・1-6 第14話 「未知との遭遇:2」

 非常用携帯食料・ステーキ味・ブロックタイプ。

 ケモミミの少女が夢中になって食べていたのは、数種類あるものの内のひとつだった。


「やっぱり、肉、好きなのかな」


 脱出艇の船内に戻り、ストックの中から約束通り同じものを三本、用意しながら、穣司は思わず微笑んでしまう。


 ステーキ味、と言っても、本物の獣肉を用いているわけではなかった。

 かつて[謎肉]などと呼ばれ、インスタントラーメンなどに具材として入れられていた大豆を使った疑似肉を元に開発された、スナック感覚でかじることのできる植物由来の食品だ。

 これは、いわゆるベジタリアンでも問題なく食べることができるように、という配慮で採用されたもので、非常用携帯食料の中でも人気があった。


 本物のステーキとは似ても似つかない謎の食品だが、お肉のうま味たっぷりでなかなか満足感がある。


 柴犬耳の少女はそれをすっかり気に入ってくれたらしい。

 別に脱出艇の内部に入ってもらっても穣司としては少しも困らないのだが、見慣れない機械を警戒してか遠巻きに様子を眺めている彼女は、しかし、嬉しそうににこにことしながら待っている。


「んっふふ~。さんぼん、さんぼん、さんぼん~♪ 」


 機嫌のよさをあらわすように、尻尾がブンブン、左右に揺れていた。


(やっぱり、本物っぽいな)


 その様子を横目で確かめた穣司は、あらためて、少女についているケモミミや尻尾が飾りではなく実際の身体の一部なのだと、そう実感していた。

 元々生物的でとても作り物には思えなかったのだが、ああして、本人の感情に連動して動いているのを見ると、疑うべき余地はなくなってしまう。


(なんとか、話を聞けないかな)


 おおよその外見は、ほとんど人間と同じ。

 それなのに、動物らしい外見的特徴を持っている。


 いわゆる、獣人だ。

 それも五段階の分類の内ではケモ度1、もっとも人間に近いタイプ。


 これほど似ているのだ。

 もしかしたら人間とも関係があるのかもしれない。


 そのことを含め、教えてもらいたいことがたくさんあった。

 この惑星がどこなのか。

 やはり地球なのか。

 それとも、まったく関係のない別世界なのか。

 彼女たちのような獣人は、他にもいるのか。


 言葉は通じているし、しかも、少女は人間と同程度の知性を有しているのは間違いない。

 なにしろ、三本、という数を理解しているのだ。

 きっと話せばいろいろなことが分かるだろうし、それは、これからの穣司に大きな影響をもたらす発見になるのに違いない。


「はい。おまちどおさま」

「わ~っ! 本当にくれるのっ!? 」


 どう会話を切り出したものか、と考えながら戻り、食料を差し出すとケモミミの少女は双眸そうぼうをキラキラと輝かせた。

 だが、どういうわけかすぐには受け取ろうとしない。

 じっと、こちらを警戒するジト目の視線を向けて来る。


「どうしたんだい? ほら、ちゃんと三本あるだろう? 」

「ある……、けど」


 怪訝けげんに思ってたずねると、彼女は身構えたまま言う。


「だって。……人間は、わたしたちのご先祖様を食べてた、っていうし」

「はい? 」

「わたしのことも、だまして食べちゃうつもりだったらどうしよう、って」

「……へ? 」


 訳が分からなさ過ぎて、目が点になる。


 確かに、人間は動物を食べていた。

 宇宙開発が進む時代になってタンパク質の生産は宇宙空間でも人工栽培が容易な植物性由来のものに大多数が切り替わってはいたものの、獣肉は一部の嗜好品しこうひんとして生産が続けられていたほどだ。


 身の回りでは聞いたことがなかったが、人類史の中では、犬を食用としていた例もあるらしい。

 たとえば穣司の生まれ故郷である日本と呼ばれる地域でも、すっかり廃れてはいたものの、大昔は食べることがあったらしく、調理法の記録が残っている。


 だが、だからと言って、穣司が少女になにかするなどというのは、まったくあり得ない話だ。

 いろいろとたずねてみたい、ということはたくさんあったが、食料にしようなんて、そういう発想さえなかった。

 そもそも相手は獣人とはいえ、人間とほとんど同一の存在なのだ。


 穣司は慌てて、首を左右に振る。


「いやいや、そんなことしないって! 」

「……。ホント? 」

「本当だって! だいたい、誰がそんなこと言ってるんだ? 」

「みんなそう言ってるよ! 人間はご先祖様たちを食べてたんだから、わたしたちのことも食べちゃうんじゃないかって! 」


 みんなそう言ってる。

 そのセリフからは、いろいろなことがわかる。


 ひとつは、獣人は目の前にいる少女だけではない、ということ。

 複数、少なくとも数人はいる。

 そしてもうひとつは、この惑星に不時着してから、生体反応はあるのに一度も出会わなかった原因が、人間が恐れられ、警戒されているからだ、ということ。


 もし人間に見つかったら、捕まって、食べられてしまう。

 そんな噂があり、信じられているとしたら。


(そりゃ、今まで誰とも会わなかったわけだ……)


 穣司が近づいてくると気づいたら一目散に逃げだすか、隠れてしまう。

 これでは会えるはずもない。


 そして、もうひとつ。

 重要なことだ。


 この世界に、人間はいる。

 あるいは、いた。

 少女のような獣人たちの間で噂になって、誰もが知っているくらいにはその存在は知られている。


「いやいや、食べないから。オレは、普段からコレとか、植物しか食べてないし! 」


 このままではまともに話を聞けないかもしれない。

 そう思った穣司はできるだけ笑顔を作り、手に持った携帯食料のことを指し示しながらなんとか安心させようとする。


「う~ん……、イヤイヤ、だめっ!

 やっぱりちょっとおっかないから、そこに食べ物を置いて、その、変てこなおうちの中に帰ってよ! 」


 その仕草に少し警戒心を解きかけてくれたが、慌てて首を左右に振った少女はこちらを睨みつけて来る。


 食い気に忠実でちょろいな、と思っていたのだが、彼女なりのレッドラインがあるようだ。


(困ったな)


 なんとしてでも、初めてまともに知り合ったこの星の住人と話をさせて欲しい。

 そう思った穣司は、———強硬手段に出ることにした。


「そっか~。それなら、仕方ないな~。

 コレ、あげようと思ったけど、やっぱりやめようかな~」

「……、そ、そんなっ!!? 」


 食料を見せびらかしながらわざとらしくそっぽを向くと、少女の血相が変わった。


「だってな~。オレ、全然悪い人間じゃないのに、そんな、あからさまに嫌われたらな~。

 ヤな気持ちになっちゃうよな~」

「ぅ、ぅぅぅ~っ! で、でも、人間は、怖い……、し! 」

「もう少しお話してくれたら、あげちゃうんだけどな~」


 ちらちら横目で視線を向けて様子をうかがっていると、ケモミミの少女はとてもとても、葛藤していた。

 口の端によだれをこぼしそうになりながらも必死に誘惑に抗い、首を左右に振って食欲を振り払おうとする

 だがうまくできずに、その視線は穣司の手元に釘付けになっている。


 やはり、花より団子、なのだろう。


「な? もうちょっとだけ一緒に話をさせてくれるだけでいいからさ。

 本当に、何もしないよ。何なら、これ以上は近づかないようにするし」


 最後にそう付け足すと、その条件でどうやら、納得してくれたらしい。


「本当に、本当だよね? 」

「本当、本当」


 うなずいてみせると、少女は憮然とした表情でこちらを睨みつけながら念押しをする。


「お話するだけだからね!?

 あと、どうしてもお話したいんなら……、もう一本、ちょーだい! 」


 ちゃっかりしていた。

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