第34話 白雉元(650)年 難波味経宮

 大化六年の賀正礼は、建設途中の味経宮あじふのみやで行われた。完成の暁には王宮となる宮だ。しかし、この記念すべき年は、一月と十四日で終わった。年が明けて幾らもしない日、長門国ながとのくにから白いきぎしが送られて来た。この瑞祥ずいしょうにあやかり改元が行われる。


 小郡宮おごおりのみや内裏だいりの庭で、大君おおきみ主催のうたげが催される。一段高く置かれた大君や皇族の席の前には、大きな籠が置かれている。籠には送られて来た白い雉が入る。招かれた高官や知識人の上席が、最上席を扇形に取り巻く。その後ろに諸臣まえつぎみの席が整然と並ぶ。

「同様の瑞祥は、後漢書ごかんじょ明帝紀めいていき栄平えいへい十一年の記事に見えています。白いきぎし麒麟きりんが出現し、随所にはかぐわしき泉の湧出もあったと」上席にてぎょう王子は答える。

 機嫌の良さを隠さない大君は、招待客に白雉はくちいわれや旧例を逐一尋ねる。

「これは休祥きゅうしょうといい、大層めでたい事の前兆です」みん法師が説明を引き取る。

 父は心なしか安堵の視線を法師に送る。大君の機嫌取りならば、法師の方が巧くやってくれるだろう。

「君子の威徳が四方にあまねく行き渡る時、白いきぎしの出現を見ると言われています。祭祀さいしが正しく、服装や宴にも節度の見られる時も然り。また別の伝えには、君子の行いが清楚であれば山に白雉が見られる、まつりごとに仁と聖の伴う時に現れるともあります」期待に違わず、滔々とうとうと弁舌を振るってくれる。

 ぎょう王子の右隣には私が座る。左隣にはさい王子としょう王子が百済王の特使として並ぶ。それなりに年を取って貫禄もある大叔父と叔父だが、泗沘さびの王宮内では重用されていない。まつりごとには関わらないため発言権も大してない。しかし、ここでは異国の賓客として上席を占める。そして私も百済王族の一員として、着慣れない故国の衣で座っている。武官の務めならば納得もするが、大君の命令なのだから全く気が進まない。

 このような愚痴を葛城皇子かづらきのみここぼすと、叔父御おじごが見た目を繕いたいだけだ、付き合ってやれと鼻先で笑った。その本人は、大兄皇子として大君の傍らに座る。取って付けたような笑みを浮かべ、僧侶や学識者の意見を拝聴する。

 それにしても、宴に出席する人々を見回して思う。倭国にはこれ程の異国人がいるのか。上席に座る者の殆どが、異国人かその子孫だ。異国系の者は、武官の席にも少なくはない。感心している私自身は、誰から見ても紛う方なき異国人か。何やら奇妙で複雑な気分だ。


 息の詰まる内裏での宴は終わる。閤門こうもんが開かれ、雉の籠を乗せた輿こしを先頭に、人々は朝庭へと退出する。親衛や衛士が整列し、元旦の拝礼のような物々しさだ。私としては、そちらの列に加わりたかった。内裏の宴が続く内は、この庭で適当に飲み食いして過ごせば良い。毎年、酒こそ出ないがお零れの食べ物は悪くない。

 兵士らに見守られながら禁苑きんえんに入り、更なる宴席に着く。本当にいい加減にして欲しい。白い雉という瑞祥を寿ことほぐ儀式は延々と続く。そして大君は、新たに定めた白雉はくちの元号をみことのりとして高らかに告げる。


「やはり、ほう王子。いつもと印象が違い、見違えました」上機嫌な声が、突然、傍らから掛かる。

 思わず怪訝に顔を向けると、案の定、知った顔が白々しく笑いかける。一連の儀式も済み、父達とも別れて安心していた矢先だ。着慣れない衣などさっさと脱ぎ棄てたいと思っているのに、話の長くなりそうな相手に捕まるのは御免被りたい。

「ああ、誰かと思えば」

 久々に現れた大きな男に、私は正直、辟易へきえきする。中臣連なかとみのむらじ鎌子かまこは大男に間違いないが、先程までともにいた父や叔父と並べば、それほど目立つ体格でもない。

「それは百済の王子の衣ですか、良う御似合いです」一応、愛想を言う。

「ああ、ありがとう。御身おみはいつ、三嶋より戻った」

「昨年の冬です。難波の屋敷を建て直し、それを機に戻って参りました。再び、大君や大兄皇子おおえのみこに御仕え致す所存です」

 この男の衣冠いかん大花下だいけげだ。三嶋に籠る前に比べると、格段の差がある。

「それは喜ばしい。大君には既に御会いしたのだな、その服装から見るに」つい皮肉が出る。

 戻って来たのが昨年の冬、今ここで新しい朝服を着ている。とうの昔に謁見し、働きに相応しい衣冠をもらった証拠だ。

「大君も大兄皇子も、私の事をおぼえていて下さいました。おまけに大君からは、鎌足かまたりという新たな名まで頂きました。信頼と期待に足る者たれと、身に余る御言葉も賜り、身に過ぎた位も授けられ、幾重にも喜ばしい限りです」以前にもまして、饒舌じょうぜつで調子が良い。

 何処までが本気なのか、この男の口から聞くと信じ難くなる。名前と共にもらった位は内臣うちつおみだという。大臣おおおみに次いで、大君を補佐する役職という建前らしい。叔父の大伴長徳おおとものながとこ辺りが推薦してくれたのか。

 それにしても、大花下の衣と百済の賓客が、人より大きななりで立ち話をするのは、嫌でも目に付く。通り過ぎる官人らが露骨に好奇の目を向ける。

「全くもって目出度い限りだ。時に鎌足、御身も朝からの儀式で疲れておられよう。正直、私も目の回る思いだ。今は早々に家に引き上げて休みたい。御身は如何なものか」わざわざ、取って付けたような言葉で言う。

「然様にございますな。では、いずれ日を改めて、御屋敷の方に伺いとう思います。如何なものでしょう」負けじと鎌足は言い返す。

「ああ。私も今のところは身が空いている。いつでも参られよ」安請け合いに言ってみるが、正直なところ歓迎はしていない。

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