第17話 愛の告白? 紛らわしいアナスターシアの発言
「アナスターシアお嬢様、お帰りなさいませ!」
「ただいま! 矢を的の真ん中に一発で当ててきたわよ。それにね、剣舞もちゃんと踊れたわ。伯父様はどこにいらっしゃるの? うまくできたことを褒めてもらわなきゃ」
「客間にいらっしゃいますよ」
「了解! 挨拶してくるわね」
廊下での会話は客間に筒抜けだった。元気な可愛い声をたくさん聞けたことに、カラハン第一王子は内心とても喜んでいた。
アナスターシアは背筋を伸ばし、穏やかな微笑みを浮かべながら、来客のいる客間の扉を開けた。彼女の瞳には、誰が訪れたのかという好奇心が浮かんでいた。
客間の扉が開かれると、そこには堂々とした姿の若者が立っていた。高身長で風格があり、その佇まいは優雅さを漂わせていた。美しい顔立ちは王子としての威厳を感じさせる一方で、その身体は病弱さを物語るかのように細身だった。黄金色の髪が陽光に輝き、エメラルドグリーンの瞳が美しい。 アナスターシアの目が彼の目と合った瞬間、彼女はその美しさと威厳に圧倒されると同時に、彼がカラハン第一王子であることに気づいた。
アナスターシアは、一瞬の躊躇もなく優雅にお辞儀をした。
「カラハン第一王子殿下、ようこそマッキンタイヤー公爵邸へお越しくださいました。お迎えできることを光栄に思います」
アナスターシアの声は柔らかく、しかしはっきりと響き渡る。 顔を上げたアナスターシアのアメジストの瞳がカラハン第一王子の瞳を見つめ、二人は長いあいだ見つめ合った。
マッキンタイヤー公爵はもどかしくなり、わざとらしい咳払いでカラハン第一王子を促した。
「あぁ、すまない。あまりにも完璧なカーテシーで思わず見とれてしまいました。だが、アナスターシア嬢、よく私がわかりましたね? 3年前のお茶会では席も遠く離れていたし、話もできなかったように記憶しています」
(だって、私は前回の人生でカラハン第一王子が死ぬところまで見ているのよ? 胸のあたりが真っ赤に染まった服と血の気が引いた白い顔、忘れることなんてできないわよ。今だって、悪夢にうなされるんだから・・・・・・)
しかし、そんな心の声をそのまま口にするわけにもいかず、言ってはまずい部分を省いて正直な気持ちを口にした結果、なんとも告白めいたものになってしまった。
「もちろん、カラハン第一王子がどこにいらっしゃっても、私にはわかります。だって、ずっとカラハン第一王子のことを考えていたのですもの」
カラハン第一王子の頬が染まり、マッキンタイヤー公爵が目を輝かせた。
「なんと・・・・・・アナスターシアも同じ気持ちなのか。これで決まりましたな。私はカラハン第一王子派の筆頭公爵として全力で殿下を支えることを誓いましょう。今日はなんて良い日になったのだろう。記念すべき大事な日になったぞ」
アナスターシアはマッキンタイヤー公爵の言っている意味がさっぱりわからなかった。本人はカラハン第一王子に愛の告白をした気は毛頭なかったのである。
「実はアナスターシア嬢にお願いがあるのだが、バイオターシア商会の化粧品を購入したいと思っている。とても人気で手に入らないのはわかっているのだが、売ってもらえないだろうか? それと、私のことはカラハンと呼び捨てで構わないよ。私は君をアナスターシアと呼んでいいかな?」
アナスターシアの言葉に励まされて、カラハン第一王子が最後の言葉を遠慮がちに加えた。口調は初めより、かなりくだけたものに変化していた。
「バイオターシア商会の化粧品はとても人気なのです。ですから、身分に関係なく順番待ちで購入いただいていますわ」
「そうか。とても残念だな」
カラハン第一王子のがっかりした声にアナスターシアはチクリと胸が痛んだ。
(こうしてみると、本当にカラハン第一王子って綺麗よね。背も高いし頭脳明晰。あの時だって、もっと逞しい身体をしていれば、ハーランド第二王子をはねのけて、銃を取り上げることができたのに。ということは、カラハン第一王子は鍛える必要があるわよ。待てよ、銃の弾を跳ね返す防具を開発するという手もあるわね)
アナスターシアがまじまじとカラハン第一王子を見つめているので、またしても二人はお互い長い間見つめ合うという、ロマンチックな状況になった。
カラハン第一王子の側近やマッキンタイヤー公爵は二人のロマンスを心の中で応援したし、カラハン第一王子はますます顔を赤くした。だが、アナスターシアは宝物庫事件回避のために頭を巡らせていただけである。よって、甘い視線の絡み合いに見えた場面は、ビジネスライクなアナスターシアの返事で幕引きとなった。
「前言撤回ですわ。バイオターシア商会の化粧品はただで差し上げます。ただし、こちらの条件はドラゴニウムと交換です。カラハン第一王子殿下の伯父様はフォードハム国王陛下ですよね。フォードハム王国には軽くて非常に強い金属があると聞いたことがあります。確か、ドラゴンの鱗のように強靱だという由来でドラゴニウムという名前でしたよね? それと引き換えでお願いします」
「ドラゴニウム? よく知っているね? あの類いのものが女性の興味をひくとは思わなかったよ」
「大ありですわ。伯父様は戦の際には必ず最前線まで赴きます。今は他国との戦争もなく貴族同士の争いもありませんが、いつなんどき危険な場面に遭遇するかわからないです。そのドラゴニウムを細かい繊維に加工し、伯父様に着ていただきたいのです。早速、カラハン第一王子殿下はその手配をお願いしますね」
アナスターシアの仕事モードの口調に、少しだけ顔を曇らせたカラハン第一王子に同情したジュードは、思わず口を挟んだ。
「アナスターシア様。お話し中に割り込むことをお許しください。いくらなんでも、カラハン殿下に物々交換を迫るとは、少しばかり失礼ではありませんか? マッキンタイヤー公爵のために特別な鎧でも作るつもりなのでしょうが、カラハン殿下がかわいそうです。ドラゴニウムとカラハン殿下と、いったいどちらが大事なのですか? あ、それからカラハン殿下の『呼び捨てにしてほしい』という可愛いお願いを無視なさらないでください」
「もちろん、カラハン第一王子殿下・・・・・・えぇっと、カラハン? うわっ、ダメよ。呼び捨てなんてできないわ。カラハン様と呼ぶことにします。カラハン様が一番大事に決まっていますわ。ドラゴニウムで作った服はカラハン様にも着ていただくのですもの。カラハン様は私がお守りします。そうよ、なんと言っても私とカラハン様は一蓮托生なのですわ。あっ、それから私のことは呼び捨てにして良いです」
アナスターシアは、頭に再び宝物庫事件の場面がよぎり、カラハン第一王子殿下の命と自分の命が繋がっているような気がしたのだ。
(そうよ。あのとき、カラハン第一王子殿下が死にさえしなければ、私も伯父様もあんなことにはならなかった。カラハン第一王子殿下には元気で長生きしてもらわないといけないわ)
「え?」
カラハン第一王子とその側近たち、マッキンタイヤー公爵は目を丸くした。アナスターシアの言葉は誰がどう考えても愛の告白にしか思えなかったからだ。正確に数えれば、二度目の愛の告白ともいえた。
隅に控えていた侍女たちはキャッキャとはしゃぎ、マッキンタイヤー公爵は「思いのほか早く、アナスターシアの子供の顔が見られるかもしれない」とつぶやいた。
「ありがとう。アナスターシアに守ってもらえるなんて光栄だよ。だが、私がアナスターシアに守られるのではなく、私がアナスターシアを守れるようになりたい。病弱であることが恨めしい」
ぼそりと照れながら残念そうにつぶやいたカラハン第一王子であった。
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