勇者の命を狙うサブイベント令嬢ですが、前世の記憶を思い出したので命を狙うのを止めたら「なんで殺しに来ないんだ」と勇者に執着されました

めぐめぐ

第1話 私死ぬじゃん

 それは唐突に訪れた。

 私の記憶……じゃない。これは、私が私じゃなかった頃の記憶だ。


 そう。

 ――前世と呼ばれるもの。


 次の瞬間、私の手に衝撃が走り、振り下ろしたナイフが弾き飛ばされた。ほぼ同時に私の身体がぐらりと揺れ、おしりに衝撃と痛み、地面の硬さを感じた。

 尻餅をついて痛む臀部をさすりながら、顔をあげる。


 目の前に、滲んだ汗すら宝石と見紛うほどの美しい金髪の青年がいた。


 世の中の陽キャラエネルギーを集めて固めたような存在だ。確か年齢は二十歳だが、実年齢よりも幼く見えるのは、金色の瞳に少年のような快活さを宿しているからだろう。二重の大きな瞳にスッと通った鼻筋、小さな唇の下には、形の良い顎が続く。


 一見優男のように見えるけれど、服の下に鍛え抜かれた筋肉が隠れていることを、私は知っている。


 私が彼に向かって振り下ろそうとした小さなナイフを、私の手を傷つけずに弾き飛ばせる正確な剣術を持っていることも、見えないほど速い剣筋が彼の通常動作ということも、知っている。


 ――彼の名と役割も。


 彼の名前はジークフリート。

 家庭用ゲーム機用に発売された、少し昔を思い出す王道RPGゲームの主人公であり、ゆくゆくは魔王を倒す、勇者と呼ばれる存在だ。


 そう。

 ここは、ゲームの世界だ。


 そして私は――


 剣が鞘に収められる音が聞こえ、私は意識を今へと戻した。

 視界には、私を捕まえようとする仲間たちを手で制止し、こちらに向かって微笑みかけるジークフリートの姿が映った。


 艶やかな唇が、ゆっくりと穏やかな声色で言葉を紡ぐ。


「君の悲しみが癒えるまで、僕は何度でも君の凶刃を受け入れるよ。それが……君の父上を殺してしまった僕の償いだから」


 優しい言葉だ。

 自分を殺そうと刃を振り上げた相手に向かって言える発言じゃない。


 ジークフリートは美男子だけでなく、慈悲深い青年なのだ。


 今までの私なら、憎々しげに頬を引き攣らせながら、


「……首を洗って待ってなさい、ジークフリート。お父様を殺したあなたを、私は絶対に許さない‼」


 と言って逃げ去るんだけど――


「ア、ハイ。いや、な、なんか今まですみませんでした! ごめんなさいっ! 今までの凶行、ほんっっっっっっと許してください‼」


 ペコっと頭を下げてそれだけ言うと、私は一目散に走り去った。


 私が立ち去る直前、微笑みからポカン顔になったジークが、


「え、あ、ちょっと……」


 と言いながら手を伸ばすのが見えたけど、構っている心の余裕も、説明する時間もなかった。


 だって私、このままいけば死んじゃうんだもん。


 ジークが父を殺したと勘違いした私は、彼の命を狙う魔王の手下の組織と協力することになり、最期は組織に裏切られて殺されるんだもん!


 死亡エンドが確定しているサブイベント令嬢――リタ・クラインが今世の私。


 前世で過労死した私に、そりゃないでしょうよ、神様‼

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