子爵位の罠
蓮
前編
とあるお茶会の隅の方で、それは起こった。
「ロゼッタ嬢、君との婚約を破棄させてもらう」
冷たくそう言い放つのは、マルコ・ヴィニーチョ・ディ・ベルティ。ベルティ伯爵家の長男だ。アッシュブロンドの髪にクリソベリルのような緑の目。見た目だけは良く見える。
そして彼の隣にはふわふわとした栗毛色の髪にターコイズのような青い目の、小柄で庇護欲そそる可愛らしい顔立ちの令嬢がいる。
「理由をお聞かせください」
マルコからつい先程婚約破棄を告げられたロゼッタ・テオフィラ・ディ・スフォルツァ。
彼女の真っ直ぐ伸びたブロンドの髪が風に靡いている。ラピスラズリのような青い目はやや呆れ気味だ。
何となく理由を察しつつも、一応聞いてみるロゼッタである。
「スフォルツァ家が領地を持たない子爵家だからだ。領地を持たない子爵家の人間の癖にロゼッタはいつも偉そうでもう我慢ならない」
クリソベリルの目を吊り上げているマルコ。そして隣にいる令嬢には優しげな表情を向ける。
「俺は新しくイメルダと婚約をする。領地を持たない子爵家の奴よりも、領地を持つラヴェニル伯爵家の令嬢のイメルダこそ俺に
「マルコ様、嬉しいですわ」
イメルダはうっとりとした表情だ。
マルコとイメルダは完全に二人の世界に浸っている。
「……承知いたしました」
ロゼッタは淡々と婚約破棄を受け入れ、その場を離れるのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
「何だその一方的な宣言は!?」
ロゼッタがスフォルツァ子爵家の屋敷に戻り、マルコとの一連の出来事を伝えた。
するとロゼッタの父アメデオがマルコの所業に憤慨していた。
「大勢の前でないだけまだマシとはいえど、完全にこちらを見下しているわね」
ロゼッタの母ザイラもここにはいないマルコに対して怒りを露わにしている。
「確かに腹立たしい。だが、ここはロゼッタがあんな馬鹿と結婚せずに済んだと喜ぼうか」
ロゼッタの兄エンリコは怒っているのか安心しているのかいまいちよく分からない表情だ。
「まあまあ、皆様落ち着いてください。マルコ様もイメルダ様もきっとこれから地獄を見るのですから、今くらいは何も知らないまま幸せに過ごさせてあげましょうよ」
婚約破棄された本人であるロゼッタはおっとりと微笑んでいた。
「ロゼッタ、お前は優し過ぎる。もっと怒っても良いんだぞ」
「そうよロゼッタ、貴女は我慢なんかしなくて良いの」
「我が妹は何て優しいんだ」
ロゼッタの反応に彼女の家族は女神を見るような目を向けていた。
「領地を持たない子爵家……ね。あの二人は誰を敵に回したのか気付いておりませんのよ。それとなくヒントは教えていましたのに。急いで伯父様達にこの件を伝えないといけませんわ」
ロゼッタはクスッと笑うのであった。
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数日後。
「マルコ! お前は何てことをしたんだ!? お前がロゼッタ嬢と勝手に婚約破棄をしたことで私は外務卿を辞めさせられた! おまけに数々の家が我がベルティ伯爵家とはもう取り引きをしないと打ち切られた!」
ベルティ伯爵家の
マルコの父ファビオはロゼッタとの婚約破棄の件で怒り心頭であった。
「俺がロゼッタと婚約破棄したせいで何でそうなるんです!? ロゼッタは領地を持たない子爵家の人間でしょう!?」
マルコはファビオの怒る意味が全く分かっていないようだ。
「領地を持たない子爵家……。マルコ、お前は本当に何も分かっていない……!」
マルコの言葉に呆れと怒りがごちゃ混ぜになるファビオ。彼は一旦深呼吸をし、マルコと向き合う。
「マルコ、お前はスフォルツァ家と聞いて何も思わないのか?」
「ええ。どうせ大したことない家でしょう」
マルコは鼻で笑う。
「この大馬鹿者!」
マルコの答えを聞き、ファビオはマルコの頭に拳骨を落とした。
「父上、何をするのです!?」
拳骨を落とされて痛そうな表情のマルコ。
「お前はどうして主要な貴族の家名を覚えていない!? スフォルツァ子爵家の本家筋はこのアリティー王国の宰相閣下が当主のスフォルツァ
「ロゼッタが宰相閣下の姪……! ですが、ただ姪なだけですよね? 伯父が宰相で公爵家当主だからって……! それに、子爵家は下級貴族でしょう? 子爵位ですし」
マルコは初めて知った情報にクリソベリルの目を大きく見開いていた。
「お前は子爵位だからと馬鹿にしていたのか!? 子爵位は確かに下級貴族ではあるが、公爵家などの上級貴族と縁がある場合もあるのだ! 教えたはずなのに
激しい雷はまだ止まない。
「ロゼッタ嬢は宰相閣下も娘同然のように可愛がっていた! それに宰相閣下は弟君のことも大切にしている! お前が勝手に婚約破棄してスフォルツァ子爵家を馬鹿にしたせいでベルティ伯爵家は宰相閣下一人だけでなく、スフォルツァ公爵家までも敵に回したのだ! もう私は外務卿を辞した身だ。このままベルティ伯爵家の当主の座もお前に譲る! だから後のことはお前が何とかしろ!」
ファビオはそう言い放ち、マルコを突き放すのであった。
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