・4-6 第45話 「さすらいのケモミミ」

 ハスジローのことは、コハクに任せる。

 そう決めた穣司たちは、気絶したハスジローを介抱するために脱出艇の内部に運び込むと、また外に出て、そのまま待つことにした。


 そうして、どのくらい待っただろうか。

 おそらくは、三十分程度か。


「あ。起きたみたい」


 焚火で今日の夕食に食べるための食材を煮込みながら待っていると、脱出艇の方から声が聞こえ、退屈そうに火を眺めていたヒメが顔をあげた。

 閉じ込められたと勘違いされないよう扉は開け放ってあるので、ここまで音が届く。


 最初は、少し寝ぼけたようなハスジローの声と、ほっとして嬉しそうなコハクの声。

 だがすぐに気絶した直前の出来事を思い出したのか、ハスキー耳の青年は切迫した様子になる。


 柴犬耳の少女は、人間のことを警戒し強い危機感を抱いている兄のことをなんとかなだめようと試みていた。

 だが、うまく伝わらないのか、段々と双方の声の大きさがあがっていく。


「言い争ってるな……」

「これは、なんだか良くない雰囲気だねぇ……」


 腕組みをしながらじっと待っていた穣司は(雲行きが怪しいな)と表情を険しくし、なんとか説得しようと提案したディルクは、マズかったかなと不安そうな様子になって馬耳をしおれさせる。


 このまま本格的なケンカに発展してしまうのか。

 止めに入るべきだろうか。

 しかし、人間である自分が出て行ったら、また話がややこしくなってしまうのではないか。


 悶々もんもんとしながら待っていると、一際ひときわ大きな叫び声が辺りにとどろいた。


「お兄ちゃんの、ばかぁっ!!! 」


 どんなに説得しても一向に聞き入れてくれないことに、とうとう怒ったらしい。

 それから少しの間、取っ組み合いでもしているのかどったんばったん、激しい物音が内部から聞こえて来る。


「止めに行くか」

「そ、そうだね……」


 さすがに止めるべきだ。

 今さら、人間が出て行ったらどうの、とは言っていられない。


 穣司とディルクが目くばせをし合い、始まってしまったケンカを止めようと立ち上がり、一歩を踏み出そうとした時だった。


 唐突に、物音が止む。

 どうやらもう終わったらしい。


「AI。どんな具合だ?

 どっか壊されたりしてないか? 」

≪否定(ネガティブ。弊機へいきに破損は見られません。

 ただ、ジョウジ。後片付けが大変そうですよ≫


 取っ組み合いでどこか壊されでもしたかと心配になったが、その点は平気であったらしい。

 内部の散らかりようがどれほどなのかと肩をすくめていると、なんとか折り合いがついたらしい兄妹が姿をあらわした。


 ずいぶん派手に噛みつかれたらしい。

 ハスジローの顔や手の露出している部分にはくっきりとした噛み跡がついており、彼はどこか疲れた様子でしょぼくれている。

 それに対しコハクはというと、まだ不機嫌そうなふくれっ面をしているが、ぴったりと兄の腕に抱き着いて離れようとしない。


「えっと……、ハスジローさん?

 大丈夫か? 」

「うん……。大丈夫。

 なんか、旅に出る前のことを思い出した」


 心配になってたずねてみると、弱々しいながらも笑みが返って来る。

 こんな風に兄妹でケンカをするのは、日常的なことだったのだろう。

 あるいは、旅に出ると知って、大ゲンカになってしまったことがあるのかもしれない。


「兄さん。ちゃんとジョウジに挨拶して!

 それと、いきなり襲いかかったの、謝って! 」

「う、うん。分かってるって」


 ジロリ、とコハクに下から睨みつけられたハスジローは、恐縮した様子で頭を下げて来る。


「その、ジョウジさん。

 初めまして、ハスキー耳のハスジローと言います。

 それと、さっきは急に襲いかかって、すみませんでした」

「ああ。

 オレは、多比良 穣司。メカニック・エンジニアで、ここでみんなと開拓農場をやってる。

 まぁ、さっきのことは水に流すよ。

 オレの方は怪我も無くて無事で済んだんだし、久しぶりに帰って来たばかりなら、人間のことを悪く思っていても仕方ないだろうからな」

「そう言ってもらえると、ありがたいよ」


 それからすっと右手を差し出すと、少し戸惑われてから、意味に気づいたのか青年に握り返される。


 これで仲直りは完了だ。

 なんというか、少しばかり、いや、かなりハスジローはボロボロになってしまっていたが。


「コハク、もしかしてケンカ強かったりするのか? 」

「ああ、うん……。昔っから、おいら勝てた試しがないんだよね」


 その様子を観察して気になったのでたずねてみると、苦笑が返って来る。


(けっこう、ハスジローさんも強そうだったがな)


 先ほどの出来事を思い返しながら、もしかすると大事に思っている妹が相手だから、本気を出せないだけなのかもしれないなと思う。

 鉄パイプの振り方は雑であり、なにか流派とか技を学んでいるわけではない独学のものだったが、鋭さと勢いがあり、穣司を追い詰めるタイミングも上手だった。

 戦い慣れていそうな感触だ。


「ハスジローさん。もう長いこと旅をしていたんだって? 」

「うん。

 もしかしたらコハクから聞いているかもしれないけど、おいら、旅をしている、さすらいのケモミミなんだ。

 風来坊って奴さ」

「なるほどなぁ……。

 ところで、どこでコイツを見つけたんだい? 」


 そう言いながら、穣司は預かっていた鉄パイプを差し出し、ハスジローに返却していた。


 一番たずねたかったのは、この、金属の出所なのだ。

 自然に従ったその日暮らしをしているケモミミたちの中にあって、あまりにも不釣り合いで、文明的な物体の由来。


 もしどこかにこれを作り出せる装置が残っているのなら、それは、漂流している十万人を救うという目的を果たすために大いに役立つはずだ。

 そうでなくとも、他にもこうした金属が手に入るのならば、今後の活動はずっとずっと効率的なものになる。


「ああ、コレ?

 ちょっと重いけど、固くて頑丈だから護身用にちょうど良くて、使ってたんだ」


 鉄パイプを受け取ったハスジローはそれを肩に担ぐと、首を傾げる。


「だけど、ジョウジさん。

 どうしてコイツの出所が知りたいんだい?

 こういうものって、大昔に人間たちが作ったんじゃないのかい? 」


 製造した種族なのだから、当然、自分たちで好きなだけ同じものを作れるはずなのに。

 その疑問は当然のことだっただろう。


「ああ。実はな……」


 そこで穣司は、これまでに起きた出来事のあらましと、金属が不足して困っていることを彼に説明することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る