第37話 夜廻りの終わり、消えゆく思い出の残滓
『花嫁は涙はらはら。嘗て愛した人が消え、新たにできた恋人もナイフを隠し持っている』
一つの
銀の輪っかを過去に、麻縄を今に。
波がきらめき、何もかも青に落ちて。泡すら昇ることなく、夜海まで沈んだ。
それで「掃溜め」の世界から訪ねて来た少年は手土産片手に、銃を握りしめる。
この海辺の街で、全ての望みが手に入ると信じて。
飢えた子供たちにとって教会の鐘に意味はないし。そもそも字が読めないのだから「聖書」なんて、それ以前の問題だ。
一度過ぎ去ったあの日が二度と戻ることがない様に。魔の渦巻く長い夜に、「安らぎ」なぞ初めからある筈もなかった。
□
———世の中の誰しも、少なからず「消せど消えぬ傷跡」を持ち合わせている。雨の日の救急車とか、真夜中のテレビとか、誰かの罵声とか……。まぁ、色々と。
しかし、バレて仕舞えば何かと「不味い」話になるし。化学的、論理的に証明されなければ、人間の罪が「×」とならないのは、いつの世。どの治世期であろうと、大して変わらない。
同じ様な音程で反復し、生産性のない動き。飽きもせずにぐるぐる廻る、子供たち。
『かごめ、かごめ。籠の中の鳥は、いついつ出やる』
『かごめ、かごめ。夜明けの晩に、鶴と亀と滑った』
『かごめ、かごめ。後ろの正面、———だあれ?』
諸説あれど、意味深な童歌。
目を瞑り、思い浮かべずも。未だ見る時折の夢中で、それらの歌声ばかりが耳元で反芻して。
……それこそ、まるで。
まるで誰か、心当たりのない『ナニか』からの、赤に濡れたメッセージの様に———。
「俺の××××に、彼女に触るな」
それは星月夜の睦言であり、朝日の懺悔でもある。
だが、それでも。
ただ、それでも、例え「そうであった」としても。今宵あの日と、産み出した記憶のない登場人物に、
又もや「ここに居てください」から始まった物語。
素敵な晩餐界に舌を打ち、不思議な仲間たちと戯れ。
後は、ただ淡々とした需要と供給の一致。何時もの決め台詞「私が居なくなってしまうと、彼はまた一人ぼっちになってしまうから……」と。
ベル?「なので、アポなしに訪ねて来られるのは、あまり好きじゃないかな? だって、そうされると、どこぞの誰か。良くないことや、嫌な思い出を連想しちゃうから」
ベル?「それに。目的のために、手段を選ばないのは、特に自然界ではね。別に悪いことじゃないし?」
寧ろ、そうすることが当たり前なのでは……??
と、そんな。……人一人殺しておいて、それでも、そうやって「真実の愛」を謳う可憐な少女や、その「オトモダチ」たちに。記者のオジサンは自ずと、ゾッと引き攣る
『…きて。……ね、起きて。…おーきーて、』
「…………?」
「アトラ、アトランティア」
「ううぅん、エマ。あとね、五十ねん……」
と、等と。
とうとう学生気分の五分から、動物的な冬眠すら軽く凌駕して来たアトランティアに、専属メイドのエマ……ではなく、幼馴染のあの子でもない男は「何時もの事ながら、何かどんどん長くなってないかしら」と思った。
「長い。長い長い長い、五十年は流石に長いよ?」
妥当な感想である。
「可愛い可愛い、僕の妹。本当なら、本来ならお前の望み通り寝かせてやりたいが……今回、今日ばかりは駄目だ。ほら起きて、早くその綺麗な瞳に
それでこの度の男とは。兄は兄でも、上の方の兄で。
「? ……!? エ! エマじゃなくて、お兄様の方のお兄様!?」
「確かに、お前の兄は二人いれど。だとしても、普段から『お兄様』と呼ぶのはこの世でただ一人、僕だけだと認識しているが?」
「リアムお兄様の方の兄さん……え、何で」
「おはよう、アトラ」
まぁ、おはようと言っても、もうほぼ昼食前だけどね。
そう、続ける男。つまりお兄様の方のお兄様であるリアムに、アトランティアは弾かれるように目を開き、ぱちくり。
例えギリ朝枠最中であろうと、それはまるで幽霊でも見たかの様な顔となった。
「お……っ、おはよう、いえ、おそようございます??」
普通に弱錯乱前の(混乱)である。
本当に何故、突然のお兄様??
いや、だって、ほら……、
「お兄様、学校……いや、学園? の方は、どうしたんです……????」
であるからして。
時は春、時刻は朝と書いて昼前、そして15歳の方の兄ときたもんだから。
本日のおそようアトランティア、昨晩の誰かみたく。この度こうして突如湧いて出てきたようなお兄様に対し、「何で、ここに居るの。いくら件の害虫うんぬんの話はともかく、学校……」と。
「ていうか、どうやって、何しに来たのですか」
よりにもよって、こんな時期に。
妹、当然の疑問である。
それで、
「学園寮に入る前、最後に一目でも
「……………。」
と。しかし、現在只今のように。
それはそうと、突如訪れた朝シチュ、リアルASMR(:自律感覚絶頂反応)に二重三重の意味でドキドキひやひやしてしまうのが、今日この頃のアトランティア。
いくら例の朝方まで粗方お掃除して、帰宅。頭の頂点から足の爪中、周囲のフレグランスまで隅々洗い落とした身の上ではあれ。昨晩における「
「ああ、僕のエンジェル……。永遠の安らぎ……。何でお前はいつも、存在そのものがこんなに愛らしいんだか」
———それだけ、ある程度の
「……あの、お兄様?」
なので、バレる、色々スンスン
「ホントはね? 本音を言えばここの屋敷でお前と共に過ごせるルーカスが羨まし過ぎて、例え大事な弟であろうと父上共々殺意湧くが。だのに、それよりも、こんな時に限ってあのクソ殿……いや、アイツらときたら、権力を笠に邪魔ばかり。絶対許さん」
思うも。
一見大した内容のない、ただの通常運転。一言一句、ほぼ何時もの如しなシスコンった発言でも、よく吟味してみれば、中々?
「えっと、何のお話を……??」
それ故。反射的に深読みし出したアトランティアは、思い散らかし。
そして、そんな「?」塗れな妹が起き上がりベッドの淵に腰を掛けると、リアムお兄様は普段の長男味をどこに亡くしてから、ここまで来たのか。寝起き眼な妹相手に「待ってました!」と言わんばかりに顔中にキスを落とす、神がかり作画の美男子よ。
初めはおでこに、次に瞼ときて、鼻先、そして頬、最後に唇……は、実の兄妹であろうと、実であるがこそアレなので、断固死守。
正直、物凄く残念と思うが、思いは思い。
いくらASMRっても、シチュではないリアルで(義)ですらない兄と妹のマウス・トゥ・マウスはアレなので、
「愛しのアトランティア、僕の可愛い妹。はぁ……もし、お前に罪があるとすれば可愛すぎるところだな、絶対。クソっ、こんなにも目に入れて痛くない。でも、その代わりに心臓が痛くなる可愛い妹を、僕のアトラを、父上は……っ」
でも。
でも、だとしても。相変わらず顔が良すぎて話がまるで頭に入ってこないお兄様へ。
何時にもなく荒ぶってらっしゃるけど、本当にどうしたの、今日。
「お労しや、お兄様。もしかしなくても、心なし、少しやつれました……??」
思わずされるがまま、そんな言葉が飛び出るほど。
普段の長男味と共に語彙力まで喪失しているのを鑑みる限り、お兄様には悪いが「どどどどどんだけ、どんだけ、手ごわい虫さん? を私が居ない間、相手にしてたのか……」と逆に気になって仕舞う件について。
不肖私、アトランティア。
いくら元来怠惰な引き籠り人間でも、いくら一方的にブチかまされたコロコロでも、折角の異世界入りというのもあって。F世界特有の葉っぱとか、動物とか、その他諸々。
実は俗に言う「その類」にちょっと好奇心が割かし強な質であったりして……?
「だから、こんなにも天使な妹をひとり下界に置いておくなんて、僕には出来ない」
「リ、リアムお兄様……っ」
茶番である。
今日も今日とて茶番では、ある。
「だから、もう学園辞めていいんじゃないかと思うんだ」
———が。
それはそれ、コレはこれなので。
「あの、お兄様? 嘗てないほど大層お疲れなのは理解しましたが、休むならまだしも、辞めるだなんて駄目に決まってるじゃないですか」
馬鹿なんです?? と。
なので、一個前の
すると、現実では。
「アトランティアの可愛い成分不足過ぎて、一瞬、このまま馬車に詰めて、攫って行こうかとも思ったが。それだと他のクソ野郎共……特にア……アレにお前が見られるなんて無理だし、耐えられないから。お兄様はこれでも隙を突いて、凸って来たんだ」
だからって、こんな時期に凸るなよ。
後、言い方がな?
「ルーカス兄さんの時折りの発言然り、たぶん私のせいではありますが。とうとうお兄様の口からまで、まさかの
「はあ……いいかアトラ、必要なものがあれば全て買ってやる。だから外には……可能な限り、出来るだけ、絶対出るな。外の世界は危ない奴らで蔓延してるんだ、お前のようにかわいい娘はすぐに悪い奴に連れて行かれてシマウ……」
方や茶番、もう方や大真面目な風情である分、二重の意味で震え、拭き出しそうになる妹。
部屋に射す日差しが二人を包み込んでまるで宗教画のようだが、華奢な身体に回された腕は鎖の様。
そう言ってリアムは妹の左の頬に、ちゅうと、猫というよりかは「モチ」を吸うようなひとつキスを落とし。アトランティアをうっとり、とろ~り、よしよしと見つめるその表情は、疲労困憊でありながら、まさに恍惚というのが正しい。
「妹」
「ハイ、妹です」
傍から見れば、今のお兄様は実に「
そして、少女の耳元に唇を寄せ。
「アトランティア、僕…」
と。
何だか眠くなってきちゃった、とも。
と、お兄様は言った。
「だから、学園入学自主辞退していいか?」
「駄目です」
が。
そう
「入学早々、妹を理由にサボろうとしないで」
となるのが後手妹、アトランティア。
「このシスコン(共)近い将来、例えセッの途中でも私が召喚すれば、帰宅してきそうだなぁ」と彼女は思い。
後は、先ほどからの
「アトランティア……」
「お兄様……」
そんな不穏でありながら、至極健全な関係性。それだけ今この時、この兄妹。お互いの体と精神が、ある意味真逆の方向性で疲れていたのである。
だから、
「お兄様、学園行きたくない」
「その気持ちは、分かる」
とても分かる、私も学生な時代があったので。と少女は思い、振り返るのだ。
当時、学生生活が嫌いというワケではないが、好きでもなかったあの頃。仕事コンクールに忙殺され、友達のひとりもなく。
平和な世界だのに、不穏な社会業界に毎日飽き飽き、いつもヘトヘトで。
だが、然し。だからと言って当初、自らあの世界での環境を壊そうと思うほどの熱量を持ち合わせておらず。
そんなとき訪れた転機、そして異世界入り。
そんな私の前に現れたのが、「今」という人生。
朝起きてコーヒーを豆から挽いて飲み、お気に入りのドレスを着て自己研鑽。
綺麗な咲き誇る花を貰っては出窓に飾り、眠くなったら誰にも邪魔されることなく好きな時までシーツの海に溺れる。
ただなんとなく、との繰り返し。大それた目標もなく、享楽を受け入れて揺蕩う自堕落生活。
———悪くない、寧ろ最の高。
と。そう思う度、ナニかを、とても大事だった「ナニか」をジワジワ忘れてゆくこの感じ。
夜廻りの終わり、少女の中から消えゆく思い出の残滓に「彼ら」はしめしめ、ほくそ笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます