第39話 バイキングの羅針盤、これだからシスコンは。


『彼女は夜に彼を呼び出し、暴き、誓った約束を果たしに行った。赤黒い薔薇が咲いたドレスは純白のウェディングドレスより彼女に似合う、皮肉なほどに』


銀月の零光、海からの遺言、黄泉の歌声。

好きなだけ聞くといい。例え、私が「私」でなくなったとしても、ワタシは…。


気ままに、思い赴くままに、海は告げた。

これから、貴女の自由は我々の復讐でもある、と。




どの道、天と地は交われず。地と水平線は多少交われど、実を結べない。

これこそ、互いの元来あるべき姿で。等級があるのも、基準があるのも、血統証があるのも、結局、全て神の思し召し。

例えこの物語の最期が魂のように欠けていようと一行に構わないのだ。


保証書は永遠の保険ではなく、不合格で破棄されたもの。そして理由はともあれ、自らの役割から逃げ出したもの。


『……僕かい?』


今となっては「ソレ」と成り下がれど、こんな僕もかつては「星」と呼ばれる存在だったよ。





———禁忌、禁じ手、盲目的な信仰心。貴方は月夜見ツクヨミであり、漆闇であり、下に行けば行くほど、深くなる青だった。

一時の平穏と快楽を求める人間に対し、神は永遠を求む。


成長期の子どもほど落ち着きのないこと。気力が有り余ってる癖に、その分だけ大なり小なり気分屋なモノだから。

だから、ね?

毎夜、毎夜、毎日。お休み前の読み聞かせはその都度果てしないし、最後はいつも子守りのお歌を歌ってあげているのよ。


『かごめ、かごめ。籠の中の鳥は、いついつ出会う』

『籠目、籠の目。夜明けの晩に、鶴と亀が滑った』

『籠女。ねぇ、籠の女』


その後ろの正面、この裾を引く少年は、一体……?? 


と。

今宵もクチナシの花と金木犀の甘ったるい香りに、梅の実のような酸味まで帯びて。

漸く訪れた朝焼けは、鳥の囀る声に伴った決裂のわかれ時。


「婚約おめでとう。これも全部、貴女……と、あの子の為なのよ」


分かって頂戴、と。子どもたちの成長を盾にした、自己満足。大義名分を至極真っ当に飾り、それでいて、己たちの罪悪感に対する隠蔽のために。

今となっては、辟易へきえきする訳もなくなった異国の発音に変換される耳障りで、錆びれた女の声ノイズ

然し「そうである」嫌悪感が湧き上がるのと同時に、この台詞は当時の母親が少女に対する最初で最後の「贈り物」で、解放に他らなかった。



それで、何も知らないフリをして、いつもの顔で微笑んで、打ち寄せる波と空飛ぶ鉄塊を見詰め、今度こそ本当のひとり。

婚約? 結婚? お家のため? 思わず鼻で嗤いそうになる。

今更言われるがまま、定められるままの期待に応える義務もなければ、義理や心もない。


モアナ?「でも矢張り、昔からのクセ? 気づけば、いつもココに来ているの。……ホント、何でだろうね?」


けれど、例え一時の仮初であろうと自由は自由であるし、幸い相手方の親も私を好かないようだし、この日の到来をどれほど待ち惚けていたことか。

追い風の囁き、夕焼けの下。空と海が出会う境界は、まるで決して越えれない現実世界、明確な「此方」と嘗ては憧憬の一つであった「彼方」の線引きの様で。


藻æ–‡åナ?「孤立無援? 大変結構! 独りだからこそ、邪魔くさい大人たちの小言なく、どこまでも遠くに行けるハズよ」


それは、彼女が冒頭で歌う劇中歌。好奇心が旺盛で、自由奔放で、海が大好きな女の子。知恵を蓄え、牙を改めて磨く間もなく、幼い頃のある経験だけの短絡さを以て世界を救う冒険にでることとなった。


……でも何を隠そう、良くも悪くも発動するのが主人公補正。どのストーリーにおいても一人が犠牲になることで、みんなとっても「シアワセになれる」みたいだわ。



『———ガタンッ!』

「!? ぅわっ、」


うつらうつら、ぼんやり滲む視界。

そんな朧げな意識の中、突如体がぐわっと前のめりになったところを、横から伸びた手に肩を掴まれて後ろに戻される。

あ、危うく顔面強打するところだった……。


「大丈夫ですか? 馬車に乗り込むや否や、すごい勢いで船を漕いでいらっしゃいましたが…」

「というか、トランプしたまま寝だすとか、これは戦場適性あり。俺の妹ながら器用すぎる」

「ここ最近が最近ですし、お嬢様が楽しそうでしたから皆何も申せませんでしたが、少々根を詰め過ぎではないでしょうか? そんなにお疲れでしたら、どうか仮眠を、残りのカードと小公子様のお相手は僭越ながら私が責任を持って引き受けますよ?」


横からエマが心配そうに眉根を寄せて、向かい側に腰掛けた兄は神妙な顔をして、そして又もやエマが「ここは私に任せてください」とフラグ染みた発言を零しつつも、胸を張る。

それは、前世で言う所の電車気分。同じリズムでカタカタ揺れ動く馬車に揺すぶられながら、アトランティアは首を軽く振った。


「いいえ、大丈夫です、今ので目が完全に冴えました。……春だからなのか、それともこの街の気候からなのか、とにかく馬車と言うのはどうしてこんなにも睡魔を呼んでしまうのでしょうね」


ホントに一瞬意識が飛んで、トリップったわ。

そう思い、ふわふわの椅子…というか、ソファを掌で撫で、告げる10歳児。

実家アールノヴァの紋章が刻まれ、対外的な乗り物にしては珍しい黒い車体と安定感ある座席がまるで大きな揺り籠の様だった。


「お、揃った」


そんで、ここでは余談となるが、周囲から耳に挟んだ話によると。今まさに乗ってるのも然り、どうやら今生我が家の馬車という移動手段は、当時の父が西洋式の馬車に慣れていなかったママ上のため。

……という名目で、まぁ、ぶっちゃけのつまる所……恐らく、ただただ欲望に忠実であった金持ちが初めてのトキメキを知り、温もりを知り、恋を知り、兎にも角にも好きな女と密閉空間でいちゃつくために、金にモノを言わせたが末、匠たちの髄を詰め込んで生まれた拘りの逸品。


それが今となっては、帝国馬車界におけるフェラーリ的な存在となって、今に至る実家の馬車事情というワケだが。


「………………」


然しそんなことは、今は、今更ホントどうでもよく。それよりも……、こうして馬車に乗る度、そんなこんなを考える反面、今日ばかりは少しの違和感。

いつの間にか妙に並びがズレて仕舞っていた手元のカードを几帳面に直していると、間髪なく伸ばされた男の手によって、本日のババ、アトランティアの敗北は抗う機会もなく確定した。


………………フッ。


「お兄様やお父様、お母様ならばいざ知らず、私がババ抜きでルーカス兄さんに負けるなんて……もしや兄さん、可愛い妹がウトウトしてる隙を狙って?」

「っ」

「はぁ!? してないよ、そんなこと!! お兄ちゃんだって、こんくらいズルしなくても時には勝てますぅー! というか、それよりも今の発言、ティアちゃんの中の俺って…」


一体……。


と。世界を信じれなくなったアトランティアの傍ら? 前? とりあえずただ普通に、トランプ同士が自分の手の中で運命の出会いを果たしただけなのに、この世の誰より信じていた、若しくは愛していた人から思わぬ疑惑を懸けられ、後ろから刺された気分となったルーカス兄さん。

試合に勝って勝負に負けたかのような顔色となっては。それでいて同時に、こうして珍しく勝ったことにより、彼は妹の恨みまでもついでに買ってしまったのである。


フフッ……これだからシスコンは。


「いくらそんな顔をされましても、兄さん。いつの世であろうと、勝負事における勝利の代償は大きいのですよ」

「んふっ」

「………………」


ホント、これだから常日頃から、普段の行いを顧みろとあれほど元大人な妹の一味として口酸っぱく申しあげてきたというのに…。

それだけ何事に連れてもナニをともあれ、慣れないことはしないに限るし。冗談本分ゆえの発言ではあれど、今生の生において勝ち(後は主に金)の味をしめていた10歳児の心はその分狭かった。


だって生まれてこの方、いつもならばポーカーフェイスのポの字どころか、その都度露骨に「今自分はババを引きました」「今ババを持っているのは自分です」という顔をするのがこの兄であり、次男で。その度、母性と慈悲の心が芽生え、したがって全員ババの居所が分かったままゲームを続けるのが、我が家。……強いては我がアールノヴァ騎士団(※との全員強制参加! 決して笑ってはイケナイ二次会)なもんだから……。


「墨に近づけば黒く、朱に近づけば赤くなる。———と、昔お母様が言ってたのを思い出した。だからそう思うにね、特にここ最近…俺の可愛いティアちゃんも、俺の知らない所で……」

「今ばかりは初めから二人ボッチのババ抜きに引き続き、本日のヤンデレ選手権開催の狼煙ですか?」

「お兄ちゃんを疑う何て、ひどい! 俺の知ってるティアちゃんは、そんなこと…言わない……」


はいはい、ごめんて。


「この傷心、チューしてくれたら、許してあげる」

「私の知ってるルーカス兄さんは、そんなこと……言いますね、昔から結構な頻度で、割かし」


フー、これだから顔の大変お宜しいシスコンは!


……だから、そうしてこうして、いつも通り。今日も今日とてある意味必然、速攻で緊張感がなくなったババ抜きと言う名の原初の戦と揺れのせいで、睡魔に襲われたんだろうなぁ。

と、アトランティアは思い。場所が場所……というより気分が気分なので、兄の言い分は普通に聞かなかったことにした。

これぞ彼女の元良識蔓延る大人としての、選択式難聴スタイルである。


「お兄ちゃんをこんな気持ちにさせた上で、放置とか。可愛い顔して、ティアちゃんには良心がないの?」


なので、あからさま。そんなアトランティアに対し、ルーカスの頬は逆を取って年下みたく膨れ。


「良心? ならば、逆に兄さんにお聞きしますが、いくら半分がお母様の血とは言え、仮にも『あの』お父様からの遺伝を受け継ぐ私たちの体内に良心なんて輝かしいモノがあるとお思いで??」


……ては、すぐさま萎んだ。

そして、


「……少なくとも、俺の良心は向こうの山脈如く広大で、自然豊かで、そびえ立ってる、」


はず。

とは、負け惜しみを絞り出すかのような口調。そう自信なさげに言葉を続けようとする兄の視線に沿って、彼女が外を覗けば、がたたんっ。

長く続いていた郊外の路を抜けると、車窓からは初見の風景、春先らしい新緑に満ちた山々や、大きくてきらきら光る湖が見えるではないか!


「うわぁ! すごい!!!」


その、前世ならば確実に国際保護対象にされているであろう名画かくやの風景に、流石の引き籠り族も大喜びを露に、目を輝かせた。

それは、そうと。

だって、初めて馬車に乗った時はゲロインと化け、酔いでそれどころではなかったし。でなくとも、それからというものの、主に某レの人である同乗者に気を取られ、それどころではなかったので。


だから、そんな如何にも年頃らしい挙動がまろび出て。反射的に紫外線のことも兄との確執も忘れ、思わずと言わんばかり。窓にぺたっと貼りついたアトランティアに、ルーカスもエマも目を細める。


「因みにこの先には海もあるけど、ここはあくまで湖ね。この地由来のサファイア、リーシャン・アイオライト。我らの先祖代々、今もお父様の直轄として治められる領内で随一なクラスを誇る一大観光地!」


……が、同時に。ムズムズ、そわそわ、湧き出るこの微笑ましさの裏腹で、目の前の少女曰く「良心のない心」に多少の罪悪感を覚えざる負えないのも、まごう事なき現実で。

だって、それだけ、いくら自他共に認める元祖良心のない一族であろうと、愛故であれなかれ『監禁』『軟禁』が犯罪である認識は二人の心に残って は いた。


一応は、ね。

人として……。


「ほら結構人が湖畔にいるだろ? 普通の湖や余所と違う、透き通るような青紫バイオレットが人気を呼んで、今や大陸中で博しているんだとか」


ただ、そんなルーカスたちの心中を、意識を完全に外に取られたアトランティアが気づく訳もなく。

それよりかは、西大陸広しと言えど、元々から海持ちの国は五本指も満たない現状思い出して、色んな意味でドッキドキ。

然し、傍から見れば何だかんだ故郷愛の強いノヴァの一員らしく、何時にもなくはしゃぐ妹が結局可愛くて。ルーカスも罪悪感半ば、ふふんと鼻を鳴らしながら橋の下を指すと、確かに湖畔には多くの人が集まっていた。


美しい風景にお酒とつまみ、普段のストレス社会なんて木っ端できそうな癒しの空間って感じで、何だかいいなぁ。



「…んで、妹よ。因みにこの一帯はね、一応この辺に商売を構える領民の強い希望で飲食を可としたものの、もしポイ捨て、折角の湖を汚したら問答無用で手を切り落とすか、度合いによっては見せしめ死刑になったりします」

「ああ、市中引き回し的な、打ち首獄門ならぬ見せしめ湖畔かよ…やば……」


と、確かに、そう「いいなぁ、楽しそうだなぁ」と、思うも束の間。例え直接的な関係がなくも、これだからシスコンは……。

いくら環境保護はどの世界、どの国においても一大義務にして問題であろうと、問題だけに問答無用で突然の死刑発言に戦慄が止まらない10歳児とは、私のこと。


その言葉に目を皿のように見開き、後ろを振り向けば、エマにまで頷かれ……アトランティア・アールノヴァ。

いや、でもこうでもしないと環境破壊を続け、数多の生き物を絶滅に追い込むのが古今東西、人間ぐらいなのも事実で、史実でもあるもんだから……。


うーん、と思わず遠目。になっていると、後ろからエマが少しだけ窓を開けてくれて、きらきら、きゃあきゃあと楽しげな声と、ざぁ、と湖面が風に揺れる音が馬車まで届き。


「まあ近くにリゾート地と、時期によっては大規模の祭り事も多い街と地区だからな。余所者を入れるからには、多少ヤリ過ぎなのがみんなの平和に丁度良いとご先祖様も思ったのだろう」


でも、だからと言って、先ほどまでのテンションを保てず。それどころか、どこか哀愁と諦め漂う妹を横目に。「もしティアちゃんが途中で疲れたら、だっこして観光しようかしら」とお兄ちゃんは考えた。


シスコンはシスコンでも、シスコンだからと言って、世に生きる全てのシスコンが空気を妥当に読める訳ではないので。

カルチャーショックというのも、何も異民族間だけの現象ではないので。

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私はモブ令嬢A?ポジなのに友人が毎回存在詐欺だと言ってくるのが誠に遺憾である。 雪 牡丹 @yukibotan1999

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