第4話



 アタシの名前は葛葉いづな。15歳。八王子の「飯綱神社」で巫女やってる。


 ……って言っても、参拝客なんてもう誰も来ないけどね。


 2ヶ月前まで、アタシは葛葉三郎って名前の29歳の神主だった。代々続く神社を守って、朝は掃除して、昼は事務作業して、夕方には境内を見回る。まあ、根は超真面目なんだけど、それなりに遊んでたよ。夜は飲みに行ったり、友達とバカ騒ぎしたり。女にもモテた。我ながらルックスは良かったからな。


 神社自体は小規模で、山道への入り口手前にひっそりとある。境内の千年杉だけが自慢の、古い修験道系の祠を引き継いだ場所。江戸期の文献には「飯縄大権現ノ出張所」なんて記されてる、由緒だけは妙にある神社。


 それが世界改変で、気付いたらこんな見た目になってた。


 鏡を見たときは、正直言って——最高だった。


 黒髪ロングの美少女。色気だけは妙にある容姿。どう見ても白ギャル系。29年間、それなりに遊んでたとはいえ、まさかこんな見た目になるなんて。神様もたまには粋なことするじゃん、って思った。


 いや、世界が壊れて魔獣が出現して、人が死にまくってる状況で不謹慎かもしれないけど。でも、せっかく与えられたこの見た目、楽しまなきゃ損でしょ?


 魔法少女としての変身姿も気に入ってる。狐の面を頭に乗せて、黒の狩衣風の外套にミニの黒デニムプリーツスカート。足袋と赤の厚底サンダル。背中には影で出来た実体のない鳥翼が浮かぶ。


 カッコいい。マジでカッコいい。29年間の地味人生の反動が、今一気に来てる。変身するたびにテンション上がる。


 八王子は「多摩連邦」の一角として、立川や日野と連携しながら何とか持ちこたえてる。魔法少女は全部で4、5人。少ない。圧倒的に少ない。アタシは飯綱神社を守りながら、八王子エリアの魔獣対応に追われる日々。この2ヶ月で、何度も魔獣と戦ってきた。


 そんな中、立川で妙な事件が起きた。


 脅威レベルAの熊型魔獣が、誰にも倒されないまま消滅した。LIVE配信には魔法少女の姿が一切映らず、ただ魔獣が圧縮されて消えただけ。


 ——これ、絶対に立川に未確認の魔法少女がいる。


 しかも相当強い。脅威レベルAを瞬殺できる魔法少女なんて、たぶん多摩連邦には他にいない。なのに誰も正体を知らない。姿も、名前も、能力も。


 放っておけるわけがない。


 もし立川にそんな強い子がいるなら、せめて顔くらいは知っておきたい。連携できるかどうかは別として、存在を確認しておく必要がある。それに、最近23区の動きも怪しい。東京の魔法少女たちが、周辺都市への影響力を強めようとしてるって噂もある。多摩連邦としては、内部の戦力を把握しておかないと、まずい。


 アタシは立川駅前に向かった。人通りはまばらだけど、それでも駅前はそれなりに人がいる。


 路地裏で変身を完了させ、駅前の広場に姿を現す。狐の面を頭に乗せた魔法少女の姿。通りすがりの人たちが、少し歓声を上げる。


 電脳ブレインネットのインターフェイスを起動させて、LIVE配信を開始する。カメラは自動でアタシを中心に捉える。


「はーい、どうも〜。魔法少女イヅナでーす」


 軽いノリで手を振る。配信画面には、すぐにコメントが流れ始めた。


『イヅナちゃんだ!』

『八王子のキツネ姉さんキター!』

『今日は魔獣退治?』

『立川で配信とか珍しい』

『相変わらずカッコいい』


 視聴者数が一気に跳ね上がる。多摩地域で何度も戦ってきたおかげで、それなりに知名度はある。


「今日はね、魔獣退治じゃないんだよね。ちょっと立川の魔法少女に会いに来たの」


 コメント欄が一瞬、静まる。そしてすぐに、疑問のコメントが流れ始めた。


『立川の魔法少女?』

『誰?』

『立川にそんな有名な子いたっけ?』


「先日、駅前で熊型魔獣を倒した子。誰か知らない? 脅威レベルAの魔獣が、一瞬で消えたやつ」


 コメント欄が一気に爆発した。


『あーーーー!!!』

『あの謎の魔法少女か!』

『姿映ってなかったやつぅ!』

『マジで誰なんだろうな』

『イヅナちゃんも気になってたのか』


「アタシもさ、めっちゃ気になってさ。多摩連邦、魔法少女少ないからさ、せめて顔くらい知っておきたいじゃん? だから、もし見てたら出てきてほしいな〜って」


 アタシは駅前をゆっくり歩きながら、カメラ位置に向かって話し続ける。変身した姿だから、目立つ。


「別に責めるつもりとかないからね? ただ、多摩連邦の仲間として、ちょっと話したいだけ。アタシ、怖くないよ?」


 コメント欄には賛否両々の意見が流れる。


『イヅナちゃん優しい』

『でも本人出てくるかな』

『隠れてるってことは、理由あるんじゃね?』

『ていうかこの配信、本人絶対見てるだろw』

『逃げろ立川の子ー!』


 アタシは商店街の方へ歩いていく。背中の影の翼が、ふわりと揺れる。カメラは自動で周囲の風景も映し出す。閉まってる店も多いけど、それでも立川はまだ活気がある方だ。


「もしかして、このへんに住んでるのかな〜。駅前の魔獣倒したってことは、近くに住んでるってことだよね?」


 さりげなく、エリアを絞り込んでいく。配信のコメント欄が、また盛り上がる。


『捜索配信じゃんw』

『これ本人見てたら焦ってそう』

『イヅナちゃん、結構強引だなw』

『でも気持ちは分かる』


 アタシは笑いながら、さらに奥へと進んでいく。魔法少女の気配を探りながら。微かに、何かを感じる。強い力の残滓。あの事件の主が、確かにこのエリアにいる。


 ——もし見てるなら、出てきてよ。アタシ、別に敵じゃないからさ。


 配信画面の視聴者数は、20000を超えていた。


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