というか、一回につき10ずつ刃を跳ばしてゆく。既に第十弾くらいは飛ばしておいた。


 続々と賊の皆さんの足を刈っていくことでしょう。


 足元。実は鎧を着ている者たちにとって、共通の死角だ。兜を被ったり、胸元が鎧、分厚い皮や金属で覆われてしまうと、どうしても足元は見えにくくなる。

 鎧装備で目立つのはどうしても胸当て部分、プレートアーマーのメイン部分や、篭手などのガントレットで、そこにこだわる者がほとんどなのだ。


 太ももを覆うキュレット、脛のグリーブや靴のソレットなどは、蔑ろにされることが多いらしい。嘆かわしいというか、イリス様はまずは篭手と足装備を良いモノにと言っていた。


 当然の様に、機動力の要は足腰だ。どんなに高性能でも足元が疎かになっては意味がない。


 まあ、そんな事情も合って、俺の背後から単独攻撃作戦は大きな効果を上げているようだ。闇夜だし、元々見えにくい風の術「風裂」のしかもファランさんも見たことが無いと言う円盤型だしね。


 ちゅーか、単純に得意だしね。この術のこの型が一番。さてさて。どれくらい仕留められるかな?


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