王子は獣の夢をみる
紺青くじら
第1話
誰かが泣いている
小さい子だ。森に迷い込んだんだろうか
銀色のとても綺麗な髪。絹で出来たような上等の衣を身につけている。顔はもう、泣いてぐしゃぐしゃだ。
助けてあげたい。でも、私の姿を見たらかえって怖がるかもしれない。暫く何もできず木の陰から見つめていると、ふと目が合った。
青く、どこまでも澄んだ、空のような瞳だった。
*****
「なるほど。ミカ様は、舞台がお好きなんですね。うちのサラも好きなんですよ!」
「サラ? どなたですか」
「この子です! 私の愛する、サラです」
リュオンはそう言って、私の背に手を置いた。やめてくれ。目の前のお嬢様の顔が引きずっている。そもそも彼女は、この部屋に入った時から私をずっと訝しく見ていた。無理もない事だ。今日はお茶会という名のお見合いのはずだ。それなのに、目の前の王子の隣にいるのは。
「ああ、そちらの黒い……失礼ですが、サラさんは犬ですか? とても大きな犬種で、私はじめて見ましたわ」
「サラはサラですよ。他の何者でもない」
「はあ」
ミカ様の顔がどんどん引き攣っている。まずい。非常にまずい。しかし彼女はえらかった。努めて冷静に対処した。
「ペットを家族と思う気持ちはよく分かりますわ。私も、マルチーズを飼っていまして」
「サラはペットじゃないよ、僕の恋人だ」
「こ……?」
まずい。このままでは、また破談だ。
「違う! ミカ様。安心してくれ、私とリュオンは恋人なんかじゃ」
「きゃーー!! 獣が喋った!!」
ミカ様は喋り出した私を見て、慌てて立ち上がり部屋を全速力で出て行った。城の者たちが、彼女を追いかけて走る音が聞こえる。
「……あ……」
「ダメじゃないか、サラ。邪魔しちゃ」
リュオンはこちらを見てニヤニヤ笑っている。私はそれに睨み返した。
私はサラ。人語を話す獣だ。
そして彼はリュオン。この国、サカントの王子だ。
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