第17話



 昼前の立川駅近くの配給ステーション前。設置された大型スピーカーから、少女の明るい声が響いていた。


『──はい、ただいま戻りました! 横浜キャラバン、無事に帰還です!』


 つむぎのLIVE配信だ。

 カメラ越しでも分かる、いつもの柔らかい笑顔。けれど今日は、ほんの少しだけ誇らしげだった。


『今日は海沿いのルートが魔獣の影響でちょっと荒れてて……でも、みんなで慎重に進んだから問題なし! はい、見てください!』


 トラック後部のシャッターが上がる。

 中には横浜連邦からの交換物資──干物、塩蔵ワカメ、海苔、缶詰、海塩、そして横浜の加工場が作った貴重な魚介ミールがきっちり積み込まれていた。多摩の水や山の幸と横浜の海の幸や情報の交換は相性がいい。


『今回もたくさん積めました! 鮮度バッチリの干物と海塩、あと横浜の人たちが“これ多摩のみんなで食べてね”って渡してくれた品も……うん、嬉しいね』


 彼女の言葉に、ライブ視聴者のコメント欄がどっと流れる。


《つむぎちゃんおかえり!》

《絶対無事に帰るって信じてた》

《干物! これで今週の配給ちょっと豪華になる!》

《護衛つむぎの安心感よ……》


 帰還の喜びと、つむぎへの信頼がそのまま数字になって弾けていく。


『あ、あとね──ほら、途中で海風がすごくてさ』


 つむぎは自分の前髪を指で抑える。

 風でふわっと乱れたそれに、コメント欄がさらに湧いた。


《前髪きゃわ》

《癒される》

《つむぎちゃん、今日ちょっと大人っぽい》


 そんな声に気づいたのか、つむぎは照れくさそうに笑った。


『えへへ……見てる人、今日多いね。ありがと。……でも、ほんとはね、ただの護衛じゃなくて、みんなの生活を守れてるって思えるのが一番嬉しいんだ。今日の便も無事に届けられてよかった』


 その穏やかな声の裏で、つむぎはちらりと画面外を見る。トラックの横で、キャラバン隊の隊長が大きく頷いていた。今回も“成功帰還”。多摩連邦では、キャラバン成功時には配給に少しだけ“ボーナス”がつく。これはつむぎたち護衛の魔法少女と、隊員たちの努力の証だった。


『あ、そうそう! 帰還成功ボーナス、今日も出るって! やったね!』


 その言葉に、視聴者がいっそう沸き立つ。


《ボーナス!アジの干物、頼む!》

《つむぎ神》

《今日もありがとう……!》


 つむぎは胸の前で小さく手を合わせて、ぺこりとお辞儀した。


『ううん、こちらこそありがとう。みんなが見ててくれるから、わたしも頑張れるんだよ』


 言い終えると、彼女はトラックの荷台をもう一度確認し、カメラへ向き直った。


『じゃあこれから配給所まで運んできます。今日もみんな、お疲れさま──つむぎでした!』


 配信が切れ、ログが流れ終わる。配給ステーション前にはすでに、つむぎの帰還を見届けた住民たちが集まり始めていた。


 秋の陽気を背景に、少女は静かに笑う。その笑顔は、厳しい世界にわずかに灯る“希望の光”のようだった。


◇ ◇ ◇


 昼過ぎ、立川駅近くの配給ステーション。


 横浜キャラバンの荷卸しを終えた配給所の広場は、いつもよりずっとにぎやかだった。干物と海塩、それに横浜から受け取った缶詰の箱が整然と積まれ、仕分け班が慌ただしく動き回っている。


 その裏手では、農務班のおじさんたちが大きなコンテナを降ろしていた。じゃがいも、さつまいも、葉物野菜、大根。それに、収穫されたばかりの新米がほんの少し。


 最近の配給は、こういった郊外で育った野菜や、多摩連邦政府の備蓄倉庫から引っ張ってきたレトルト・冷凍食品、中野方面と交換した工業品や薬、そして横浜の海産物まで混ざり合ってできている。

 

 つむぎは荷台から降りながら、その光景にほっと息を吐いた。


「──つむぎちゃーん!」


 元気いっぱいの声がして、つむぎは振り向いた。駆けてくるのはかえでだ。その後ろには、アッコと他の子どもたちも何人か連れだっていて、わぁっと一気に囲まれた。


「つむぎちゃん、今日帰ってくるって聞いてさ! ほら、みんな、つむぎお姉ちゃんに“おかえり”は?」


 かえでが手を叩くと、子どもたちが一斉に顔を上げる。


「おかえりなさーい!」

「つむぎ、ねえちゃん、お魚いっぱいもってきた?」

「今日のごはん、豪華になるんだって!」

「つむぎねーちゃん、すごかったの! みんな、ちゃんと応援してた!」


 にこにこした瞳に囲まれ、つむぎの頬も自然とゆるむ。


「ありがとう。道の途中は少し怖かったけど、自衛隊の人たちが見張りしてくれたおかげで無事に帰れたよ。みんなのおかげだね」


 かえでがうんうんと頷きながら言葉を付け足す。


「さっき見たよ、迷彩スーツの人ら。つむぎみたいな魔法少女が前で守って、自衛隊が横で支えて、農務班が野菜つくるって……なんかもう、連邦って感じ」


「そう言われると照れちゃうけど……みんなで支えてるんだよ」


 つむぎは苦笑しながら視線を逸らす。その横を、仕分け班のお兄さんが大根を抱えて走り抜けた。別の係が干物の箱を開けて匂いを確かめ、「今日は当たりだね」と嬉しそうに笑う。その様子を、子どもたちが目を輝かせて見つめる。


 それを見ていたかえでは、ふっと小声でつぶやく。


「……つむぎって、すごいな。あたしもこんなふうに誰かを安心させられる人になりたいかも」


 照れ隠しで髪をいじりながら呟いたその声は、風に消えそうなくらい弱かった。だが、アッコはしっかり聞いていたらしい。かえでの服のすそをぎゅっとつかむと、つむぎを見る時とはまた違う、まっすぐな瞳で言った。


「かえでちゃんもかっこいいよ? いっつもアッコのこと、まもってくれるもん!」


「……っ!」


 かえでは一瞬固まったあと、耳の先まで真っ赤になり、完全に戦闘不能になった。


「もー……アッコのそういうとこ、ずるいんだってば……!」


 つむぎはその光景を見て、胸の奥にあたたかいものが広がっていく。


「ふふ……かえでちゃんは十分かっこいいと思うよ。わたしも、そう思ってる」


「……っ、もう! 二人してそんなこと言うなってばぁ!」


 かえでは照れ隠しのように飛び跳ねると、配給の列へ向けて手を上げた。


「さ、配給もらいに行こうか。今日のご褒美配給、魚の干物、確保するぞー!」


「やったー!」「おさかな!」「おいも!」「つむぎねーちゃんありがとー!」


 子どもたちが一斉に走り出し、アッコがその後を一生懸命追いかける。かえではまだ耳を赤くしたまま苦笑しつつ、つむぎの横に並んだ。


「……つむぎ、ほんとありがと。今日の配給、みんな楽しみにしてたからさ」


「ううん。みんなが待っててくれるのが一番の力になるんだよ」


 ふと、夕暮れの風が吹き抜け、干物と土の匂いが重なって漂った。多摩連邦の“今日”をつなぐ匂いだ。つむぎは小さく息を吐き、ゆっくりと列へ歩き出した。


「……帰ってこられて、ほんとによかった」


 その言葉は誰に向けたものでもなく、暮れゆく空にそっと溶けていった。


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