第57話 受賞スピーチ

僕は運良くこの作品で受賞できた。

だが、それほど嬉しくない。

この作品は副産物であり、この作品に至るまでの過程こそ宝だったのだから……。



僕がカクヨムを始めたのは9カ月前。

右も左もわからないまま書き始め、PVなんかちっとも上がらない。

どうやら書き手同士の交流が必要なようなのだ。

僕はカクヨムからのアンケートに、”そういう挨拶回りみたいなものが煩わしい”と入力するくらい不満だった。

作品で勝負したいからカクヨムを始めたのに!

僕は根性がねじ曲がった人間だったのだ。


そんな時、天川さんという人が自主企画を立てていた。

僕は気楽に参加をした。

まあどうせその他大勢の一人だし。

そんな程度だった。


すると、天川さんから長文の感想コメントが来た。

こんなにちゃんと僕の作品を読んでくれる人っているんだ!

それだけでも感動した。

さらに、天川さんは僕の作品を自分のページで紹介してくれた。

そんなにいいものだったんだろうか……?

半信半疑だったが、天川さんの目を信じることにした。

それまで自分勝手に書いていた上に、誰にも読まれないからとやさぐれかけていた僕の作品は、またプライドを取り戻した。

僕は初めてちゃんと”読む人”を意識するようになったのだ。


それから、僕は作品評価や意見交換のために部活を設定した。

すると天川さんが参加してくれた。

あの天川さんが?!

雲の上の人のように感じていたけれど、結構人懐こいんだな、と意外な一面を見てこれからの活動に胸を膨らませた。


そして間もなく、天川さんからなんの予兆もなく下ネタが発信された。

あ、あれ? 天川さんてこんな人なの??

戸惑いはあったが、僕は天王星人だ。

大体の人間を許容している。

天川さんはきっと僕らを楽しませるために(エロの)先陣を切ってくれたのだ。

うん、かしこまった部活なんて楽しくないしね!

僕は天川さんのミステリアスをそう解釈した。


ある日、天川さんはとある作品で傷つき、暴れていた。

どうやら天川さんは、巨乳のスマートでエリートな女子をみるとコンプレックスが刺激されるらしい。

僕も作品を見に行った。

天川さんのコメントがひどくて笑える。

なんて素直な人なんだ……作者にそのままブチまけてくるとは。


その時、僕の頭に一つの作品アイデアが浮かんだ。

巨乳でSAN値を減らした天川さんが、闇堕ちする話だ。


僕は不謹慎だと思いながらも許可なく書き上げた。

その時誕生した”雨川”は、僕の心の中の東北の山中に今も潜んでいる。


天川さんは怒ることなく、作品を受け入れてくれた。

僕はこういうとき暴走する体質で、今後もこの悪ノリは直りそうもないからありがたかった。


すると、天川さんも作品を書いてきた。

自身のコンプレックスをしっかりと書き上げている。

これだけ自己分析をして、さらに文字に起こせるなんてすごいことだ。

さすがだな、と思って読んでいくと、後半僕との絡みがあった。

まさか、一番免疫のないそこを突くとは!

単にエロを書きたかったのか、僕の弱点を見抜いてのことかはわからないが、天川さんの底知れない想像力を改めて知った。


それから、天川さんが貧乳キャラになり、乳という単語をみると天川さんの影がチラつくようになった。

これは、ホラー現象だろうか?


僕はこの現状を打破するために、創作に集中することにした。貧……とは何か。お金がないことだろうか。いや、天川さんはただ乳が無いことを嘆いたんじゃない。自分の人生のコンプレックスの象徴としての巨乳なのだ。貧しさとは、すなわち自分の足りないところばかりを見てしまう、心のありようのことを言うのだ。


ならば、貧しさの末路を書こう。

金欠、嫉妬、寂しさ、誤魔化、失望。

どんなに努力しても、簡単に抜け出せない蟻地獄。

最後、全てを手に入れたのに寂しい二人。

自分たちをわかってくれるのは、ある時は呪い、ある時は欺こうとした神さまだけ。

そんな話ができた。



受賞に至れたのは全て偶然のようなものです。

これまで関わってくださった、天川さんを始めとする全ての方に感謝します。

心の山地にいる雨川も喜んでいるはずです。



――ふんぐるい出版主催

  ルルイエ賞受賞者のスピーチ全文――



講評

SAN値を失くしたキャラクターを生み出せるほどの設定力を高く評価しました。

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