・3-9 第37話 「おすそ分け」

 元々、穣司には隠し事をするつもりなどなかったし、そのことを示すために脱出艇のハッチは開け放ってあった。

 そもそも隠しておきたいこともないし、ここで、ディルクに立ち入ってもらうことはなんの問題もない。


「さ、どうぞ」

「お、おじゃまします~」


 先にハッチをくぐった穣司が手招きをすると、馬耳の女性は恐る恐る後について来る。


「へ、へ~。

 人間さんの家って、ずいぶん、変わってるんだね~」

「まぁ、そうなのかもな。

 ケモミミさんたちは、割と自然の中で暮らしているみたいだし」


 これは家などではなく、本当は宇宙船なのだ、という説明をしようかとも思ったが、以前にコハクに同じようなことを言った記憶があるし、話がややこしくなりそうだったので適当に話を合わせておく。


「ほら。これが、パワードスーツだ」


 きょろきょろと周囲を見回しているディルクを誘導し、格納式のハンガーラックに収納していた宇宙服を取り出す。

 すると、「ひっ、ひィっ!? 」と、息をのむような悲鳴が聞こえた。


「こ、こここ、これっ……!?

 に、人間さんの、毛皮……っ!? 」


 これも、前に聞いたことがある。


(もしかしてケモミミってみんなこういう反応をするんだろうか? )


 そう思って苦笑しつつ、そう言えばヒメは反応が違ったな、と思い直す。

 やはり本を読んだことがあって、人類文明についてある程度の前提知識を持っている場合と、そうではない場合では捉え方が異なるらしい。


「違う違う、これは、こうやって着るものなんだよ」


 百聞は一見に如かずということわざがある。

 顔色を青ざめさせているディルクを安心させるために、穣司はパワードスーツを実際に着て見せる。


「どうだい? 怖いものじゃないだろう?

 みんなが服を着ているのと一緒さ」

「な、なるほど……。

 だけど、ガッシュンガッシュン、凄い音が鳴るのはどうしてなのかな? 」

「それはコイツが普通の服じゃなくて、機械動力がついているからだな。

 それで、駆動音が鳴るのさ」

「きかいどうりょく……?

 くどうおん……? 」

「あ~、なんていうのか、うまく説明できないんだが。

 とにかく、この服を着ていると普通よりも強い力が出せるんだけど、その力を発揮するための仕組みが、音を出すんだよ」

「へ、へ~? 」


 釈然しゃくぜんとしない様子で眉を八の字にしている馬耳の女性の前で、何度かぴょんぴょんと飛び跳ねて見せる。

 すると衝撃を吸収する機構が働き、ガッシュン、ガッシュン、と音が鳴る。


 詳しいことはよく理解できないが、とにかく、[そういうもの]なのだろうと捉えることにしたのだろう。

 まだ戸惑っている様子ではあったが、ディルクはほっとした様子で表情を和らげていた。


「まだよくわからないけど、とりあえず、よ、よかった~。

 なにか得体の知れない、怖い化け物がうろうろしてるのかと思っていたよ」

「ははは。確かに、ケモミミさんたちからしたら見慣れないだろうけどな。

 けれど、コイツはあるとすっごい便利なんだぞ? 」


 これは意味の分からないなんだかおそろしいものなどではなく、便利な道具なのだと示そうと穣司は手招きをし、また脱出艇の外へ向かう。


「どうだ!

 こんなこともできるんだぞー! 」


 そこで穣司は、もう一度森まで行って持ち帰って来た腐葉土がたっぷりと詰まっているカゴを持ち上げてみせる。

 重さ百キロ以上もある物体だ。

 パワードスーツがどれほど便利であるのかは、一目で分かるだろう。


「わ~! すごい、すごい! 」「人間の道具って、力持ち」


 もうその光景を目にするのは初めてではないはずだったが、コハクもヒメも感心した様子で拍手をしてくれる。

 ———だが、意外なことにディルクの反応は鈍かった。


「これくらいだったら、ボクにもできるけど? 」

「……え? 」

「それ、ちょっと貸してみてくれないかな? 」


 穣司がきょとんとしていると、馬耳の女性は近づいてきて、人間ならばまず持てない重さの物体をひょい、とつかんで、軽々と持ち上げてみせた。


 見た目ではそれほど筋骨隆々とした印象ではないのに。

 モリモリと筋肉が膨れ上がり、険しい山岳地帯のいわおのようにゴツゴツと固くなる。


「うおおお、すげぇっ! 」


 その見事な筋肉に、思わず歓声をあげてしまう。

 平原一の力持ちと呼ばれているのも納得だった。


 驚いたり、はしゃいだりしている周囲の様子に、ディルクは得意そうだ。


「ふふ~ん。どう? すごいでしょ? 」

「ああ! 凄い! 」「うん! ディルクさんかっこいい! 」「たのもしい~」

「わっはっは! 力仕事はボクに任せてよ!

 ……ところで、コレ、土が入っているみたいだけれど、なにに使うものなのかな? 」

「あ、ああ、それは。

 森で集めて来た腐葉土なんだ。

 堆肥って言ってな。畑にまいて使うと、いい野菜が育つんだ」

「そ、そうなんだ?

 へ~、これで、あの美味しいのがね~」


 こんなものをまくだけで、あの美味しいニンジンが育つのか。

 足元に下ろしたカゴの中にたっぷりと詰め込まれている腐葉土を見つめながら、ディルクは口元を緩ませ、慌てて腕でぬぐう。

 よだれがこぼれそうになったらしい。


「あ、あはは……。ごめんね~?

 あんまり美味しかったから、つい……」

「いやいや、気に入ってもらえて嬉しいよ」


 ウソ偽りのない本心でうなずくと、そんな穣司のことをしばらく見つめてから、馬耳の女性はなにかを決心したらしくうなずいた。


「うん、よく、わかったよ。

 人間さんも、ここにあるものも、不思議だけれど危ないものじゃない。

 これで、みんなも安心してもらえると思う」


 ケモミミたちを代表して真相を明らかにする。

 その大役を果たすことができて安心した様子だった。


(あ、そうだ)


 そんな彼女に、あることを思いついた穣司は提案をする。


「ディルクさん。よかったら、いくらか野菜、お土産に持って帰るかい? 」

「……えっ?

 そりゃ嬉しいけれど、いいのかな? もらっちゃって」

「ああ、もちろん。

 それで、他のケモミミさんたちにも少し分けてあげて欲しい。

 そうすれば、ここでオレたちがなにをやっているかも分かってもらえるし、もう怖がらなくって良くなると思うんだ」

「……ああ! そういうこと?

 うん、いいよ~!

 そういうことなら、喜んで協力するよ! 」


 それは名案だ。

 笑顔になってうなずいたディルクは、二つ返事で引き受けてくれていた。

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