第九話 「羽休め」
「わぁ! チョウチョだぁ〜!」
大きな尻尾をフリフリと揺らしながら、ルコンが蝶を追いかけている。
馬車から降りてすぐのルコンは、いったいどれ程ぶりなのか、自由な外の世界に戸惑いと感動を隠せずにいた。
「もう危険はない、安心して」と何度も言い聞かせることにより、ようやく年相応の少女らしい無邪気さを見せてくれるようになった。
「かわいいですね、先生」
「…………えぇ」
ゼールは師匠と呼ばれるのを嫌がったので先生と呼ぶことにした。
ファンタジーの師弟関係と言えば師匠と弟子なのだから、こちらとしては「師匠!」なんて呼んでみたかったのだが。
「あ!キレイなお花!」
ルコンがそう言って、道の端の黄色い花をしゃがみこんで嗅いでいる。
狐の魔族ということもあり、鼻はそこそこ効くようだ。
あぁ、美少女と花の絵は映えるなぁ……
そんな光景を見つめて「フフフ……」なんて笑っていると
「おにいちゃん?」
キュッ、と心臓が締め付けられる。
危ない、死にかけた。
だめだ、まだ体と心が適応していない。
『おにいちゃん』なんて呼ばれ出したのは馬車から救出して少ししての事だ。
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数時間前。
『僕のことはライルでいいからね、ルコンちゃん』
『は、はい……えと…………』
慣れないんだろうな。
奴隷として捕まって、閉じ込められて怖い目にあっていたんだ。
助けられたといっても、いきなり知らない人には懐けないだろう。
そう思って歩きだすと、クイクイと弱々しく袖を引っ張られる。
『ん?どうしたの?』
『あの……おにいちゃんって、よんでもいいですか……?』
『もうロリコンでいいや』
『へ?ロリ……?』
あまりの唐突な可愛さに俺は膝から崩れ落ちそうになる。
危なかった、今のは、本当に危なかった。
俺がロリコンならば死んでいたぞ?
ゼールも震える俺を見ながら首を傾げている。
平静を装え、ライル。
『もちろん!すきに呼んでくれたらいいんだよ』
『〜!!はい、おにいちゃん!!』
いや、俺はもう死んでいるのかもしれない。
だって、ほら。
目の前にはこんな可愛いケモミミモフモフ尻尾の狐美少女がいるんだ。
天国だろう。
『しゃんとなさい、もう少しで町に着くわ』
ゼールの声で現実に引き戻される。
助かった。
そうだあと一時間も歩けば町だ。
『すいません、先生』
『……?ゼール、さんは、おにいちゃんの先生なんですか?』
『えぇ、そうなるわね』
『わたしも先生って呼んでもいいですか?』
『ゴホッゴホッ!ン、ンンッ!も、問題ないわ』
うわっ、凄いものが見れたぞ。
ルコン、恐ろしい子…………
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そんなこんなで、町に到着。
町の名前はイーラス。
目立った特徴はないが、ゼールはここで少し用があると言っていた。
何でも、古馴染みがいるんだとか。
宿屋に到着すると、ゼールはその古馴染みとやらの所へ向かってしまった。
俺とルコンは大人しく部屋で休むことにする。
今回の宿は空室が一つしかないらしく、三人で一つの部屋に泊まることになった。
ベッドは二つしか無かった。
三人で泊まるってのに、これでどうしろと。
そんな俺の気をよそに
「わぁ〜!ふかふかだぁ!」
ルコンはベッドの柔らかさに感動して両手でスプリングをギシギシと弾ませている。
何で一つ一つの所作がこんなに可愛いんだ、天使か?
「そういえば、ルコンちゃんはいつから捕まってたの?」
「えっと……わかんないです。でも、一年?くらいかな……」
そんなにか。
だが、それなりに丁重に扱われてはいたのだろう。
体は幼いが栄養不足等により痩せているわけでもなく、着ている服も今まで見たこともない華やかな和服のような服だ。
「その服、綺麗だね」
「はい……むかし、おとうさんとおかあさんがくれたんです……」
寂しそうな顔で自身が着ている服に目を落とすルコン。
しまった、地雷だったか。
「えっと、お腹へってない?先生が戻ってくるまで何か食べる?」
「わぁ!油揚げがたべたいです!」
あるのか、異世界に油揚げ。
とりあえず、探すか。
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町外れの廃れた工房。
客など誰も訪れないような、もはや工房として機能しているかすら怪しい場所へと、彼女は向かう。
約170cm程のモデルような体型の美女。
薄紫の髪を腰まで伸ばし、白を基調としたローブを纏い、純白の柄と先端に四つの魔石を収めた杖を持ち、妖艶さすら漂わせている。
いつもと違うのは、もう一方の手に小型のキャリーケース程の大きさの鞄を持っていることか。
薄暗い工房の奥へと進むと、一人の男が黙々と鉄を打ち付けている。
鍛工族ドワーフ。
身長は120cm程でずんぐりとした体を持ち、顎には立派な髭を貯たくわえている。
一般的には武器などを加工したり、物を作るのが得意な魔族である。
「…………帰りな。客に打つ武器も、売るモンもねぇよ」
男は視線を下げたまま無愛想に呟く。
「相変わらずねドルフ。二十年ぶりかしら」
「あん?…………おめぇさん、ゼールか?ゼールじゃねえか!何だってこんなとこにいんだ?」
「決まっているでしょう。杖を一本作って欲しいの。材料はこれを使ってちょうだい」
そう言って女は持っていた鞄を男に手渡す。
男は渡された鞄から中身を取り出して、まじまじと見つめる。
「おいおい、こいつぁ……どこで手に入れたんだ?滅多に出回るモンじゃねぇぞ?」
「たまたま巡り合わせがあっただけよ。それに、厳密には私のモノではないの。ただ、あの子には使い道が無いから私が用立ててあげるだけよ」
「あの子っておめぇ、まだ…………いや、何でもねえ……」
男は黙り込んで、手の中にあるモノに意識を移す。
女もまた、その気遣いを汲んで黙る。
「一月だ。一月ありゃ、杖に仕立ててやる」
「そう、わかったわ。それじゃあ、また」
「あぁ」
二人の間には最低限の言葉しかなかった。
それで充分であった。
女は出口へと踵きびすをかえす。
次にここへ来るのは一月後。
去りゆく女の口元は、旧友との再開に少しだけ、綻ほころんでいた。
女にはもう一件寄る場所があった。
町の服飾店。
この世界では、服飾店に素材を持ち込んでオーダーメイドを頼むというのは割と一般的な事である。
カランカランとベルが取り付けられたドアを開けて中に入る。
気さくそうな中年の男性が笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、本日はどういった物をお探しで?」
「一ヶ月で外套を二着仕立てて欲しいの。素材はコレを」
「コレは?どうやら魔獣の皮のようですが〜〜」
そこでも、鍛工族ドワーフの男と同じ様なやりとりをして店を後にする。
やるべき事を済ませ、宿へと戻る。
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「あら……」
宿に帰ると、部屋ではひとつのベッドで少年と少女がすやすやと寝息を立てていた。
仰向けに寝転がる少年に抱きつくようにして、狐族ルナルの少女が尻尾を丸めて寄り添っている。
愛らしい光景に思わず口元が緩んでしまう。
子どもは好きだ。
何故かと言われても、ハッキリとした理由を述べることは出来ないが、好きなのだ。
今回この依頼を受けたのも、たまたまアトラ王国へ行こうとしていたところに、子どもの護衛などという誰も受けないであろう依頼があったからだ。
本来してあげるべき子にしてあげられなかった分、せめて他の子に。
偽善めいた考えが一瞬頭をよぎるが、すぐに捨て去る。
それにしても、二人が打ち解けることが出来たようで何よりだ。
ルコンは最初こそ怯えていたが、助けてもらったライルにはすぐ懐いていた。
ライルも年長として立派に振る舞ってみせた。
時々、様子がおかしい事があるがそれも思春期特有のモノだろうと結論づける。
「それにしても、闘魔族、ね……」
少年の額の角に視線を向ける。
闘魔族と会ったことは初めてではない。
だがやはり、この少年……
いや、そんなことは詮無きことだろう。
自分が今するべきことは、この少年をアトラへと連れて行くことだけだ。
そうだ、明日からは稽古をつけてやらねば。
一ヶ月この町に滞在することになる。
弟子入りも許した以上、何もせずダラダラ過ごすわけにもいかない。
三人に増えたことにより必要な旅費も増えた。
ギルドで依頼をこなすことも必要だろう。
「忙しくなるわね」
そうぼやいて、もう一つのベッドへ入る。
横目に映る、二人の明るい未来を夢見て。
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