第20話 毅然とした態度で臨むアナスターシア

「ただいま戻りました」

 玲奈を伴いアナスターシアは5年ぶりに戻った。出迎えたのはサリナとローズリンだった。


「お帰りなさい。元気そうで良かったわ。まったく手紙のひとつも寄こさないで恩知らずな子ね。あんなにかわいがってあげていたのに」

 サリナは不機嫌そうに顔をしかめたが、すぐにわざとらしく腕を広げてアナスターシアを抱きしめた。


「お帰り、アナスターシア! そのドレスとても手が込んでいるわね。真珠のネックレスも素敵だわ。やっぱり、マッキンタイヤー公爵はお金持ちよね。それは伯父様に買ってもらったのでしょう?」

 ローズリンは妬ましそうな眼差しをネックレスに向けたが、やはりわざとらしくアナスターシアを抱きしめた。


(言葉使いが間違っているわ。マッキンタイヤー公爵は私の伯父様で、ローズリンの伯父様ではないのだけれど。それにしても、この二人に抱きしめられるなんて、虫酸が走るわ)

 アナスターシアは笑顔の裏で、心の中でそうつぶやいた。マッキンタイヤー公爵邸で高度な教育を受け、どんな場面でもにっこりと微笑む技術は身についていた。


「お元気そうなお二人にお会いできて、嬉しいですわ。お手紙の件は申し訳ございません。お勉強で忙しくしていたもので、うっかりしておりました」

 いかにも淑女らしい答えを返したアナスターシアに、サリナとローズリンは戸惑った。完璧なレディに成長してしまったことがわかったからだ。


 カッシング侯爵家では屋敷内を大規模に模様替えしたらしく、以前の家具や調度品がすっかりなくなっていた。サロンに足を踏み入れた瞬間、目を覆いたくなるような色彩が飛び込んでくる。

 壁には不気味なまでに派手な色使いの抽象画がいくつも飾られており、どっしりとしたソファの背もたれには過剰なまでに装飾された真紅のビロードが張られていた。これだけで十分に目を疲れさせるが、さらに厄介なのは部屋全体を覆うカーテンと絨毯だった。


 カーテンは紫と緑の奇妙な組み合わせで自然の美しさからかけ離れ、視覚を不快にさせる一方で目を引いて離さない。絨毯はまた別の趣味の悪さを誇っていた。明るいオレンジと派手なピンクの模様が混在し、まるで粗雑なパッチワークのように足元を覆っている。その色使いは調和とは無縁で、歩くたびに視界に飛び込んでくる不協和音を感じさせた。

「この私が模様替えをさせましたのよ。センスが良いことでは自信がありますからね。以前の家具はありきたりでしたし、バイオレッタ様の趣味が反映されていましたもの」

 サリナは自慢めいた微笑を浮かべた。


「センス・・・・・・確かにサリナ様は独特なセンスをお持ちだと思います。ところでお父様はどこですか?」

「待ってよ、アナスターシア。お母様を『サリナ様』と呼ぶなんておかしいわよ。以前のように『サリナお母様』と呼ぶべきだわ」

 ローズリンが優しくアナスターシアをたしなめた。


 以前であったなら、アナスターシアはローズリンの言葉に素直に従ったことだろう。だが、今は冷めた目つきでローズリンを見つめ返した。

「お母様ではない方をお母様とは呼べませんわ。ただ、お父様の後妻として嫁いできた方なので、現カッシング侯爵夫人としては敬意をもって接します。それから、ローズリン様。あなたは私の実のお姉様ではありませんから、私を呼び捨てにすることは不敬です。あなたはサリナ様の連れ子で、カッシング侯爵家とはなんの関係もない方ですから」

 きっぱりと宣言したアナスターシアの威厳に、サリナとローズリンが青ざめる。しばらくしてから、やっと姿を現したカッシング侯爵は、病というわりには血色もよく、その身体もひとまわり太ったようだった。


「お父様、思ったよりずっとお元気そうなので安心しました。これならすぐにマッキンタイヤー公爵邸に戻っても構いませんわね?」

「いかん! たまたま今日は具合が良いだけなのだ。あぁ、胸が痛いし腰も痛い。アナスターシアは嫁ぐまでカッシング侯爵邸にいるべきなのだ。可愛いアナスターシアや、病気のわしの側にいておくれ」

 カッシング侯爵は嘘っぽい涙を流し、情けない声を出した。これではアナスターシアも帰るわけにはいかなかった。


「病気の父親を置いて戻るなんて親不孝者ですよ。マッキンタイヤー公爵はただの伯父ではありませんか? アナスターシアのお父様はカッシング侯爵ですよ」

 サリナはアナスターシアをたしなめたが、アナスターシアも黙ってはいなかった。


「伯父様のほうがよほど父親らしいことをしてくださいますわ。ところで、伯父様を『ただの伯父』とおっしゃいましたわね? サリナ様が、この国の英雄であり将軍でもある由緒正しきマッキンタイヤー公爵をそのように表現されるとは、どういうおつもりでしょうか? 私から不敬罪で国王陛下に訴えられないように口を慎むべきです」


 ゴルボーン王国では、国王が貴族間の紛争を解決する権限があった。アナスターシアの地位は非常に高く、サリナの無礼な言動に対して強い立場で対応することができるため、この発言は正当な抗議といえた。

 カッシング侯爵とローズリンはアナスターシアのあまりにも自信たっぷりな堂々とした振る舞いにすっかり圧倒され、サリナは悔しさに顔を歪ませたのだった。

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