第3話 第二王子妃になったアナスターシア

 アナスターシアは16歳になった。ハーランド第二王子にほのかな恋心を抱き、ローズリンを自分の良き理解者として慕うアナスターシアは、相変わらず怠惰に過ごしていた。サリナとローズリンはアナスターシアに甘い言葉しか言わないし、カッシング侯爵の関心はチェスとカードゲームと年代物のワインにしかなかったからだ。


 ゴルボーン王国では、16歳から18歳のあいだに名家の令嬢は社交界デビューすることになっていた。デビュタントはダイヤモンド城の大広間で行われたが、アナスターシアのエスコートを申し出たのはハーランド第二王子だった。

 デビュタントのドレスは白が基本で、アナスターシアのドレスはサリナが選んだ。それはローズリンとお揃いのドレスだった。ハーランド第二王子からは鮮やかなブルーのピアスがアナスターシアに渡された。ハーランド第二王子の瞳の色と同じだ。

「アナスターシア嬢。僕と婚約してくれないか? 第二王子妃となって、僕と楽しい日々を過ごそうよ。第二王子妃は気楽な身分さ。アナスターシア嬢はにっこり微笑んで手を振っていれば良いだけだよ」

 アナスターシアとダンスを踊った後に、ハーランド第二王子は耳元で囁いた。


「そうなのですか? だったら、私にもなれそう」

 アナスターシアは優しいハーランド第二王子と一緒になれば、この穏やかな幸せが永遠に続くと信じた。その数週間後、ハーランド第二王子とアナスターシアは婚約した。

 


☆彡 ★彡 


 

 やがてお互いが18歳になった年に盛大な結婚式が大聖堂で催された。その瞬間、アナスターシアは人生で最高に幸せの絶頂にいた。


 ハーランド第二王子はアナスターシアに甘くどんな我が儘も許していたので、周囲の者たちはアナスターシアの幸せを疑わなかった。結婚式に招かれたゴルボーン王国の貴族たちはハーランド第二王子にひざまずき、アナスターシアにも丁寧に挨拶をした。


 マッキンタイヤー公爵家とカッシング侯爵家を継ぐアナスターシアを妻に迎えたハーランド第二王子には、富と権力を持った強力な後ろ盾がついたことになる。この国の英雄マッキンタイヤー公爵は大金持ちであるし、その影響力はとても大きいものだったからだ。


「もしかしたら、ハーランド第二王子殿下が王太子になるかもしれないですね。聡明なことで有名なカラハン第一王子殿下ですが、身体が弱い方ですからな」

「なにをおっしゃる? カラハン第一王子殿下は隣国フォードハム国王の甥ですぞ。先の王妃殿下はフォードハム国王の妹君でございます。カラハン第一王子殿下が王太子になるのは当然ではありませんか」


 列席していた大貴族たちはどちらの王子に就くべきなのかをヒソヒソと話し合っていた。次の国王に誰がなるのか、それは貴族たちにとって、確実に予想しておきたい大事なことであった。ゴマをする相手を間違えたら、とんでもないことになるからだ。この結婚でハーランド第二王子がかなり有利な立場になることは間違いなかった。



☆彡 ★彡



 式が滞りなく行われた後、華やかな婚礼の宴がダイヤモンド城の大広間で開かれた。


「おめでとう、アナスターシア。その綺麗な花嫁姿をバイオレッタにも見せてやりたかった。きっとバイオレッタも感激したことだろう。第二王子妃となったのだから、これからは行動に気をつけるように。今までのような勝手な振る舞いは控えるのだぞ。貴族たちのお手本になるように日々精進し、我が儘を言うことはやめるのだ。わかったね?」

 マッキンタイヤー公爵はアナスターシアにお祝いの言葉とともに、やはり耳の痛い言葉を贈った。自分を避ける姪を情けなくも思っていたが、やはり心から心配し愛しているのだった。


「こんな時までお説教なんて酷いと思います。私はそれほど勝手でも我が儘でもありませんわ」

 アナスターシアはぷっと頬を膨らませた。

(本当に苦手な伯父様だわ。私のお母様を溺愛なさっていたというけれど、姪の私にはずいぶん冷たいもの。大嫌いよ)

 

 カラハン第一王子の祝福の言葉もマッキンタイヤー公爵と同じようなものだった。

「第二王子妃となったアナスターシア嬢が心優しい高潔な女性に変わるのを期待している。君は気が短いので有名だからね。もう少し感情をコントロールすることを覚えた方が良い」

「カラハン殿下まで酷いです! 気が短いなんてことはありません。ただ、私の周りの使用人たちが無能なだけですわ」

「兄上、アナスターシアを悪く言うことはやめてください。彼女はすでに私の大事な妻なのですよ」

 アナスターシアを抱きかかえるようにして庇うハーランド第二王子に、年頃の令嬢たちは羨望のため息をついた。


「あれほど性格の良いハーランド第二王子殿下が、なぜアナスターシアを選んだのかしら? アナスターシアは悪女よ。怒りっぽくて、すぐに侍女やメイドに罰を与えるそうよ。焼きごての話は有名ですわ」

「まったくだわ。あんな我が儘令嬢のどこが良かったのかしら。いくら、カッシング侯爵家とマッキンタイヤー公爵家を継ぐ身とはいっても、ハーランド第二王子殿下が可哀想です」

 そのつぶやきはアナスターシアにも聞こえていたので、アナスターシアは不愉快そうに顔をしかめた。


 ちょうど良いタイミングでハーランド第二王子は、アナスターシアに気分転換になる提案を持ちかける。

「アナスターシア、疲れただろう? 実は宝物庫の鍵をこっそり持ち出しておいたよ。父上たちにはナイショでこれから見に行こう」

「賛成! わくわくするわね。みんなお料理やおしゃべりに夢中だし、私たちがこの場にいなくても大丈夫よね?」

「あぁ、庭園で涼んでいると思うかもしれないし、早々と初夜の寝室に向かったのかと思う者もいるさ。婚礼の宴は朝まで続くが、新郎新婦が途中で姿を消すのは珍しくもないよ」

「だったら、宝物庫に行ってからサファイア城に向かいましょう。初夜の寝室には薔薇が敷き詰めてあるのでしょう? 早く見たいわ」



 二人は手を取り合って宝物庫に向かった。ダイヤモンド城の中央ホールから続く石造りの階段を降りた先に厳重な鉄の扉がある。そこにはいつも守衛として騎士がいるはずなのに、今日は一人もいなかった。

「まぁ、誰もいないわ」

「僕たちは幸運に恵まれたね。さぁ、中に入ってみよう」


 重い扉のギギギと軋む音が静寂を破るように響く。扉の隙間から冷たい空気が一瞬にして流れ込み、アナスターシアの胸は期待に膨らんだ。その扉が完全に開かれると、目の前には無数の宝石や黄金、古の秘宝が輝きを放ちながら広がっていた。

「すごいわ! なんて綺麗なの」

「これだけ宝物があるのだから、一個ぐらいなくなってもバレないよ。このサファイアのネックレスはどう? 僕のあげたピアスとお揃いに見える」

 ハーランド第二王子がアナスターシアの首にネックレスをかける。アナスターシアはご機嫌で鼻歌を歌いだし、ハーランド第二王子は得意げに長い鉄の棒を手に持ち構えた。


 その瞬間、鋭い声が二人を責めた。宝物庫の扉の前にはカラハン第一王子が立っており、その表情はとても厳しいものだった。

「なにをしている! ここは父上しか立ち入ってならぬ場所だぞ。その銃を元に戻せ。それは伯父上の国(フォードハム王国)で開発された新しい武器で、極めて危険だ。勝手に触ってはならぬ!」

 カラハン第一王子は、今は亡きロザリン前王妃の生んだ王子である。ロザリン前王妃はフォードハム国王の妹でもあったので、カラハン第一王子はフォードハム国王の甥ということになる。


 カラハン第一王子に咎められたというのに、ハーランド第二王子は相変わらず銃を握りしめたまま、不敵な微笑みを浮かべていた。

「ハーランド、銃を下に置け。」

「嫌だね。最初にこれを使うのは、この僕だよ」

 ハーランド第二王子はそう言いながら不気味な笑い声をあげ、次の瞬間爆音が響いた。すると・・・・・・

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