第一章 ―目覚めた世界―編

第一話 「目覚めの光景」

迫る光と音。

 50kmを超える速度で大質量が直撃する。

 体を襲うとてつもない衝撃に思わず


(あれ……?なんだ?何も起きない?)


 衝撃が襲ってこない。

 それどころか手足の指ひとつ動かせない。

 視界も開けず、音も聞き取りくい。


(どうなってる?俺はトラックに轢かれたはずだろ?死んだのか?)


 はっきりと思考する脳とは裏腹に、身体の制御が全く追いつかない。

 声を出そうにも、口も動かすことが出来ない。


「ーーーーーーーー」

「ーーーー」


(何か聞こえる……だけど何だ? 何て言ってる? 全くわからない……)


 段々と周囲の音が聞こえてくる。

 しかし、聞こえてくる音(言葉だろうか?)の意味を全く理解出来ないままでいる。


 視界に光が差した。

 いや、瞼が上がったというほうが正しいだろう。

 周囲の景色が、ボヤケた輪郭を段々とハッキリさせながら目に映る。


 目の前に映ったのは二人の人物だった。 

 年齢はどちらも二十代半ばといったところだろうか。 

 どうやらこちらの顔を覗き込みながら嬉しそうにしているのが見て取れる。


 一人は綺麗な黒髪を肩の辺りまで伸ばした女性。

 瞳の色は綺麗な青色をしており、顔のパーツも日本人のそれとは違って見える。

 一目見ただけで美人だと感じられる。

 こちらに向けられたその瞳からは、まるで我が子を見るかのような慈愛が感じられる。


 そしてもう一人は、茶色い髪を無造作に後ろにかきあげた男性だ。

 精悍な顔つきをしており、こちらも日本人ではなさそうだ。

 いや、にしても厳つい顔だな……


 そんなことを思っていると、この男性の額に本来ならば無いはずのものが見て取れた。

 角だ。 

 およそ一センチ程の大きさの角が、左右のこめかみの辺りから飛び出ている。


(なんだなんだ、仮装したバカップルにでも助けられたのか? ねーちゃんの方はともかく、にーちゃんはタダでさえ怖ぇ顔が余計にいかつくなっちまってるよ……)


「ーーーーーー」

「ーーーー! ーーーーーー!」


 やはりだめだ。

 目の前の二人が何て言っているのかさっぱり分からない。

 手足も動かせず、声も出ない。

 重症か。

 そう思った時、身体が突如として浮遊感に包まれた。


(う、うわぁ! なんだ!? 持ち上げられてる!? どど、どうなってんだ!!??)


 目の前の女に抱きかかえられていると理解するまでに五秒程の時を要した後、ふと思い至る。

 今自分は、赤ん坊なのではないのかと。

 そんな馬鹿な。

 だがしかし、そうだと仮定するとこれまでの自身の身に起こっている身体不全と、現在の抱きかかえられている状況すべてに説明がつく。

 そして、頭の中である考えに思い至る。


 (これ、転生してない?)


 今まで培ってきたオタク知識達が、急速に点と点を線で繋いでいく。

 抱きかかえられた視点を下に向けると自身の身体が目に映る。

 小さな体に短い手足。

 おまけにスッポンポンだ。

 小さなムスコもコンニチハしている。

 どうやら今世も男らしい。

 間違いないだろう。


 俺は赤ん坊に転生した。


 聞こえる言葉が聞き取れないのは日本語じゃないからだろうか。 

 何一つ言葉として理解出来ない。

 英語は簡単なものならわかるし、他の言語にも似てない気がする。

 おそらくこの世界の言語なのだろう。


(やばいぞ……恐らく今までの俺はあの時のトラックに轢かれて死んじまったんだろうけど、これはこれですげぇ嬉しい!! 夢にまで見た、異世界転生!!)


 我ながらなんて薄情なんだ。

 二十数年、三十に近い歳月を生きた末に転生した感想が『転生ヤッホイ!』とは。

 いやいや、しょうがないだろう。

 これは俺が夢にまで見た事態だ。

 転生だ。

 しかも恐らく間違いなく十中八九多分異世界だ。

 そうに決まってる。

 言葉だって違うんだ。

 じゃないと目の前にいる男(父親なんだろう)の「角」がタダのコスプレになってしまう。

 それだけは勘弁してくれ。

 前世では父親と呼べる存在はいなかった。

 それが今世では『いかつめパーリーピーポーがパパだよ!』は難易度が高すぎる。


(あれ? でも待てよ……この男に角があるってことは純粋な人間じゃあないよな? いや、そういうもんなのかもしれないけど……でも、女の方は普通だしな〜……)


 ここで両親の姿を見て改めて疑問が浮かぶ。

 俺は人間の子なのかと。

 もしかするとハーフか? 

 いったいなんの?


(まあいい、産まれたばかりなんだ。

 ここから新しく、ゆっくりと確かめていくか)


 そして俺は転生した嬉しさを表さんとばかりに、思い切り泣き声をあげるのであった。


 ----


 あっという間に半年が経過した。


 この間に分かったことは多いようで少ない。

 まあ当然だ。

 なんせ歩けないし喋れないんだから。

 歩けないとはいってもハイハイ程度なら出来るようにはなったのだが。


「あら、こんなとこまでどうしたの? 

 よ〜しよし、ライル〜お腹へったの?」

「ライルはあまり泣かないからな。

 もう少し赤ん坊らしくしてくれたら分かりやすいものなんだが……」


 キッチンの側までハイハイで移動してきた俺に、両親が近寄ってくる。

 半年ほど話しかけられ続けると、段々と言語も理解できてきた。


 ライル・ガースレイ。


 それが今世での俺の新たな名前だ。

 日本で生まれ育った俺にはどこかむず痒い響きだ。


「グウェス、悪いけど戸棚から食器を並べておいてくれる? ライルにミルクをあげるから」

「わかったよサラ」


 先程から会話しているのが、父親のグウェス・ガースレイと母親のサラ・ガースレイ。

 俺が誕生したあの日から、実に甲斐甲斐しく世話をしてくれている。

 グウェスは見た目からは想像出来ないほど、愛情深く接してくれる。

 どこか不器用なところもあるが、彼なりに自身の子どもを大切に想っているのだろう。

 サラは少し過保護なのではと思うほどこちらに構ってくる。

 きっと俺が可愛くてしょうがないんだろうな。

 まあ美人に構ってもらえるのは、赤ん坊の身とはいえ悪くない。

 授乳の際は存分に楽しませてもらっている。


 この半年間は動くこともままならなかったので、考えをまとめるのには最適だった。


 まず、前世のことだ。

 俺は前世に関しては特に後悔や未練もない。

 子どももいなければ恋人もいない。

 友人もいないことはないが、休日に会って遊ぶこともほとんど無い。

 強いて言うならば、撮り溜めたアニメと買ったまま積んでいた漫画やラノベを消化出来なかったことか。


 が、しかし。

 すでに俺は転生した身だ。

 過去はスッパリ捨てることにした。

 薄情? 何とでも言ってくれ、念願の異世界なのだ。

 目の前の光景を見れば、誰だってこれからの人生に期待せずにはいられないはずだ。


 サラに抱えられた視界の端で、グウェスは手を使わずに食器を並べていた。

 腕を振り、何か一言呟くだけで、食器たちは自ら戸棚からテーブルへと並んでいく。


 そうだ、なんと。

 この世界には魔法がある。

 グウェスは度々、ああやって魔法を使って物を運んだり、火をつけたりしている。

 元の世界の俺からすれば、明らかに尋常の技ではない。

 魔法以外のなにものでもないだろう。

 見ているだけでウズウズしてくる。

 よし、大きくなったら教えてもらおう。


 それと、俺はやはり純粋な人間ではなかった。

 サラは人間だが、グウェスは魔族であった。

 これは二人の会話を聞いて得られた情報だ。

 やはり額の角はコスプレなんかではなかったようで一安心だ。 

 詳しくはもう少し大きくなってから聞くとしよう。

 あぁ、成長するのがこんなに待ち遠しいとは……

 今から楽しみでしょうがない。

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